ノンテクニカルサマリー

ながはまコホート研究における社会科学調査

執筆者 矢野 誠 (理事長)/広田 茂 (ファカルティフェロー)/要藤 正任 (京都大学)/松田 文彦 (京都大学)
研究プロジェクト 文理融合による新しい生命・社会科学構築にむけた実験的試み
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

融合領域プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「文理融合による新しい生命・社会科学構築にむけた実験的試み」プロジェクト

現下のCOVID-19との厳しい戦いを引くまでもなく、世界が直面する多くの課題に取り組むに当たって、生命科学と社会科学が連携することの重要性を改めて強調する必要はないだろう。しかし、残念ながらそうした連携はこれまで十分に行われてきたとは言いがたい。このため、Socio-Life Scienceという新しい科学を確立し、そのためのデータを作るべく、著者たちのグループは「ながはま0次予防コホート事業」(以下「ながはま研究」)に社会科学的な情報を加え、人間行動の解明に生命科学と社会科学双方からアプローチすることができるデータセットを構築している。

ながはま研究は、京都大学が滋賀県長浜市とともに2007年から実施しているゲノム・コホート研究である。参加者は30歳以上74歳以下の健康な市民から募られた約1万人であり、遺伝情報を登録するほか、5年に一度健診を受け、各種情報・検体を提供する。このながはま研究参加者を対象に、社会・経済行動に関するアンケート調査を行い、社会・経済的地位や経済状況、家族環境、リスク態度、近隣との付き合いや規範意識などを尋ねた。アンケート調査はこれまで2017年1月、2019年1月、2020年9月の3回実施されており、パネル・データを構築するため、ほとんどの質問は共通している。回答率は各回とも70%程度となっている。

調査は、様々な研究テーマに利用可能であるが、特に以下の2つの課題を解明することを念頭に置いて設計されている。

第一は、人間はなぜ社会を構成するのかである。これは、社会科学にとって最も基本的な問題の一つであり、個人のソーシャル・キャピタルがどのように決定されるかを解明することにより、この問題にアプローチすることができる。第二は、人々のリスク態度の測定である。リスク態度は人々の健康管理や生活習慣、そして健康状態そのものにも影響していると考えられ、一般的なリスクに対する態度のほか、経済上のリスクや健康上のリスクなど多面的に設問している。

ながはま研究の母集団の特質の紹介を兼ね、第1回調査の質問内容と記述統計を概説する。

(1)個人属性
第1回調査の回答者の3分の2は女性である。年齢別では男女とも60代、70代の割合が日本全体における割合よりも高くなっている。これは、ながはま研究への参加が先に述べたように自発的な参加となっており、健康意識が高い層がより多く参加したことによるものと考えられる。

(2)ソーシャル・キャピタル関連
隣人との交流については、年齢層が高いほど、隣人との親密さの度合いが高い。周囲の人々をどの程度頼りにできるかについては、一般的に男性よりも女性の方が友人を頼りにする傾向があるという結果となった。町内会や老人クラブなどの地域活動への参加については、男性の方が女性よりも地域活動に参加する傾向がある。「ほとんどの人は信頼できる」と考えているか、「人との付き合いには細心の注意を払う必要がある」と考えているかについて、日本大学の稲葉陽二教授が2013年に全国を対象に行った調査における結果と比べてみると、ながはま研究参加者は、日本全体の平均よりも人を信頼する傾向が強い(図)。

(3)リスク態度
リスク一般に対する態度を尋ねたところ、男性は女性よりもリスクを取る傾向にある。健康に関するリスク態度を測る質問の1つとして「歯医者に定期的に行くか、歯に問題があるときだけ行くか」を尋ねたところ、ここでも定期的に歯科に通うのは女性の方が多い。金融リスクについて、女性よりも男性の方が株式、債券、外貨などのリスク資産の購入経験が多いという結果になっており、上記の結果と整合的である。性別やその他の要因をコントロールすれば、リスク資産の保有・購入経験の有無はリスク回避の指標になると考えられる。

(4)公正感覚
回答者がどのようなものを公平・不公平と感じるのか、いくつかの状況を提示して尋ねている。これらの質問は、矢野の市場の質理論に基づき、設問されている。そのうちの一つ、大雪の翌日に雪かきシャベルの値上げについて、男性よりも女性の方が「公正ではない」と考える傾向が強く、若い世代の方が「公正である」と考える傾向にあることが分かった。

図 一般的信頼の分布(ながはま研究と全国調査の比較)