ノンテクニカルサマリー

後継者なくして事業の成功なし-小さな息子が事業業績に与える影響

執筆者 児玉 直美 (リサーチアソシエイト)/村上 義昭 (大阪商業大学)/田中 万理 (一橋大学)
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

このグラフは、中小企業白書2019の図です。2016年に休廃業・解散した企業と中小企業全体の売上高利益率の中央値の推移です。休廃業6年位前から差がつき始めます。この図から引き出されるメッセージの1つは、退出する企業は業績が悪いのでそのような企業は退出した方が社会全体としての効率性は上がるという主張です。しかし、仮に、業績の悪化が何か別の理由によるとしたらどうでしょう。その業績悪化の理由を取り除くことが重要ではないでしょうか。

図 売上高利益率の変化(中央値)
資料:中小企業白書2019.

企業経営者の将来に対する「期待」が、投資や足下のビジネスのアウトカムに影響を及ぼすという研究があります。また、ダイナスティモデルによると、経営者は、子どもが事業を承継することを期待すると、企業業績をより良くするインセンティブを持ちます。この研究では、経営者の子どもによる承継の期待が、承継前の企業業績にどのような影響を与えるかを検証しました。企業経営者が自らの引退に際して取り得る方法が主に4つ(親族内承継、親族外承継、廃業、M&A)あります。が、ここでは、日本の中小企業が現実的に取り得る2つの大きな選択肢、親族内承継と廃業の選択に焦点を当てます。親族内承継は日本の中小企業では60%を超えます。

業績の悪い企業が廃業し良い企業は後継者に恵まれる、そして、業績の悪い会社が市場から退出することはむしろ健全なことであると私たちは考えがちです。しかし、例えば、今業績が良い会社は、20年前に「たまたま」男の子が生まれ、経営者がやる気になって、この子に良い会社を残そうと、投資をして、コスト削減に励み、努力した結果であるとしたらどうでしょう? 中小企業庁は、事業承継を促すために、相続税の優遇やM&Aマッチング支援などをしていますが、事業を継続するかどうかは、経営者が引退するよりずっと前に意志決定されているとしたら、もっとずっと前にやるべきことがあるのではないでしょうか。

私たちは、業績と後継者の存在の因果関係を特定するために、経営者の第一子の性別を、子どもが事業承継する確率の操作変数として利用しました。その結果、親族による事業承継の可能性は企業利益に大きな正の影響を与えることが明らかになりました。親族による承継確率が1標準偏差大きくなると、売上高利益率は37%高くなります。追加分析によって、利益率が高くなる原因を探りました。その結果、親族承継の可能性が高まると、経営者は経営効率を改善し、仕入先を選別し、IT投資を行うといったような経営改善を行うことが原因であることが分かりました。更に、IT投資をする確率が上がるのは、後継者候補の息子が事業を手伝っているからではないかという可能性を排除するために、事業に関わることがないような14歳以下の小さな子どもを持つ経営者サンプルに限定した分析も行いましたが、この結果は変わりません。中小企業の経営者がその引退に伴って事業をたたむ理由として業績が悪いことを挙げますが、私たちの結果は、引退時の業績不振は経営者の過去の承継/退出の判断によって決まっていることを示唆します。したがって、中年期の経営者が後継者を見つけやすくするような政策(例えば、情報提供やビジネスマッチング)を実施することによって、将来の事業承継確率を上げるだけでなく、足下の企業業績も上げる可能性があります。