ノンテクニカルサマリー

なぜ日本と韓国において実質賃金が低迷したのか?

執筆者 田 賢培 (西江大学)/深尾 京司 (ファカルティフェロー)/権 赫旭 (ファカルティフェロー)/朴 廷洙 (西江大学)
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

1990年代後半から労働生産性上昇に比べて実質賃金の低迷が主要先進国の共通する現象として注目されるようになった。本研究は実質賃金の上昇が著しく低迷している日韓両国の集計・産業別のデータを用いて、実質賃金停滞の原因について分析した。

以下の図表は1995年から2015年までの20年間の日韓における労働生産性と実質賃金率のギャップを示している。

図表:1995年から2015年までの20年間の日韓における労働生産性と実質賃金率のギャップ

日韓において労働生産性上昇が実質賃金の上昇にどれぐらいつながったのかを見てみよう。日本では、20年間で労働生産性(要素所得ベース)が22.8%上昇したのに、実質賃金率はたった2.6%しか上がらないという異常な現象が起きている。他方、韓国でも労働生産性上昇と実質賃金上昇のギャップが日本ほどではないが、労働生産性上昇に比べて実質賃金の引き上げがかなり少ないことが分かる。

また、実質賃金が停滞した主な要因は日韓ともにGDPデフレーター/消費者物価の大きな下落にあることが示されている。これは日韓の交易条件(輸出する財・サービスと輸入する財・サービスの相対価格)の悪化を反映していると考えられる。日韓のように原油、農産物などの一次産品を輸入し、技術進歩が速い電子製品、自動車、機械を輸出する国では、技術進歩に伴って輸出品の相対価格が下落し交易条件が悪化するのはやむを得ない部分がある。しかし、日韓の交易条件の各々14.2%、15.5%の下落は大きすぎるように思われる。これほどの日韓の交易条件の悪化は、海外直接投資による生産の海外移転を通じて国内で生産される製品と同質な製品が海外で大量に生産されることに起因する。交易条件と比べて、労働分配率の低下が実質賃金の低迷に及ぼした影響は日韓ともに限定的であった。

実質賃金の低迷要因として労働分配率の低下は特に注目され、韓国ではいわゆる所得主導政策で最低賃金を急激に引き上げ、日本でも最低賃金の引き上げの主張が力を増している状況である。しかし、日韓のように価格が急落する高度なICT製品を多く輸出している国は実質賃金を上げるためには交易条件が悪化しないように、生産拠点として国内の魅力を高めるための環境整備や支援政策が必要である。