執筆者 | 佐藤 香織 (国士舘大学)/中室 牧子 (慶應義塾大学)/大湾 秀雄 (ファカルティフェロー) |
---|---|
研究プロジェクト | 人的資源有効活用のための雇用システム変革 |
ダウンロード/関連リンク |
このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
人的資本プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「人的資源有効活用のための雇用システム変革」プロジェクト
コミュニケーション能力を略して「コミュ力」という。採用試験のときだけでなく、就職した後ですらも企業における昇進には「コミュ力」が重要であるという。しかし、本当に「コミュ力」が重要なのか。コミュ力のある人が成功したのではなく、成功するような人のコミュ力が高いだけではないのか。そして、もし本当に「コミュ力」が重要ならば、それは何らかのトレーニングによって身に付けることが出来るのだろうか。
近年の経済学において、「コミュ力」に代表されるような対人スキルは、「ソフトスキル」あるいは「非認知能力」と呼ばれ、労働市場における成果に影響を及ぼすことを明らかにしてきた(Heckman and Katz, 2012)。しかし、ソフトスキルの中でも、とりわけ重要だといわれる対人スキルが労働市場における成果に与える影響にフォーカスした論文は未だ少ない。そこで、本研究では、企業内研修というトレーニングを通じた対人スキルに対する人的資本投資は、本当に労働者のパフォーマンスを上げるのかどうかを明らかにすることを試みた。ここでは、社内研修への参加履歴データが含まれた日本の製造業の人事データを用いて、選抜型の対人スキル研修への参加と、その後の評価と昇進確率の関係について検証を行った。
ただし、企業内で選抜型の対人スキル研修に参加した人と参加しなかった人を単純に比べることは難しいため、プロペンシティ・スコア・マッチングと差の差分析(difference-in-difference)の手法を用いて、研修参加者と非参加者を観察可能な属性をもとにマッチングし、両グループが比較可能になるように対照群を選抜した。具体的には、学歴、事業所、職種、職位、過去の評価や昇格スピード、労働時間などが似通っていて、対人スキル研修の受講確率が同等な社員同士の比較となるように調整してある。
結果は、表にあるように、研修参加者は、非参加者と比較して、その後の業績評価と昇進確率が有意に高まる傾向にあることが分かった。具体的には、研修後の2013-2014年の評価は、100を標準とする業績スコアにおいて、研修参加者の方が0.3-1.3ほど高く、4回の比較のうち2回は5%の水準で有意である。また、昇格スピードに与える影響も、1-9の整数で表された職位を0.2弱押し上げる効果が見られ、研修参加者の2割程度が非参加者よりも昇格が早まっていることがうかがわれる。この結果は、off-the-job trainingの研修を通じて対人スキルが改善したことにより、研修参加者の研修後のパフォーマンスと将来の昇進可能性が上昇した可能性を示唆している。ただし、研究者にとって観察不可能な属性が参加者の選抜上重要でかつ将来の業績とも相関を持つ場合、プロペンシティ・スコア・マッチングで形成された対照群が反実仮想を捉えているとは言えず、上記の結果が過大に効果を推計している可能性も排除できない。
評価(6月実施) | 評価(12月実施) | 職位 | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2012 | 2013 | 2014 | 2012 | 2013 | 2014 | 2012 | 2013 | 2014 | |
平均処置効果 | 0.738* | 0.402 | 1.255** | 0.267 | 1.139** | 0.282 | 0.117*** | 0.176*** | 0.191*** |
[標準誤差] | [0.428] | [0.542] | [0.607] | [0.436] | [0.565] | [0.839] | [0.043] | [0.060] | [0.070] |
処置数 | 136 | 136 | 136 | 136 | 136 | 136 | 136 | 136 | 136 |
観測数 | 1027 | 1027 | 1027 | 1027 | 1027 | 1027 | 1027 | 1027 | 1027 |
Note: *、**、***は、それぞれ10%、5%、1%の水準で、有意な差が検出されたことを示す。 |
- 参考文献
-
- Heckman, J. J., Kautz, T. (2012). Hard evidence on soft skills. Labour economics, 19(4), 451-464.