ノンテクニカルサマリー

少子高齢化の下での公的医療保険制度改革の動学的一般均衡分析

執筆者 HSU Minchung (政策研究大学院大学)/山田 知明 (明治大学)
研究プロジェクト 少子高齢化が進行する中での財政、社会保障政策
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「少子高齢化が進行する中での財政、社会保障政策」プロジェクト

少子高齢化が進展する日本社会において、社会保障制度の維持可能性が危惧されている。現在の公的年金制度や公的医療保険、介護保険は基本的に勤労者世代が引退世代を支える仕組みとなっている。これを賦課方式と呼ぶ。人口バランスが一定であれば、賦課方式は、現役時代に保険料を支払い、老後に受け取るという世代間の助け合いがつながっていく仕組みである。しかし、少子高齢化が進むと必要な費用も増加し、世代間の負担と便益のバランスが崩れるという問題を抱えている。この影響が一番顕著なのは公的年金制度であるが、医療保険制度も同様の問題を抱えており、80年代には対GDP比で5%程度だった医療費支出は現在では8%を超えるに到った。

医療保険制度は事前に保険料を支払い、怪我や病気の際に病院の窓口で支払うべき診察料・治療費の一部を保険で賄う仕組みである。すなわち、お金の流れは健康な人から怪我や病気をした人ということになる。怪我や病気のリスクが高い人は幼児と高齢者であることから、医療保険のお金の流れも健康な現役世代から子供とお年寄りへという形になる。そのため、公的年金制度と同様、少子高齢化のもとで財政負担が増加するという問題をはらんでいる。

本研究では公的医療保険制度改革がマクロ経済および我が国の財政に与える影響を世代重複モデルと呼ばれるシミュレーション分析のフレームワークを用いて定量的に分析した。具体的には次の2つの政策案を分析対象としている。

(a)現行制度では高齢者は窓口負担が1割(75歳以上)あるいは2割(70〜74歳)となっているが、これを現役並の3割負担にしたらどうなるか。
(b)増加する財政負担をまかなうために消費税率を15%あるいは20%に上げた場合にマクロ経済と財政にどのようなインパクトを与えるのか。

まず政策(a)であるが、言うまでもなくこのような政策は現在の高齢世帯にとって純粋な負担増となる。しかし、若年層や子ども達、あるいは将来生まれてくる人達にとっては望ましい政策であり、我々のシミュレーション結果では、生涯全体の消費支出額を4%程度押し上げる効果が見込める。これは、若年層は自分自身の引退後の医療費支出に備える十分な時間があるため、「きちんと将来の自分自身の医療費を予想して貯蓄できるのであれば」、若年期の少ない給与から強制的に重い医療費負担を課せられるより自分で貯蓄と働く選択を行って人生設計をしたほうが望ましいためである。

同様のことが政策(b)にもいえる。消費税増税は、所得税と異なり、労働所得がない引退世代に対しても税負担を求める政策であるため、税負担増を想定していなかった現在の高齢世帯は消費支出減で対応せざるを得ない。ここでも問題は1つ目の政策と同じであり、彼らに政策変更に対応するだけの時間と手段(働いて貯蓄を増やす)がないことにある。こちらも、これから生まれてくる世代や若い世代にとっては、労働所得から保険料を徴収するより消費税のほうが税の歪みが小さいことから、消費税を20%に上げた場合、消費支出で測ると6%程度に相当する厚生改善をもたらす。

政策プラン(a)も(b)も若年層や将来世代にとっては望ましい効果を持っている。問題となるのは、追加負担に対応する時間と手段を持たない高齢世代である。我々の分析結果によると、政策変更で得をするのは概ね2013年時点で40歳以下の世代であり、それ以上の人達は現行の政策を支持する。このような状況で仮に政策変更を問う選挙を実施しても、賛成率は50%を下回るため政策は実行できないだろう。

では手詰まりなのだろうか。将来世代の経済厚生が改善するのであれば、彼らの改善分の一部を「借りてくる」という考え方は可能かもしれない。表は政策(a)と(b)をそれぞれ「すぐに実行する」、あるいは「30年間をかけて緩やかに実行する」場合の総負担額(全ての家計の追加負担の対GDP比累計額)と将来世代が得られる消費支出で測った便益の割引現在価値をまとめた結果である。現在の低金利が続き、かつ緩やかに新制度に移行する政策は、現在の世代の総負担額を将来世代の総便益が上回るため、トータルでプラスとなる。

言うまでもなく本研究はさまざまな仮定の上に成立する結果である。しかし、公的年金同様、公的医療保険制度についても財政負担の問題は深刻化する一方である。現行制度は少子高齢化の下では若い世代程、負担が重くなるという構造になっている。この負の連鎖を早く断ち切るためには、現在の高齢者にも負担をしてもらいつつ、その負担を和らげるために厚生改善が見込まれる人達から一部所得移転を考える必要がある。現在の我が国の累積債務を考えると将来世代から借りるという考え方も現実的妥当性を欠くと感じる人もいるかもしれない。しかし、現在の低い国債金利は残されたチャンスと考えることも出来る。

表:対GDP⽐で測った政策の厚⽣評価
政策(a):窓⼝負担増 政策(b):消費税増税
1年間で移行 30年間で移行 1年間で移行 30年間で移行
現在の⾼齢者の総負担 23.94% 19.03% 17.09% 8.80%
将来世代の便益の割引現在価値 22.36% 20.71% 16.46% 11.04%