ノンテクニカルサマリー

国家補助規制と投資保護義務の抵触問題

執筆者 玉田 大 (神戸大学)
研究プロジェクト 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第III期)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第III期)」プロジェクト

「補助金がカットされた」(あるいは、国立大学法人の場合は「運営費交付金がカットされた」)というのはよく聞く話であるが、「政府補助金」や「国家補助」を巡って外資企業が投資受入国を相手取って投資仲裁(ISDS)に紛争を付託する事案が増えている。さらに、受入国による補助金カットに関して投資協定上の違法行為が認定され、損害賠償命令が下されるケースも見られる。では、どのような場合に、投資協定の違反が認定されるのであろうか。

経済発展途上国や中心的産業の存在しない地域では、一定のインセンティブを付与することによって外資誘致を図る必要がある。また、国有企業による独占・寡占状態を解消するためにも外資誘致が有力な手段となる。旧東欧諸国(ハンガリーやルーマニア)は一定の優遇措置(電力の固定価格買取契約や税制優遇措置)を通じて外資誘致を図り、国有企業の民営化を図り、あるいは低開発地域の経済発展を促進しようとした。ところが、EU加盟国の場合、欧州委員会が「国家補助」(State aid)を厳しく規制しており、違法な「国家補助」の是正が命じられる。実際に、上記の国々は補助・優遇措置を撤回した。ここで、投資家側は、当初の投資条件・投資環境が大きく変更されたとして、投資協定上の違法行為(公正衡平待遇(FET)義務違反)を主張することになる。ここで、国家補助規制と投資保護義務の抵触が生じることになる。

本稿では、国家補助規制が投資仲裁においてどのように評価されているのかを検討した上で、投資家側が国家補助を前提として投資活動を行う際の注意点を明らかにする。同時に、投資受入国側としては、どの程度のコミットメントで事後的な投資協定違反が問われるのかも明らかにする。

結論のポイントは以下のとおりである。

第1に、国家補助や優遇策の修正・撤回を根拠とした収用の主張はいずれも棄却(あるいは判断回避)されており、今後も収用請求が容認される可能性は低いと考えられる。

第2に、FETに関しては次の点が争点となる。(1)「正当な期待」およびその毀損の有無を争う点について仲裁例は共通している。(2)投資受入国が「表示と保証」(representations and assurances)を行い、これに依拠して投資家が投資活動を行い、その後に当該「保証」が取り消される場合に、「正当な期待」が損なわれた(=FET義務に違反する)とみなされる。(3)特に国家補助の文脈で問題となるのは、契約の有無に拘わらず、上記の「表示と保証」が特定的・具体的な形で行われたか否かである。すなわち、「特定の約束」(specific commitment)や「特定の権限付与」(specific entitlements)が存在する場合には「正当な期待」が生み出される。換言すれば、補助停止を理由にFET違反を問うためには、投資家は投資受入国との間で「特定的」な「約束」または「許認可」を得ておく必要がある(特に補助期限の明示が重要な要素となる)。加えて、(途上国での直接投資に際しては)補助を取消す国内法改正や新立法という政治リスクにも直面する。そのため、受入国との契約において、国内法変動をも想定した補助継続内容を明記しておく必要がある。

図:FET判断の枠組み
図:FET判断の枠組み

本稿の結論は、短・中期的には、EU加盟を目指すトルコへの対外直接投資に関して注意すべき点を指示することになる。すなわち、トルコがEU加盟後に厳しい国家補助規制を受け、補助停止・終了を余儀なくされることを想定した場合、現時点で「特定的な約束又は権限付与」をトルコ政府から得ておかなければ、投資財産の適切な保護に繋がらないといえよう。また、中・長期的には、中国・東南アジア諸国でも同様の問題が発生することが予想される。TPPの国有企業(SOE)規制に見られるように、今後、国家資本主義(ステート・キャピタリズム)の経済構造転換が求められ、その過程で各国の政府補助金規制が強化されていくことが想定される。この場合、政府補助金の終了・減額に直面する外国人投資家は、対外直接投資を如何に保護するかという問題に直面する。

本来、海外直接投資には長期的な視点が不可欠である。そのためにも、国際経済規制の動きを先読みし、現時点で可能な投資保護策を立てておくことが求められる。本稿はそのための有益な判断材料を提供するであろう。