ノンテクニカルサマリー

チームか、個人か:インセンティブが子どもの学習生産性に与える効果

執筆者 中室 牧子 (慶應義塾大学)/萱場 豊 (一橋大学)
研究プロジェクト 労働市場制度改革
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第三期:2011〜2015年度)
「労働市場制度改革」プロジェクト

「どうすれば労働者の生産性を高められるか」―これは、労働経済学の大きな研究テーマの1つである。その中で、労働者個人に対して報酬を出すよりも、労働者にチームを組ませてそのチームに対して報酬を出す方が、労働者のやる気を引き出し、生産性を高めることを示す研究が出てきている。従来の理論的枠組みの中では、チームに対する報酬は必ずしも生産性を改善するとはいえないという結論になっていた。それは、労働者個人ではなくチームに対して報酬が与えられると、生産性の低い労働者がフリーライドして高い賃金を得ようとするモラルハザードが生じるため、生産性の高い労働者ほどチームに参加しないという逆選択が生じるからである。しかし、実際には、チームで生産を行えば、お互いに、協調的あるいは補完的な生産活動をしたり、相互に教え合うことによって知識や技術のスピルオーバーが生じたり、社会的な規範・プレッシャーが存在することによって生産性が高まるため、チームに対して報酬を与えることは有効であるという見方が主流になりつつある。

こうした考え方は学習には当てはまらないのだろうか。筆者らが本論文を執筆しようと考えたのは、ある学習塾の経営者に次のような話を聞いたことがきっかけだ。その経営者は、「子どもたちにグループを組ませてコンテストをすると、子どもたちの理解度が非常に高まったような気がする。それは、互いに教え合い、協力し合い、時にはプレッシャーをかけあっているからだ」という。筆者らは、この発言は、労働経済学が「チームに対する報酬が労働者の生産性を上げるのか」という問いから得た答えと非常によく似ていると感じ、本研究ではそうした教育現場での観察が、実証的に証明できるのかどうかについて取り組もうと考えた。

そこで、本論文では、eラーニング教材「すらら」の学習者を対象に、2015年夏季に実施された学習時間と(ドリルの単元に相当する)ユニット修了数を競い合う「すららカップ」において、チームで参加する中学生と、個人で参加する中学生をランダムに振り分け、チームで参加する場合(=この生徒たちを「処置群」と呼ぶ)と、個人で参加する場合(=この生徒たちを「対照群」と呼ぶ)では、どちらが単位時間あたりのユニット修了数(=学習生産性)が高いかを比較した。こうすることによって、労働者の生産性に関する研究からいえることが、学習者の生産性についてもいえるかどうかがはっきりするだろう。このような調査設計を専門用語で「ランダム化比較試験」という。

図1:ランダム化比較試験の概念図
図1:ランダム化比較試験の概念図

チームで参加する生徒と、個人で参加する生徒を「ランダム」に振り分けるのは、チームで参加する生徒と個人で参加する生徒を統計的に比較可能にするためである。「すらら」はeラーニングではあるが、「すらら」の導入校は殆どが塾や私立校であり、放課後や自習時間に「すらら」を用いることが多かったので、チームでの参加に割り当てられた生徒には、互いに進捗に就いて報告し合ったり、苦手教科について教え合うという機会はあった。事後的なアンケート調査によると、「自分のせいで友だちに迷惑をかけては嫌だなと思った」という回答も多く、社会的なプレッシャーを少なからず感じていたようだ。

このランダム化比較試験の結果をみると、チームで参加することを割り当てられた生徒ら(=処置群)のほうが、個人戦に割り当てられた子どもら(=対照群)よりも学習生産性が高いことが明らかとなり、更には英語・数学の学力テストの成績も高いことが示された。つまり、労働者の生産性に関する研究からいえることは、学習者の生産性についてもあてはまるといえる。しかし、この結果は男女で異なっている。つまりチームでの参加が生産性にプラスの効果があらわれたのは、男子のみだったのである。女子にはその効果はあらわれなかった。つまり、平均してみれば効果はあるように見えるのだが、内実は効果があったのは男子だけだったということになる。(注1

次に、どういうチーム構成であれば生産性は高くなるのか、についてもみてみよう。労働者の生産性に関する研究とは異なり、同質的なチームのほうが生産性が高いという結果になっている。つまり、性別や年齢、元々の学力の点で同じような生徒たちがグループを組んだ方が良いということだ。特に男子だけでグループを組んだチームは生産性が高かった。また、ピア効果―互いに影響を与え合う―が、強いチームも生産性が高い。男子だけのチームは、ピア効果が、女子だけのチームや男女混合のチームよりも高く、このことがチームでの参加が生産性にプラスの効果があらわれたのは、男子のみだったことの理由の1つであると考えられる。

本論文の結論としては、学習においても、生産と同様チームを組んで課題に取り組むことの効果は大きいということを強調しておきたい。第2に、チームにおける生産性を高めるためには、学年や性別の観点で、異質性の高いチームよりも同質性の高いチームのほうがよい。特に男子は、男子同士でチームを組むと、ピア効果が強くなることが確認されている。また、チームにおける生産性が高くなるのは、ピア効果が働くからであると考えられる。ピア効果をより高めるような環境や取り組みが求められる。たとえば、チームメンバーで教え合い、進捗を報告する機会を作るなどして、生徒同士の関わり合いを増やす工夫をすれば、ピア効果が高くなることが期待される。

脚注
  1. ^ ただ、男女で差が生じる理由については、商品の内容やeラーニングという環境が男子に有利であった可能性もある。