ノンテクニカルサマリー

オンラインによる5分間認知行動療法と感情を受け入れるだけのマインドフルネス・エクササイズはうつ症状を軽減するか?-ランダム化比較試験による検証

執筆者 野口 玲美 (千葉大学)/関沢 洋一 (上席研究員)/宗 未来 (慶應義塾大学)/山口 創生 (国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所)/清水 栄司 (千葉大学)
研究プロジェクト 人的資本という観点から見たメンタルヘルスについての研究 2
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第三期:2011〜2015年度)
「人的資本という観点から見たメンタルヘルスについての研究 2」プロジェクト

メンタルヘルスへの取り組みは医学的に重要な課題であるのみならず、経済の活性化という観点から見ても重要である。諸外国の研究では、メンタルヘルスの問題を抱えている人は消費が減少したり(注1)、株式などのリスク資産を保有する割合が減る(注2)といった傾向があることが指摘されている。十代半ばの抑うつ度がその後の就業率や就業後の所得を低下させているという指摘もある(注3)。我が国でも、メンタルヘルス上の問題で休職する人が多い企業は2年後の売上高利益率を悪化させる傾向があるという研究がある(注4)。とりわけ、我が国の場合、労働安全衛生法の改正によるストレスチェック制度が2015年12月から始まったことから、メンタルヘルスへの取り組みの強化は急務である。

メンタルヘルス上の代表的な問題であるうつ症状を軽減するための取り組みとして、認知行動療法への関心が高まっているが、セラピストが極めて少ない上にお金がかかる。あまりお金と手間をかけずに認知行動療法を行ってもらうために、セラピストに頼る前に、インターネットを活用した認知行動療法(iCBT)にまず自力で取り組むというアプローチがイギリスを中心に模索されている。しかし、効果が長続きしない、脱落率が高い、有料のものが多いといった課題がある。これらの課題に対応するため、本研究では、1日5分間で行える無料のiCBTの効果を検証した。

また、これに合わせて、感情を受け入れるだけのマインドフルネス・エクササイズの効果を検証した。マインドフルネスは、瞬間瞬間に起きる出来事に対して判断を加えることなく注意を向けることとされ、そのエクササイズの多くでは、呼吸や身体感覚に注意を向けることになっているが、本研究では、ネガティブな感情に意識を向けて、感情を認めて受け入れるエクササイズにした。

974名をiCBT群、マインドフルネス群、何も行わない群(待機群)にランダムに割り振り、iCBT群とマインドフルネス群は5週間にわたってそれぞれのエクササイズを行ってもらった。主要な評価指標として、代表的なうつ症状の評価尺度であるCES-Dが用いられ、副次的な評価指標として、うつ症状を評価するPHQ-9と不安症状を評価するGAD-7が用いられた。

エクササイズ終了直後において、CES-Dで、有意ではなかったものの(p=0.05)、iCBT群が待機群に比べてうつ症状が改善した(図1)。PHQ-9ではマインドフルネス群が待機群に比べて有意に改善した(図2)。ただし、その後のフォローアップでは何も行わなかった群との明確な差は見られず、エクササイズの効果が一時的である可能性が示された。GAD-7では有意な改善は見られなかった。

図1:CES-D(うつの評価指標)の推定値の推移
図1:CES-D(うつの評価指標)の推定値の推移
(注) *は5%水準で有意。
図2:PHQ-9(うつの評価指標)の推定値の推移
図2:PHQ-9(うつの評価指標)の推定値の推移
(注) *は5%水準で有意。

更なる分析として、エクササイズ開始前に、中度から重いうつだった人々、軽いうつだった人々、うつでなかった人々に分けて比べてみた。この結果、中度から重いうつだった人々にはエクササイズの効果が見られたが、軽いうつの人々には効果は見られず、うつでなかった人々は、何もしない人々よりもかえって悪くなる傾向が見られた。

以上の限界はあるものの、本研究で行ったエクササイズは、1日5〜10分程度という気軽なエクササイズで、また、無料なので、従来のiCBTと比べても参加者の負担は少ないと思われ、更なる改良を加えながら進めていくことに意味がある。1つの方向性としては、複数のエクササイズを組み合わせることが考えられる。たとえば、全エクササイズ期間を複数に分けて、iCBT、マインドフルネス、あるいは他のエクササイズを代わる代わる行ってもらうことが考えられるかもしれない。

なお、本研究では、本研究で行われたエクササイズが対人信頼度や消費マインドに影響を及ぼすかという社会科学的に重要な問いにも取り組んでいるが、これについては、別の機会に報告する。

脚注
  1. ^ Dahal A., & Fertig, A. (2013). An econometric assessment of the effect of mental illness on household spending behavior. Journal of Economic Psychology, 37, 18-33.
  2. ^ Bogan, V. L., & Fertig, A.R. (2013). Portfolio choice and mental health. Review of Finance, 17, 955-992.
  3. ^ Fletcher, J.M. (2012). Adolescent depression and adult labor market outcomes. NBER Working Paper, No. 18216. [http://www.nber.org/papers/w18216]
  4. ^ 黒田祥子・山本勲 (2013). 企業における従業員のメンタルヘルスの状況と企業業績:企業パネルデータを用いた検証. RIETI Discussion Paper Series. 独立行政法人経済産業研究所.