ノンテクニカルサマリー

人工知能・ロボットと企業経営

執筆者 森川 正之 (理事・副所長)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

1.背景

1990年代以降、ITの普及により米国サービス産業の生産性上昇率が加速し、経済全体のパフォーマンス改善に貢献したことが明らかにされているが、その米国では2000年代後半以降、ITの生産性効果が既に出尽くしたとの指摘もされている。こうした中、人工知能(AI)、ロボット、ビッグデータといった「第四次産業革命」は、経済・社会に対して従来のITを超えたインパクトを持つ可能性がある。こうした中、日本政府もAIやロボットの技術開発や普及に力を入れ始めており、『日本再興戦略・改訂2015』は、「IoT・ビッグデータ・人工知能等による産業構造・就業構造の変革」を進めるとしている。

一方、経済学の研究は緒に就いたばかりであり、公刊された論文は極めて乏しいのが現状である。数少ない研究も、今のところITの経済効果からの類推や新技術の導入・普及に関する歴史的な経験に基づく推論にとどまっている。それら経済学の視点からの考察によると、AIやロボットが経済に及ぼす影響にはプラスとマイナスの両面がある。しかし、これらはあくまでも過去の事例からの推論であり、AIなどに関する具体的なデータに基づく研究ではない。

2.調査・分析内容

こうした状況を踏まえ、この問題について多少なりとも実証的な事実を提供することを意図し、日本企業に対する独自のサーベイを行った。使用するのは、筆者が調査票の設計を行い、経済産業研究所が実施した「経済政策と企業経営に関するアンケート調査」(2015年)のデータである。2015年10〜12月にかけて行った調査で、回答企業数は3438社である。回答企業のうち製造業企業が48.1%、非製造業企業が51.9%である。

本稿の分析に用いる調査事項は、(1)ビッグデータの利用・利用の意向、(2)AIやロボットの開発・普及が経営や事業活動に及ぼす効果についての見方、(3)同じく雇用に及ぼす影響についての見方である。これらの設問への回答を集計して観察事実を示すとともに、産業、企業規模、従業者の構成(学歴、平均年齢、女性比率、非正規雇用比率)、製品・サービス市場の地理的範囲などとの関係を分析した。

3.分析結果と政策含意

分析結果によれば、情報通信業はもちろんのこと、サービス産業の企業は総じてAIなどの利用やその効果に対してポジティブである。このことは、幅広いサービス業種を含む「AI 利用産業」に注目する必要があることを示唆している。

ビッグデータの利用やAI・ロボットの開発・普及が経営・雇用に及ぼす影響に関する推計結果の要点は、下の表に示す通りである。従業員の学歴が高い企業、平均年齢が低い企業、財・サービス市場の地理的範囲がグローバルな企業ほど、AIの経営や雇用への影響をポジティブにとらえている傾向がある。

すなわち、AIなどの新技術と労働者のスキル水準の間の補完性が観察され、AIなどの開発・普及を加速しつつ人間の雇用機会を維持するためには、経済全体を通じて人的資本の質を向上していくことが不可欠なことが示唆される。また、企業活動のグローバル化が進むことが、AIなどの開発・普及を促す可能性を示唆している。

表:ビッグデータの利用・AIなどの影響に関する推計結果
企業特性 (1)ビッグデータの利用・利用の意向 (2)AI等の経営への影響 (3)AI等の雇用への影響
企業規模(従業者数)
大卒以上比率
大学院卒比率
正社員の平均年齢 × ×
世界市場
(注)順序プロビット推計。「○」、「×」は、(1)〜(3)の項目に対して各企業特性が統計的に有意なポジティブ、ネガティブな関係を持つことを意味(空欄は統計的に非有意)