ノンテクニカルサマリー

為替レート予想の不確実性と輸出

執筆者 森川 正之 (理事・副所長)
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果 (所属プロジェクトなし)

1. 問題の所在

最近の円安にもかかわらず輸出数量の伸びが意外に小さいことがなかなか発現しないことが懸念されてきた。その理由として、日本の製造業企業が海外展開を進めたこと、円安にもかかわらず生産の国内回帰があまり進んでいないことが良く指摘される。

製造拠点(工場)の立地選択は、足下の為替レート水準だけでなく、将来の見通しにも大きく依存する。輸出や直接投資には固定費が伴うからである。つまり、円安が輸出や国内生産の増加につながるかどうかには、為替レートの先行きの水準に関する予想とともにその不確実性が影響する。たとえば、今後10円程度の円安が進むと予想していても、それがほぼ間違いなく生じるのか、横ばいで推移する確率と20円円安になる確率とが50%ずつだと考えるのかで輸出行動や立地選択には違いがあるだろう。実際、日本企業に対するサーベイによれば、為替レートの先行きの不確実性およびその企業経営への影響は、金利や株価のそれに比べてはるかに大きい(森川, 2013)。その意味で、企業の為替レート予想の不確実性の解明は重要な課題である。

こうした問題意識の下、本稿では、想定為替レートのクロスセクションでのばらつき(dispersion)を不確実性の代理変数として使用し、その時系列的な動きを観察するとともに、輸出計画との関係を分析する。

2. データおよび分析内容

本稿では、四半期毎の企業サーベイである「日銀短観」のミクロデータをオーダーメード集計して得た結果を用いて分析を行う。具体的には、企業の想定為替レートの平均値・分散、輸出計画の前年同期比のデータを使用する。 想定為替レートは、「輸出に際しての円・ドル為替レート」、つまり事業計画の前提とする将来の為替レートである。集計対象は2004年3月調査から2014年9月調査までの約10年間である。

まず、予想為替レートのばらつきの時系列的な動きを観察し、次に、為替レートの先行き不確実性と輸出計画との関係をシンプルな回帰分析によって考察する。

3. 分析結果と政策的含意

分析結果の要点は以下の通りである。第1に、リーマン・ショック後、アベノミクス下での大規模な金融緩和の後、為替レート予想のクロスセクションでのばらつきが大きく拡大した(図1参照)。第2に、為替レートの先行きに対する予想の企業間でのばらつきは、近い過去の為替レートのヴォラティリティと強い正の関係を持っている一方、先行きのヴォラティリティに対する予測力はない。第3に、大企業に比べて中堅企業、中小企業の為替レート予想はばらつきが大きい。第4に、企業の輸出計画に対して為替レート予想の不確実性が負の影響を持つ可能性が示唆された(図2参照)。

2012年以降、急速な円安が進行したにも関わらず顕著な輸出の伸びが見られなかった背景には、世界経済の成長率をはじめさまざまな要因があるが、円安がどの程度持続するのか企業が確信を持てないといった為替レートの先行き不確実性も一定の影響を持ってきた可能性を示している。また、本稿の結果は、マクロ経済政策や国際協調を通じて為替レート予想の不確実性を低減することの重要性、為替市場の先行き不確実性が高まった際の為替市場介入の役割を示唆している。

図1:為替レート予想の不確実性
図1:為替レート予想の不確実性
(注)不確実性は想定為替レートの標準偏差を使用。
図2:為替レート予想の不確実性が輸出計画に及ぼす影響
図2:為替レート予想の不確実性が輸出計画に及ぼす影響
(注)数字は為替レート予想の不確実性1標準偏差増大が輸出計画(前年同期比)に及ぼす影響。