ノンテクニカルサマリー

東日本大震災被災地域製造業企業の復興過程の分析

執筆者 浜口 伸明 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 地域経済の復興と成長の戦略に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第三期:2011~2015年度)
「地域経済の復興と成長の戦略に関する研究」プロジェクト

東日本大震災で被害を受けた地域の復興に重要な役割が期待される製造業の投資、出荷額、雇用の2012年までの回復過程を事業所単位の詳細なデータを使って分析した。

まず集計データから観察されることとして、下の図から鉱工業生産指数の推移を震災の前と後を比べると、震災の前は東北と全国の違いがほとんどなかったが、震災後は東北の水準が全国を常時下回るようになっている。そのように活況であるわけではないにもかかわらず、被災3県(岩手県、宮城県、福島県)では有効求人倍率が全国を上回っており、「人手不足」の状態が続いていることは、一見うまく説明がつかない。

図1:全国と東北地方の鉱工業生産指数の対比(2002年平均=100 季節調整済み)
図1:全国と東北地方の鉱工業生産指数の対比
(出所)経済産業省 鉱工業指数/東北経済産業局 東北地方鉱工業生産動向

被災地の事業者から聞いたところによると、実際に人手不足は深刻なようである。その理由の1つとして震災直後はがれき処理や建設工事などの復興事業から提供される臨時雇用の時給が、被災地以外の全国の企業や輸入品との競争下で地元企業が提示できる時給を大幅に上回るために、求人を出しても応募がないという話が聞けたが、被災地から人口が流出してそもそも働き手が急激に少なくなったという、より深刻な状況が伝わってきた。人口流出は、子供の将来を案じて移住を決意した若い夫婦、地元校の卒業を機に子に都会の上級校への進学を望んだ親、内陸地域で職を見つけた配偶者に伴って引っ越さざるを得なくなり長年勤めたパートをやめざるを得なくなった奥さんなど、それぞれの家族のやむにやまれぬ事情があったようだ。住み慣れた住居の損壊と慣れ親しんだ生活アメニティの喪失も、そのような決断に拍車をかけたともいえるだろう。いずれにせよ、とくにこれまで地元企業が頼みにしてきた若者と女性の労働力を採用するのは容易ではなくなっている。

そのような中、「被災地企業が復興にトヨタ方式を採用している」という報道が相次いだ(東京新聞2013年3月12日、日本経済新聞2014年9月20日、毎日新聞2015年3月5日)。多くの被災地企業が、それこそ必死で一日も早い復旧・復興に向けて取り組んだし、国はグループ補助金、仮設店舗・工場などの整備、企業立地補助金、復興特別貸付、資本性劣後ローン、緊急保証、二重債務対策、雇用補助金、復興特区指定など、阪神・淡路大震災後と比較すると格段に整備された支援策を提供した。

本研究では、東日本大震災後の復興について、工業統計調査の個票データを利用して、製造業の有形固定資産額、生産額、雇用の3つの指標の平成22年から24年の間の成長率を都道府県別に比較した。その結果は以下のとおりであった。(1)有形固定資産額の伸び率は、宮城県、岩手県、福島県において顕著に高かった。これらの県における震災前の有形固定資産額の変化率は相対的に低かったので、震災後の投資の増加は復興支援策として提供された金融的施策によって資金制約が緩和された効果があったと思われる。(2)宮城県、岩手県、福島県の生産額の変化率は相対的に低かった、(3)雇用の伸びは宮城県において顕著に低く、岩手県、福島県においても他の県と比較して有意に高かったとはいえなかった。

これらの分析結果から、震災後の復興支援策は設備投資を中心に行われたためそのインセンティブに従って、被災地において有形固定資産は急速に回復したが、それは必ずしも生産や雇用の回復を伴うものではなかったということができる。特に沿海地域に製造業の集積がある宮城県では復興支援策が雇用の回復に与えた効果は限定的であった。被災3県の企業は、震災の前と後を比較すると、設備投資の伸びは全国よりも高かったが、販売と雇用の成長は全国のそれよりも低かったことを示している。このことから、国の復興支援策などにより資金制約が緩んだ一方で人手不足が深刻という特殊な状況の中で、被災地企業は震災前の延長線上ではなく、トヨタ方式に象徴されるような労働節約的な技術を選択する傾向にあることが示唆される。個々の企業が労働節約的であったとしても、被災地の現実を受け止めて新たな形で事業を興そうとしているより多くの事業者を支援することによって、長期的には人口流出に歯止めをかける産業復興も可能になるかもしれない。

もっとも被災地に限らず人口流出に伴う人手不足は日本の各地で起こっている現象であり、あえて言うならば、被災地ではこの過程が急激に圧縮されて起こっていると見ることもできよう。これまで地域経済は低賃金で若い労働力が相対的に豊富と捉えられがちであるが、今後は労働力多投入型の産業構造を維持していくことは困難になることを十分に認識しなければならない。仮に人口流出を食い止めるために労働集約的な生産工程の立地を優遇する政策をとったとしても、グローバルなコスト削減競争の下では、長期的に地域の成長を支えることはできないだろう。そのような現実的な前提に立てば、地域創生は、 (1) 気候や地形などの地域特有の自然条件が与える地域資源を持続的に活用すること、(2) 女性や高齢者を含む多様な人的資源を活用し、仕事と生活のバランスが良好で健康的で長寿な大都市とは異なるライフスタイル(社会保障や高齢者医療に頼らなくても済む生活)を実現すること、(3) そのような経済活動をこれまでよりも少ない人口で実現できるように、積極的に資本、技術、知識を導入すること、などを通じて、これまでの延長線上ではない地域経済を創造する機運を高めるようなものでなければならない。