ノンテクニカルサマリー

業況見通しの不確実性と設備投資

執筆者 森川 正之 (理事・副所長)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果 (所属プロジェクトなし)

1. 問題の所在

近年、日本経済は、世界経済危機、自然災害をはじめさまざまな不確実性ショックに直面してきた。一方、近年の海外の理論・実証研究は、不確実性が生産、投資、雇用などに対して負の影響を持つことを明らかにしている。経済環境や制度・政策の先行きが不透明な場合、それが解消されるまでアクションを控えることが企業にとって合理的な選択になるからである。本稿は、日本の代表的な企業サーベイ・データを使用し、不確実性の時系列的な動向、産業や企業規模による違いについて観察事実を提示するとともに、不確実性と設備投資の関係を分析する。

本研究の特長として以下の諸点が挙げられる。(1)企業レベルのデータを用いて不確実性を分析した海外の研究が製造業のみを対象としているのに対して、経済の大きな部分を占める非製造業もカバーし、産業による違いを比較する点。(2)企業規模による違いを分析する点。(3)業況の不確実性だけでなく、設備過不足や人員過不足の不確実性についても計測して比較を行うことである。

2. データおよび分析内容

本稿では、日本銀行「全国企業短期経済観測調査」(以下「日銀短観」)のミクロデータをオーダーメード集計した結果を使用する。対象期間は2004年3月から2014年9月までの各四半期である。具体的には、業況判断、設備判断、人員判断の(前期における)先行き見通しと(今期の)現状評価をクロス集計した結果を使用する。「不確実性」指標として、(1)事前予測のばらつき(FDISP)、(2)事後的な予測の誤りの標準偏差(FEDISP)、(3)絶対予測誤差(MEANABSFE)の3種類を計測する。

これらの不確実性指標の時系列的な動き、企業特性(産業、企業規模)による違いについて観察事実を提示するとともに、不確実性と設備投資の関係についてシンプルな回帰分析を行う。回帰分析では、業況判断、設備判断をもとに計算した上述の不確実性指標を主な説明変数とし、設備投資計画額を対数変換した上でその前期との差分を被説明変数として使用する。業況判断DIの前期比変化の実績値、翌四半期業況DIの現状からの変化予測、計画半期の時間的視野、季節要因などをコントロールする。製造業・大企業、製造業・中堅企業、製造業・中小企業、非製造業・大企業、非製造業・中堅企業、非製造業・中小企業の6つのカテゴリーをプールし、セル単位のパネルデータとして分析する。

3. 分析結果と政策的含意

分析結果の要点は以下の通りである。第1に、リーマン・ショック、東日本大震災の際に大きな不確実性の増大が見られたが、消費税率引き上げは企業にとって予期されたイベントであり、不確実性指標の動きは小幅だった(図1参照)。第2に、製造業および中小企業は、非製造業や大企業と比べて高い不確実性に直面している。第3に、業況や設備過不足の先行き不確実性の高さが、設備投資計画に対して負の影響を持っている可能性が示唆される(図2参照)。つまり、設備投資の先行きを考える際、企業レベルでの先行き見通しのクロスセクションでのばらつきや事後的な予測誤差には、集計レベルのデータでは得られない情報価値がある。

以上の結果は、安定的なマクロ経済運営、税制改正をはじめ各種政策の企画・執行に際して企業の先行き予測可能性を攪乱しないことの重要性を示唆している。

図1:業況の不確実性指標の動向(全規模・全産業)
図1:業況の不確実性指標の動向(全規模・全産業)
図2:不確実性が設備投資計画に及ぼす影響
図2:不確実性が設備投資計画に及ぼす影響
(注)不確実性指標((1)FDISP,(2)FEDISP,(3)MEANABSFE)が1標準偏差大きいと設備投資計画が何%下押しされる関係にあるかを図示。推計の詳細はDP本文参照。