ノンテクニカルサマリー

近年の経済成長は東アジア地域の金融統合を促したか?

執筆者 川﨑 健太郎 (東洋大学)
王志乾 (一橋大学)
研究プロジェクト 通貨バスケットに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

国際マクロプログラム (第三期:2011~2015年度)
「通貨バスケットに関する研究」プロジェクト

今日の東アジア経済の繁栄は、特徴的な2つの時期の経済成長を通じてもたらされた。その1つは、(日本を除く)東アジア諸国が急激な経済成長を遂げた1970年代後半から1980年代を通じ、1997年のアジア危機が起こる前までの時期であり、もう1つは、2000年以降から今日に至るまで続く「経済のグローバル化」の時期においてである。

いわゆる「東アジアの奇跡」と称された最初の経済発展の時期には、東アジア各国では、輸出指向型の経済発展モデルが結実し、90年代中頃に至るまで、持続的な経済発展と所得上昇がみられた。この時期の東アジア諸国の経済発展の特徴は、国家という経済単位が極めて重要な意味をもっており、国家主導の野心的な工業化を押し進め、経済成長に最も重要な国内産業を育成・保護しつつ、海外からの先端技術を導入するために国内外の資本を基幹産業に集中させ、海外輸出を増大させることで国内所得を増加させていった。またこれらの経済成長を実現させる上では、「ドルペッグ制度」と「間接金融システム」という金融面の支えは、必要不可欠なものでもあった。

1997年、これら金融面の支えが突如として機能不全を起してアジア危機が発生するが、深刻な経済危機に瀕した東アジア諸国は、きわめて短い期間で経済成長率をプラスへと転じさせ、2000年代を通じて、安定かつ持続的な経済成長を実現させた。その要因は、1)アジア危機以前から各国に存在していた高い技術の集積地が、多国籍企業の生産ネットワークおよび物流ネットワークで結ばれ、各国経済により高い生産性と効率性が実現したこと、2)これまで先進国市場への生産輸出基地に過ぎなかった東アジア地域全体が、各国所得水準の上昇によって一大消費市場へと変貌を遂げ、内需主導型の経済成長がもたらされるようになったこと、3)内需拡大によって、多種多様な産業への投資を目的とした資本流入が起こったこと、の3点があげられる。とりわけ、21世紀の東アジアにおける経済成長期の特徴は、要因1)にあげた生産ネットワークの構築によって、東アジア地域には事実上(=デファクト)の経済統合が進んだことである。

この時期、東アジア諸国の通貨制度は、ドルペッグ制から管理変動相場制度へと移行して、為替相場変動にはある程度の柔軟性が持たされるようになり、資本市場の整備や資本取引の自由化が図られるように変化していた。すなわち、以前のような「ドルペッグ制度」と「間接金融システム」が、各国の経済成長を支える上での必要・十分条件ではなくなり、政策偏重的な通貨・金融システムを維持せずとも、持続的な経済発展と所得上昇がもたらされた要因が、経済成長によって経済統合のみならず、東アジアの金融環境の統合をも促進したことがうかがえる。

東アジアの金融統合の進展を検証する目的で、本稿の分析では、東アジア諸国(ASEAN5=インドネシア・マレーシア・フィリピン・シンガポール・タイ、プラス3=日本・中国・韓国)の実質実効為替相場に対して、「一般化購買力平価アプローチ」を応用している。任意の2~8カ国で構成される247の実質為替相場の線形結合の組み合わせを対象に、アジア危機を境とした1984年1月から1997年6月までと、2000年1月から2013年6月までの2つの異なる経済成長期に相当する標本期間を設けて、構成国の実質為替相場の線形結合が長期的に定常となるかを検証している。検証で用いられる共和分検定によって、構成国の実質為替相場の線形結合が定常であることが示されることは、各国の実質為替相場の決定要因には、常に共通項が含まれていることを意味し、域内各国間の実質為替相場の変動が安定的に推移するばかりでなく、将来的には通貨統合のような、名目為替相場の固定をも視野に入れた通貨同盟の形成が可能であること、すなわち最適通貨圏であることが示唆される。

アジア危機以前の標本期間(1984.1-1997.6)においては、6通りの組み合わせにおいて、各国間の実質為替相場の線形結合が定常であることが発見された。アジア危機後のサンプル期間(2000.1-2013.6)では16通りの構成国の組み合わせで実質為替相場の線形結合が定常であることが発見された。たとえば、アジア危機以前では7カ国で構成される最大規模の経済圏を見つけることができる一方で、日本・韓国・フィリピンの3カ国を軸とした限られた組み合わせでのみ最適通貨圏であることが示される。一方、アジア危機以降では、中国・韓国・シンガポールの3カ国を軸とした組み合わせと、日本・中国・フィリピンの3カ国を軸とした組み合わせそれぞれに、インドネシア、タイ、マレーシアが加えられたさまざまな組み合わせにおいて最適通貨圏であることが示唆されており、組み合わせが多様化したことは、改めて東アジアの経済統合の深化が確認されたともいえよう。

表:アジアにおける共通通貨圏に含まれる候補国(構成国が5カ国以上となる組み合わせのみ掲載)
期間シンガポールインドネシアタイマレーシアフィリピン日本中国韓国
「経済グローバル化」期
(2000.1-2013.6)
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「東アジアの奇跡」期
(1984.1-1997.6)
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また、本稿の分析では、ベトナムを加えたASEAN6プラス3の計9カ国の任意の組み合わせについて、アジア危機以降の時期について同様の検証をおこなった場合でも、地域が最適通貨圏の条件を満たすことが示唆されている。近年、最適通貨圏の条件を満たす国々や、その組み合わせに広がりがでてきたことは、東アジア地域が、欧州のような通貨統合を実現しうる可能性が高まったと考える事ができる。その一方で、東アジア諸国に最適通貨圏が存在しうることは、域内各国間実質為替相場の決定要因である所得プロセスは、強い連動性を帯び、自国経済と近隣諸国との景気循環の差は生じにくく、よって域内各国が独自に行う政策余地そのものが、格段に小さくなっていると言い換えることができる。

このことは、自国経済の繁栄のみを優先させる財政・金融政策や、地域経済の成長と整合性を考慮しないアドホックな経済政策が採用される場合には、東アジア経済のみならず、自国経済の持続的な成長機会をも損なわれる可能性があることを認識しなければならない。現状、欧州のような通貨統合を予定せず、また事実上の経済圏を維持する制度的枠組みを一切持たない東アジア地域においては、極めて重要なインプリケーションである。

世界金融危機や欧州財政危機を経て、今日の国際金融環境の急激な変化は世界経済の持続的な成長に対する不安要素として認識されている。そのため、国際金融市場からもたらされる負の外部性から自国経済を保護する目的で、近年、再び資本取引規制や外国為替市場への関与を高める通貨・金融当局が増えていることは事実である。しかしながら、東アジア地域におけるさらなる経済成長の機会が、これまで東アジアが歩んできた経済統合の深化や金融環境の統合を前提としたものであるならば、負の外部性から自国経済を守る政策は、同時に地域経済の持続的な経済成長を守る政策でなければならない。東アジアを取り巻く環境が不安定さを増すほど、東アジア経済の政策担当者は、東アジア地域経済の持続的な発展に対する揺るぎない意志を再確認するとともに、東アジアの安定と繁栄のための集団的行動の継続努力を怠ってはならないのである。