ノンテクニカルサマリー

量的金融緩和政策の出口戦略による東アジア諸国通貨への影響

執筆者 小川 英治 (ファカルティフェロー)
王 志乾 (一橋大学)
研究プロジェクト 通貨バスケットに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

国際マクロプログラム (第三期:2011~2015年度)
「通貨バスケットに関する研究」プロジェクト

リーマン・ショックを契機としたグローバル金融危機の発生から6年が経過した。各国の経済は景気回復の方向に向かっている。その中、グローバル金融危機の震源地であった米国では、大規模な量的金融緩和政策の実施により、経済が停滞から脱却し、成長軌道に乗り始めた。一方、欧州では、主要諸国がサブプライムローン関連の証券化商品を多く抱え、そのサブプライムローン問題の余波およびその後のユーロ圏における財政危機の影響を受けて経営破綻の危機に陥った銀行に対し、破綻処理と資本増強が行われて、経済の危機的状態が落ち着いた。また、日本では、欧州で発生したような、サブプライムローン問題による金融機関の経営破綻などグローバル金融危機の直接的な影響は軽微であったものの、長期にわたって続いたデフレからの脱却のため、日本銀行は異次元金融緩和ともいわれる量的・質的金融緩和政策を実施している。

これらの先進諸国の影響を受けて、新興市場国の経済は、主要先進諸国がグローバル金融危機後に大規模な景気刺激策を打ち出したことによって、世界同時不況から早い段階で立ち直ったとはいえ、需要の回復や経済の成長は依然として力強さに欠けている。こうした背景の下、金融のグローバル化が急速に進展していることにより、主要先進諸国の金融緩和で膨れ上がった余剰資金が世界中を駆け巡っている。とりわけ、成長著しい新興市場国経済を中心に、収益率の高い投資先として先進国の余剰資金が流れ込んでいた。しかし、グローバル金融危機の震源地であった米国は、危機の収束に伴い、これまでに打ち出した大胆な金融緩和政策を終了することを決めた。これによって、新興市場国に流れ込んでいた資金が米国に逆流し、新興市場国における通貨の下落や株安に関する懸念が浮き彫りになっている。

米国は景気回復を背景に金融緩和を縮小している中、日本では2%の物価安定の目標を達成するために金融緩和を継続している。このように、先進諸国の間で生じている金融政策運営のタイミングのずれは、先進諸国間の資金フローおよび為替相場に影響を及ぼすだけではなく、新興市場国経済にも影響を及ぼす可能性がある。特に、今、多くの新興市場国で懸念されていることは、米国の金融政策の出口戦略によって資金が新興市場国から米国へ逆流し、これらの経済に悪影響を及ぼしかねないということである。このような背景を踏まえ、主要先進国(日米欧)の金利の変動が東アジアの新興市場国の金利や為替相場の変動ならびに資本フローの動きにどのような影響を及ぼすのかを明らかにすることが本稿の主な目的となる。

実証分析から得られた結果は、以下のことを示唆している。まず、FRBや欧州中央銀行の金融政策の出口戦略によって、米国やユーロ圏の金利が引き上げられると、東アジア諸国の金利がそれを追随するような形で上昇することが予想される。一方、東アジア諸国金利の上昇が抑制されたり、後れを取ったりすると、欧米に有利な金利差が発生し、東アジア諸国の通貨が米ドルやユーロに対して減価することが予想される。一方、日本においては、2%のインフレ率目標を達成するために日本銀行が金融緩和を継続し続けることを決めている。日米欧の間で生ずる金融政策の出口戦略のタイミングのずれによって、日米欧金利差が拡大することになると考えられる。これは、低金利の円資金を調達して行うキャリートレードを促し、日本・円以外の東アジア諸国通貨に大きな影響を与えると予想される。図1は、グローバル金融危機の前に、米ドル金利やユーロの金利と比べて、日本・円の金利が非常に低い水準にとどまっていたことがわかる。金利の低い日本・円で資金を調達し、より金利の高い国の資産で運用し利鞘を稼ぐ円キャリートレードは、グローバル金融危機が発生する直前までに、米国と欧州の金融機関を通じて活発に行われていた。今後、より低い金利の日本・円で資金を調達し、相対的に高い金利の通貨に投資を行う円キャリートレードは再び活発化することが考えられる。また、FRBのゼロ金利政策の解除により、米国の金利が引き上げられ、内外金利差や予想収益率格差は東アジア諸国に不利に働くと懸念されている。ほとんどの東アジア諸国においては、証券投資やその他投資における資金逆流や資本流出が発生することが予想される。

このように、今後、FRBが金融政策の出口戦略によって米国金利を引き上げると、東アジア諸国の金利に対して上昇圧力がかかる一方、東アジア諸国から資本が流出するとともに、東アジア諸国通貨が減価することが予想される。

図1:日本円、米ドルおよびユーロの金利(INTERBANK 3 MTH)
図1:日本円、米ドルおよびユーロの金利(INTERBANK 3 MTH)
データ:Datastream