ノンテクニカルサマリー

介護労働者の賃金関数の推定―学歴プレミアムと資格プレミアム―

執筆者 殷 婷 (研究員)
川田 恵介 (広島大学)
許 召元 (中国国務院発展研究中心企業研究所)
研究プロジェクト 経済活力と生活の質を向上させる社会保障制度
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

社会保障・税財政プログラム (第三期:2011~2015年度)
「経済活力と生活の質を向上させる社会保障制度」プロジェクト

本稿の主目的は、介護労働者の低賃金問題を解決するための、介護労働者の賃金決定に関する基礎的な事実の提示にある。具体的には、介護労働者の賃金と労働者のさまざまな属性(性別、学歴、資格の有無、就業年数等)の関係性について、『介護労働実態調査』を用いた実証的な分析を行っている。

少子高齢化が急速に進展する日本において、介護労働従事者の安定的確保は大きな政策課題となっている。しかしながら介護労働者の離職率は高く、その要因として労働条件の悪さが指摘されている。このため介護労働者の賃金向上を目指してこれまでもいくつかの政策が行われてきたものの、十分な成果が上がっているとはいえない現状になる。

この現状を打破するために、介護労働者の賃金決定の実態に関する研究蓄積が重要であると考えられる。そこで本稿では介護労働者各人の属性、特に資格取得の有無、福祉系学科卒業者であるか否か、についても記載されている『介護労働実態調査』の個票データを用いることで、さまざまな要因と賃金との関係性について明らかにした。

本稿の分析結果の主要部分である、さまざまな変数と賃金との相関は、以下のとおりである。

介護職員訪問介護員
変数名係数値標準偏差係数値標準偏差
女性(男性と比較)-0.0850.006-0.0830.022
大卒(高卒者と比較)0.0420.0100.0910.032
介護福祉士0.0890.0060.0550.014
ホームヘルパー一級0.0190.0110.0750.019
介護支援専門員0.0880.0100.0900.032
サンプル数59861001
(論文より一部抜粋)

もっとも興味深いのは、労働者の技能や知識との関連性が深いと考えられる教育歴や資格取得に関する結果である。結論から述べると、学歴や専門の学科(介護・福祉系学科)を卒業したか否かよりも、介護福祉士や介護支援専門員などの資格取得の有無のほうが、賃金とより強く関係していることが明らかになった。大卒者の賃金は他に比べると高い傾向はあるものの、他の産業に比べるとその差は限定的である。さらに専門の学科を卒業したか否かによる差は、ほとんど観察できなかった。対して上記の資格取得者は、さまざまな他の要因の影響を取り除いたとしても、賃金が6%から12%程度高い傾向にあることが確認された。

さらに他の個人属性についても、興味深い結果が得られた。まず他の産業と同様に介護労働者においても、男女間の賃金格差が観察された。これは介護労働者の大部分が女性労働者であることを考えると、興味深い結果であるといえる。さらに事業所での勤続年数や介護労働職での勤務年数が賃金に与える影響は極めて弱く、介護労働の形態は伝統的日本型雇用形態とは大きく異なっている実態が明らかになった。

以上のように本稿では介護労働に関わるいくつかの新しい事実を発見した。しかしながら本稿の発見は、賃金を変化させる真の要因を明らかにした、とまでは主張できない点に注意されたい。具体的には、資格取得者の賃金は他の労働者に比べ、大きく高い傾向にはあるものの、このすべてが資格取得によりもたらされた効果であるとは限らないためである。

なぜならば、意欲が高く介護労働職との相性の高い労働者は、資格取得にも熱心でかつ賃金も高い傾向にある可能性が無視できず、この場合、資格取得の有無と賃金との関係性の一部がこの労働者個人の内面的な理由によりもたらされていると考えられるからである。

しかしながら以上のような分析の限界を踏まえても、本稿の分析結果は一定の政策的含意を有していると考えられる。もっとも重大な指摘は、介護労働職における資格政策の重要性である。本稿の分析より資格の有無は、学歴よりも賃金により重大な影響を与えている可能性が高いと考えられる。このため介護労働者の資格取得を適切に支援していく体制の確保が、重要であると考えられる。

また介護職の資格の在り方については、現在でも多くの議論が続いている。現状で資格の有無がこれだけ賃金に大きな影響を与えていることを踏まえると、資格の制度設計をさらに注意深く行う必要があると考えられる。