ノンテクニカルサマリー

良いことを毎日3つ書くと幸せになれるか?

執筆者 関沢 洋一 (上席研究員)
吉武 尚美 (お茶の水女子大学)
研究プロジェクト 人的資本という観点から見たメンタルヘルスについての研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第三期:2011~2015年度)
「人的資本という観点から見たメンタルヘルスについての研究」プロジェクト

ペンシルバニア大学のセリグマン教授らが提唱したポジティブ心理学において、人々がどうしたらもっと幸せになれるかの研究が行われている。セリグマンらの研究では、毎晩寝る前に良いことを3つ書くことを1週間継続するだけで、その後半年間にわたって、幸福度が向上し、抑うつ度が低下する(うつの症状が減る)という結果が出た。これが本当であれば、我が国においても、学校や職場などでこのエクササイズを教えれば、幸福度向上およびそれに起因するメリットを多数の人々が享受できることになる。そこで、3つの良いことを書くエクササイズの効果を検証することとした。調査会社のモニターから選ばれた1000名の研究協力者をランダムに2つの群に分け、TGT(Three Good Things)群では、週に2回以上、3つ良いことを書いてもらい、統制群には、過去の思い出を3つ書いてもらった。但し、モニタリングが困難なことなどから毎晩寝る前にエクササイズすることまでは求めなかった。このエクササイズを4週間続けてもらった。

エクササイズの結果、TGT群の肯定的感情の得点がエクササイズ期間の終了直後に上昇したものの、その1カ月後には低下し、効果は持続しなかった(図1)。他の指標(抑うつ度(うつっぽさ)、生活満足度、楽観度、否定的感情)は、エクササイズによる効果はなかった。但し、人を信じる程度を点数化した一般的信頼尺度の得点だけは、TGT群・統制群の双方でエクササイズ後に上昇し、更に1カ月後も両群において上昇した(図2)。

本研究の結果を見る限り、3つの良いことを書くエクササイズは、セリグマンらが指摘したような高い効果はない可能性がある。但し、本研究では、夜寝る前にエクササイズを行うことを義務付けていないなど、セリグマンらの研究と厳密には一致していないことに留意する必要がある。

TGT群と統制群の双方において一般的信頼尺度の得点が上昇したことは予想外のことだった。本研究を更に進めて、人を信じることについて、心理的介入によって向上させることが可能かどうかを検証することは重要である。というのは、他者を信じることは、ソーシャルキャピタルの主観的側面として近年注目を集めており、人を信じることが経済成長につながる可能性があるためである(Dearmon and Grier 2009; Horváth 2012)。

本研究の政策的意義として、本研究が、推進すべき心の健康増進法をエビデンスに基づいて判断していくための先駆的存在となる可能性がある。先行研究や複数のケーススタディを通じて効果がある可能性が示唆される心理的取り組みについて、本研究で行ったように、積極的にランダム化比較試験を行うことによって本当に効果があるかどうかを見極めて、効果があるものだけを推奨していくことが、心の健康の効果的な増進につながると考えられる。

図1:肯定的感情の得点の推移
図1:肯定的感情の得点の推移
(注1)肯定的感情は、簡易気分調査票日本語版(Thomas and Diener, 1990; 田中, 2008)。
(注2)TGT群は266名、統制群は203名。
(注3)*p<.05
図2:一般的信頼尺度の得点の推移
図2:一般的信頼尺度の得点の推移
(注1)一般的信頼尺度は山岸 (1998)、山岸 (1999)による。但し、得点は平均点ではなく合計点を使用した。
(注2)TGT群は266名、統制群は203名。
(注3)**p<.01