ノンテクニカルサマリー

文化的財の国際貿易に関する実証的分析

執筆者 神事 直人 (京都大学)/田中 鮎夢 (リサーチアソシエイト)
研究プロジェクト 現代国際通商システムの総合的研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「現代国際通商システムの総合的研究」プロジェクト

クール・ジャパン戦略は、安倍政権が掲げる成長戦略の重要な柱として位置づけられている。クール・ジャパン戦略とは、「日本の魅力を高め、世界に届ける仕組みを作り、来訪を促進することにより、経済成長を実現し、雇用を創出する」ための戦略である。つまり、日本の文化や創造性を利用し、日本の輸出・雇用を増やす戦略と考えられる。

クール・ジャパン戦略にとって重要なのは、「クリエイティブ産業」と呼ばれる産業である。クリエイティブ産業で生産・供給されるクリエイティブ財・クリエイティブサービスには、アート、映画、音楽、テレビ、舞台芸術、出版等をはじめ、広くは工芸品やアクセサリー類、玩具等も含まれる。では、世界の国々の間でこれらのクリエイティブ財はどのように貿易されているだろうか、またその中で日本はどのような位置を占めているだろうか?

表1:クリエイティブ財の輸出上位国(2010年))
表1:クリエイティブ財の輸出上位国(2010年))
出所:UNCTADSTATのデータより著者作成。

国連の機関であるUNCTAD(国連貿易開発機関)がクリエイティブ財の国際貿易に関する統計データを公表している。それに基づいて作成したのが表1および図1である。表1には2010年におけるクリエイティブ財の輸出額について上位20カ国を示している。また2002年の輸出額と順位も示している。表から分かるように、クリエイティブ財の最大輸出国は中国である。中国だけでクリエイティブ財の世界全体の輸出額の実に25%を占めている。中国に次いで輸出額が多いのは米国であるが、世界の輸出額に占めるシェアは8.2%と、トップの中国には大きく及ばない。日本は第15位で、2010年のクリエイティブ財の輸出額はベトナムとほぼ同じである。他方、図1には2010年のクリエイティブ財の貿易について貿易黒字額と赤字額のそれぞれ上位10カ国を示している。中国はクリエイティブ財の最大の輸出国であるだけでなく、最大の貿易黒字国でもある。他方、米国はクリエイティブ財の輸出額では中国に次いで2位であるが、最大の貿易赤字国である。日本は米国に次ぐ世界第2位の貿易赤字国である。

図1:クリエイティブ財の貿易黒字・赤字上位国(2010年)
図1:クリエイティブ財の貿易黒字・赤字上位国(2010年)
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出所:UNCTADSTATのデータより著者作成。

これらの統計データから分かることは、クール・ジャパン戦略の推進とは裏腹に、クリエイティブ産業における貿易で日本は米国に次ぐ世界第2位の貿易赤字国になっているという事実である。ただしこの統計では、世界のクリエイティブ財の輸出の約64%を「デザイン商品」(その中身は室内装飾品や宝飾品、アクセサリー類、玩具類)が占めている。実際、中国の輸出でもアクセサリー類や室内装飾品、玩具類等が上位を占めている。クール・ジャパン戦略のコアを形成しているのは、もう少し狭い意味での「文化的財」に分類されるような産業であるため、これらのデザイン商品を含めるかどうかでクリエイティブ財の国際貿易の見え方は大きく異なる。

ところで、文化的財の国際貿易に一定の影響を与える可能性があると考えられているのが、世界遺産の登録を所管する国連機関としても有名なユネスコが2005年に採択した「文化多様性条約」と呼ばれる条約である。この条約は各国が独自の文化保護政策をとることを認めており、貿易全般の自由化を推進するWTO(世界貿易機関)の方針とは対立すると見られている。この条約は2007年3月に正式に発効したが、条約の採択時に賛成した日本は未だにこの条約を批准していない。また米国はそもそも採択時に反対票を投じている。この文化多様性条約が実際に文化的財の貿易にとって障害となっているか否かは大変興味深いし、また日本がクール・ジャパン戦略を推進する上でも重要な点である。そこで、重力方程式と呼ばれる、国際貿易の実証研究で広く用いられている分析手法を使って、文化多様性条約の批准状況と各国の文化的財の輸出および輸入との関係について分析した。この分析では、クリエイティブ財よりも対象を絞り、ユネスコの分類で「文化コア財」とされる財を対象とした(デザイン商品は含まない)。分析から大変興味深い結果が得られた。まず、文化多様性条約を批准すると、文化コア財の輸出額が増加する傾向がみられた。両者の正の相関は概ね統計的に有意なものである。また、文化コア財の輸入に関しても、WTO加盟国については、文化多様性条約の批准との間に統計的に有意な正の相関がみられた。つまり、懸念されているような、文化多様性条約が文化的財の貿易を阻害するという影響は、少なくとも本研究の分析からは確認されなかった。むしろ、文化多様性条約が文化的財の貿易を促進するという逆の効果をうかがわせるような結果が得られた。

したがって、日本が文化多様性条約を批准すれば、文化の多様性を促進するという論理を用いて、日本の文化的財を中国・韓国をはじめとする諸外国に普及させる根拠となりえて、日本からの文化的財の輸出拡大にとってプラスに作用する可能性がある。このような視点から、クール・ジャパン戦略のなかに文化多様性条約をどのように位置づけるかについて検討すべきではないだろうか。