ノンテクニカルサマリー

社会保険料負担と雇用構造:企業属性に着目したマイクロデータ分析

執筆者 小林 庸平 (コンサルティングフェロー)
久米 功一 (リクルートワークス研究所)
及川 景太 (カリフォルニア大学デービス校)
曽根 哲郎 (経済産業省)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果 (所属プロジェクトなし)

問題意識と分析の概要

急速な少子高齢化と社会保障給付の拡大が進む中で、社会保険料負担が年々増加してきている。社会保障給付の増加に対応するためには、税・社会保険料負担の一定程度の増加は避けられないが、労働力人口の減少によって潜在成長率が低下してきている日本にとって、社会保障財政の安定と経済成長をバランスさせていくことが必要であり、社会保障の財源調達と経済活動の関係性を分析する重要性が増している。例えば、社会保険料負担が増加する一方で、正規雇用者数は減少し、非正規雇用者数は増加をしている。社会保険料負担は、主として正規雇用者の労働コストを増加させるため、正規雇用を抑制し、非正規雇用を増加させる可能性も指摘されている。

そこで本稿では、経済産業省「企業活動基本調査」の個票データに健康保険料率をマッチングさせたデータセットを構築した上で、社会保険料負担が企業の雇用水準・雇用構造に与える影響を実証的に分析した。分析にあたっては、製品・サービスの競争力や労働組合の有無といった企業属性別の違いを加味した。

分析結果のポイント

分析結果のポイントは以下の通りである。
(1)健康保険料率負担の増加は、正規雇用量に対してマイナス、パート雇用量に対してプラスの影響を有しているが、統計的には有意ではない。社会保険料の転嫁に関する複数の実証研究において、社会保険料負担増加による賃金の下落が確認されていることも踏まえると、日本においては、社会保険料負担は雇用の調整よりも、賃金の下落によって吸収されていることが示唆される。

(2)しかし企業属性を加味すると、社会保険料負担の増加は、一部の企業の雇用に対して統計的に有意な影響を与えている。具体的には、財・サービス市場で厳しい競争環境に直面している企業や、財・サービスの価格決定権を持たない企業、労働組合のない企業などは、社会保険料負担の増加に対して、正規雇用量を減少させ、パート雇用量を増加させる形で対応していることが確認された。この結果から、厳しい市場競争に直面している企業の場合、社会保険料負担の増加に対して、雇用調整で対応せざるを得なくなっていることが示唆される。

(3)実証分析によって得られたパラメータ(企業属性を加味して推定)を用いて、パート比率(=パート雇用者数/(正規雇用者数+パート雇用者数))の実績値と、社会保険料率の変動のみで説明したシミュレーション値を比較すると、1995年から2007年にかけてのパート比率の上昇分のうち、社会保険料率の上昇によっておよそ3割程度が説明できる。具体的には、パート比率は1995年の13.0%から2007年の19.3%まで6.3ポイント増加しているが、そのうち1.9ポイントが社会保険料率の増加によるものである(図)。

図:パート比率の実績値と社会保険料増加のシミュレーション値の比較
図:パート比率の実績値と社会保険料増加のシミュレーション値の比較
(出所)総務省「労働力調査」等を用いて計算

政策的インプリケーション

社会保険料負担の増加は、市場シェアの低い企業や財・サービスの価格決定権のない企業など、厳しい競争環境に置かれた企業の正規雇用を減少させ、非正規化を促進した可能性がある。社会保険料によって社会保障財源を調達する際には、そうした雇用への影響にも配慮する必要がある。