ノンテクニカルサマリー

動学的確率モデルによる沖縄渡航客数の実証研究

執筆者 伊藤 匡 (ジェトロ・アジア経済研究所)
岩橋 培樹 (琉球大学)
研究プロジェクト 持続可能な地域づくり:新たな産業集積と機能の分担
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第三期:2011~2015年度)
「持続可能な地域づくり:新たな産業集積と機能の分担」プロジェクト

問題意識

一般的に、観光客数の推移を時系列でみると、そのトレンドは所得や渡航費用といった説明要因の変化と比較して安定的である、という傾向がある。たとえば、沖縄への観光客数は戦後、安定して増加の傾向にある。北海道への観光客数は60年代から70年代前半まで安定的に増加、それ以降80年代後半までは横ばい、それから90年代後半まで安定的に増加したあと、2000年以降は横ばいが続いている。海外各地への渡航者数においてもこうしたトレンドが確認できる。このように、渡航者数の動学には一定の慣性がみられるため、渡航者数を直接、経済的要因や環境的要因で説明しようとする従来の研究手法では、十分な説明力が得られない場合がある。そこで、こうしたトレンドの説明を可能にする理論モデルを構築した点が、理論面での成果である。その上で、1998-2011年のデータを用いて、沖縄県への渡航者数の説明要因を検証して明らかにした点が、実証面での成果である。

理論モデルの特徴

ある地域を初めて訪れる渡航者の渡航確率(p)と2度目以降に訪れる再渡航確率(q)が異なる、という前提で渡航者数の動学を記述したモデルを構築している点に特徴がある。そこでは、経済的要因や環境的要因が確率pならびにqに影響を与え、その結果として、渡航者数の動学を決定する、という構造になっている。これによって、経済的要因の変化(たとえば、渡航費用の変化)の影響が、一期ではなく、次期以降にも持続され、一定のトレンドが形成される状況を実現させている。

実証分析の結果

沖縄県への直行便が運航されているのは国内16地域である(羽田・成田、関西・伊丹・神戸はそれぞれ1地域に統一)。沖縄県を除く46都道府県をこれら16地域に分類し、理論モデルに基づいて各地域からの渡航確率pおよびqを推定した結果が次の通りである。

表

月次データを用いた実証結果であるため、たとえば東京地域の場合、これまで沖縄を訪れたことのない人は毎月0.285%(年次換算では、3.4%)の確率で沖縄へ渡航する一方、1度でも沖縄を訪れたことがある人は毎月0.69%(年次換算では8.3%)の確率で沖縄へ渡航する、と推定される。さらに、p、qの地域間の差を説明する要因を統計的に検証した結果、以下のことが分かった。
1. 所得や渡航費用に代表される経済的要因は初めての渡航確率(p)には影響を与えるが、再渡航確率(q)には影響を与えない。
2. 所得および渡航費用に対する渡航確率pの弾力性はどちらも約3%である。
3. 大都市からの渡航者ほど、再渡航確率が高まる(q-pが大きい)傾向がある。都市の多忙な生活リズムのバロメーターともいえる渡航元地域の混雑度指数とq-pとの間に有意な相関がみられた。

政策的インプリケーション

初渡航確率(p)ならびに再渡航確率(q)は地域で大きく異なる上に、それらを説明する要因も大きく異なる。そこで、pを高めるための政策とqを高めるための政策は分けて考えるべきである。沖縄県の場合、すでに国内有数の観光地としての地位を確立していることを考えると、qを高める政策を重視するべきであろう。これから新たな渡航者を開拓するよりも、自然環境や伝統、文化に代表される環境要因を向上させることで、都市の多忙な生活リズムとの違いを際立たせることにより再渡航確率を高めるような政策に力点をおくことが望ましい、というのが本研究から得られた政策的示唆である。