ノンテクニカルサマリー

TRIPS後の特許制度改革が輸出構造に及ぼす影響

執筆者 Keith E. MASKUS (コロラド大学)
Lei YANG (香港理工大学)
研究プロジェクト グローバル経済における技術に関する経済分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「グローバル経済における技術に関する経済分析」プロジェクト

特許などの知的財産権(IPRs)の法的保護は、国によって大きく異なる。概して、技術革新と新商品創出が活発で、所得が高く技術的に進んだ国は、日用消費財を生産する傾向が強い低所得国と比較して、遙かに手厚い保護を選好する。しかし、知的所有権の貿易関連の側面に関するWTO協定(TRIPS)が成立した1995年以降は、世界的に政策面で大きな変化が見られ、発展途上国がWTO加盟条件として特許権の大幅な強化を進めてきた。さらに、中国、ブラジル、メキシコなど、急速に発展中の一部中所得諸国は、国内における新興の革新的産業を保護する目的で一層強いIPRsを採用している。こうした政策の大掛かりな改革は、図1で確認できる。これは、有名なGinarte-Park特許権指数の1990~2005年の増加を所得四分位階級別に示したものである。低所得国と中所得国のグループで指数が急速に伸びており、この期間中、特許発明品の法的保護の分野で上方への著しい収斂があったことが明らかである。

本稿の関心は、特許制度改革が工業製品の輸出に有意な効果を持つか否かの分析にある。理論的には、各国がIPRsを強化しても、生産への影響は不明確である。一方で、特許の強化により、現地企業は保護された製品や技術の模倣が困難になり、特に発展途上国では生産や輸出が減る可能性がある。しかし、他方で、特許は直接投資やライセンス供与を通じた正式な技術取得を後押しする。このことには、国内企業や子会社が世界最高水準の技術を利用する機会を拡げ、高度な製品を製造・輸出する能力を向上させる傾向がある。

以上の仮説を検証するため、1985~2005年の3桁ベース製品の対米輸出について、82カ国を対象とした広範なデータベースを作成した。比較優位に基づく産業特化と貿易に関するモデルを設定し、このモデルでは国別の生産要素賦存と産業別の要素集約度によって輸出が左右される。新しい点は、国別のIPRsの賦存として特許権行使の尺度を取り入れたことであり、これは法制度改革と契約の改善によって経時変化する。IPRs政策と輸出の間の双方向の因果関係については調整する。

研究結果を要約すると、特許権の強化は特許集約的な製品の輸出に関して有意な正の決定要因である。たとえば、特許のサンプル平均が1標準偏差上昇すると、部門別の対米輸出の平均が、製品仕様により13%から29%増加する。経時変化については、TRIPS前とTRIPS後にサンプルの期間を分けると、特許権に対する輸出の反応性がTRIP後の期間に急激に上昇している。このことはWTO改革によって貿易にプラスの影響がもたらされたことを示唆する。さらに、発展途上国のサンプルでは、プラス効果は主に特許制度改革の導入後の時期に見られた。特に、輸出の伸びと特許権との関係は、TRIPS実施の第一期である2000年と2005年に一様に強まっていた。

以上の結果は、特許保護の拡充は新技術の採用・開発への投資を促進させ、途上国・先進国の双方で輸出の伸びにプラスの影響を及ぼすことを示す。現時点で本稿の分析で確認できない点は、この期間の技術習得・採用の正確な経路がどのようなものであったと考えられるのか、つまりそれが直接投資とライセンス供与の増加によるのか、サプライチェーン内における情報の流れの改善によるのか、あるいはこれ以外の要因によるものなのかということである。この点は、将来の研究テーマとして残されている。

図1:所得四分位階級別のGP指数の変化
図1:所得四分位階級別のGP指数の変化