ノンテクニカルサマリー

発明者から見た2000年代初頭の日本のイノベーション過程:イノベーション力強化への課題

執筆者 長岡 貞男 (ファカルティフェロー)
塚田 尚稔 (研究員)
大西 宏一郎 (大阪工業大学)
西村 陽一郎 (神奈川大学)
研究プロジェクト イノベーション過程とその制度インフラのマイクロデータによる研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

技術とイノベーションプログラム (第三期:2011~2015年度)
「イノベーション過程とその制度インフラのマイクロデータによる研究」プロジェクト

問題意識と背景

本報告書は、2010年から2011年にかけて日本で実施した発明者サーベイの結果の概要を報告している。イノベーションの根幹は新規性のある知識の創造とその問題解決への活用であり、発明者サーベイはその過程の把握を基本的な目的としている。このようなイノベーション過程を把握するマイクロデータの構築がイノベーション促進のための制度や政策の在り方を分析していく上で非常に重要である。

サーベイの対象は優先権主張年が2003年から2005年の日本特許庁と欧州特許庁に出願された発明である。本サーベイは、アルフォンソ・ガンバデッラ教授(イタリア、ボッコーニ大学)およびディートマー・ハーホフ教授(独、ミュンヘン大学)が率いるチームと協力して実施し、国際共同研究プロジェクトとして実施した。日本では3306件の回答が得られ、回収率は未達はがきを母数から除くと23.2%であった。

本報告書は主として日本のサーベイの結果概要を示しているが、日米欧の比較データも適時紹介している。本サーベイは経済産業研究所が2007年に行った第1回サーベイに続く2回目であるが、第1回サーベイは主として1990年代後半の発明を対象としており(優先権主張年が1995年から2001年)、今回のサーベイは2000年代の半ばの発明を対象としている。

結果のハイライト

サーベイによって、学歴毎の発明活動 (特に論文博士と課程博士の差)、発明者による研究競争の認識、知識ストックとしての特許文献の重要性、発明およびその実施にリンクした発明者報酬の状況、特許権の譲渡とライセンス対象の特許の特徴、標準を活用した発明の頻度や標準開発への参加の効果、特許の「群」としての経済価値、発明の進歩性の水準と早期審査への需要など、幅広い分野について新しい知見を得ることができた(付録の参考の報告書目次を参照)。

集計結果から、以下に例示するような知見が得られた。

1. 発明者の流動性の日米欧の差の源泉は何か

発明者の流動性は、日本が最も低く、米国が最も高く、独と欧州平均が中間であるが、このような差の源泉は何であろうか。図1に示すように、発明者の移動理由を比較すると、昇進を理由とした移動が米国では最も重要で、15%の発明者がこれを理由に過去5年程度の期間に移動している。他方で日本では昇進を理由とした移動はゼロに近く、これが日米の移動性の差の約半分を説明する。起業を理由とする移動においても日米で差は大きく、米国では6%強の発明者が起業を理由に過去5年程度の期間に移動している。

図1:勤務先変更の理由の頻度(複数回答可):日米欧比較(分母には勤務先を変更しなかった発明者も含む)
図1:勤務先変更の理由の頻度:日米欧比較
注)日米の頻度差が大きい順番で理由が並べてある

2. 進歩性が高い発明をした者は、どの程度競争を認識しているのか、また競争相手は何処に存在するのか

発明者の多くは、発明時に研究競争を認識しており、「競合相手がいなかった」あるいは「分からない」とした者は合計で回答発明者の15%程と少数である。但し、競争者が存在する場合、日本の発明者の最強の競争相手の所在地は6割のケースで国内である。以下の図2が示すように、進歩性が高い発明ほど、研究開発時の競争相手は海外に存在するか、あるいは競争者がいなかったと認識されている。

図2:当該発明の進歩性の程度と競合相手の有無・存在場所
図2:当該発明の進歩性の程度と競合相手の有無・存在場所
注)民間企業所属の発明者による発明のみ

3. 標準を活用した発明はどの程度あるのか、また標準開発への参加が如何に重要か

標準に依拠した発明は、日米独ぞれぞれで、全体の約2割と予想を超えて高い水準である(表1)。標準に依拠した発明は商業化される可能性が高く、経済価値も高い傾向にある(表2)。標準に依拠した発明は、一方で発明による差別化を弱めることになるが、市場が大きいこと、補完的な発明が多いことなどが、標準の活用が発明の利用可能性を高めかつその価値を高める原因であると考えられる。標準の開発にも参加した場合はその発明の経済価値はより高い。標準化活動に参加した発明者の比率は、日本は17%、独が25%、米国が29%であり、日本の発明者の参加比率は大幅に低い。

表1:標準依拠・標準開発参加の日米欧比較、%
表1:標準依拠・標準開発参加の日米欧比較、%
表2:標準依拠・標準開発参加の有無別に見た当該発明の経済的な価値(上位10%の特許発明である頻度、%)
表2:標準依拠・標準開発参加の有無別に見た当該発明の経済的な価値(上位10%の特許発明である頻度、%)

結果の含意と今後

今回のサーベイ結果を活用して、今後イノベーションの政策や制度にかかる多彩な研究を進めていく予定である。

ハイライトとして紹介したサーベイの結果は、以下のような政策的な含意があると考えられる。日本の多くの発明者が最強の競争相手は国内だと認識している。国内で世界的に見てもユニークでまた水準の高い研究開発が行われている側面もあるが、同時にサーベイによれば、日本の発明者では、研究の知識源として、科学技術文献より特許文献、また大学より競合企業を重要と考えている頻度がより高いことは、世界で活用できる発明の創出のための研究開発の質を更に高めていくことの重要性を示唆している。世界的な競争を認識しながら独自性のある研究を進める基盤を強化していくことが重要である。

また、サーベイ結果によれば、標準に依拠した発明はかなり多く、そうした発明は利用される可能性が高く、かつ経済的な価値も大きい。標準は市場を拡大し、企業の研究開発の補完性を高めて研究開発の産業界全体としての効率性を高める可能性がある。同時に、日本の発明者は欧米と比較して標準化活動への参加比率は大幅に低く、標準の形成に影響力のある研究開発の実施と標準化活動への積極的な関与が重要である。オープンとなる標準技術の開発のみでは独自のイノベーションの追求は困難であるが、標準の革新とそれを活用した独自のイノベーションを組み合わせて追求していくことが重要である。