ノンテクニカルサマリー

日本の企業金融における現預金保有とパフォーマンス

執筆者 品田 直樹 (日本政策投資銀行)
研究プロジェクト 日本経済の課題と経済政策-需要・生産性・持続的成長-
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「日本経済の課題と経済政策-需要・生産性・持続的成長-」プロジェクト

企業は、さまざまな動機に基づいて流動性資産を保有している。資金調達制約があるなかで、高い外部調達コストを抑制するために予備的に流動性資産を持つ面や、キャッシュフローの変動が大きくなると流動性予備を増やして不確実性の増大に備える面、外部株主は収益性の低い流動性資産をなるべく減らすことを望む一方、経営者はできるだけ安全な形で資産を有する面などによって、企業が保有する流動性資産は変化すると考えられる。

本研究では、流動性資産のなかでも換金可能性が最も高い現預金に焦点をあて、日本の上場企業がどのような背景によって現預金を保有したのか、そして現預金を保有することが企業のパフォーマンスにどのような影響を与えるかという点について分析を行った。下図にあるように、日本の大中堅企業の現預金保有をマクロ的にみた場合、90年代前半に大きく減った後、2000年代にはほとんど増加しなかった。しかしリーマンショック後、2008~2010年度にかけては増え続けている。

パネルデータを用いた分析によれば、日本企業は1990年代以降、キャッシュフローの変動が大きい企業ほど現預金を多く積み増す傾向にあり、特に2000年代は、低利な外部資金調達が可能な状況が続いたことも企業の現預金保有を促したと考えられる。また、投資機会が大きい企業では、現預金を多く積み増す企業ほどその後にROAが改善する傾向がみられるが、その関係は近年弱まっていることが示された。

資本市場の急速な収縮など大きなショックが起きた局面で、政策的に低利資金の供給が行われることは、それが結果的に企業の流動性予備の積み増しを容易にし、財務体質の強化を促すことにつながれば意義があるものと思われる。しかし、過度に保守的な流動性管理を続ける企業が増えるような状況に陥ることは、効率的な資金調達と投資活動の観点から避けるべきであり、政策的支援の対象やプログラムの継続期間等について適切な運営が求められよう。

図:日本の大中堅企業の流動性資産・前年度比増減額
図:日本の大中堅企業の流動性資産・前年度比増減額
日本の上場企業約1400~2200社のパネルデータを用いた現預金保有に関する分析結果
現預金を保有する動機
  • 1990年代以降、キャッシュフローの不確実性が増大したことに伴って現預金を多く保有する傾向がみられた。
  • 企業は外部調達コストが高くなるほど手元流動性を厚くすることが考えられるが、2000年代以降はむしろ調達金利の低下が長く続くなかで現預金を多く積み増す傾向がみられた。
現預金を多く積み増した企業のパフォーマンス
  • 現預金を多く積み増した企業ほどROAが上昇する関係がみられる。しかし1990年代以降、特に投資機会が大きい企業ではそうした関係が弱まっている。