ノンテクニカルサマリー

日本経済のボラティリティ:集計レベル対企業レベル

執筆者 金 榮愨 (専修大学)
権 赫旭 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト サービス産業生産性向上に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

基盤政策研究領域II (第二期:2006~2010年度)
「サービス産業生産性向上に関する研究」プロジェクト

本稿は、財務省が毎年実施している、法人企業統計調査の個票データを使って、1980年代から2000年代までの日本経済の企業レベルおよびマクロレベルのボラティリティを測り、その動向を分析している。ボラティリティ(Volatility)とは、変動を意味し、経済活動の不確実性を表すものである。本稿では、売上高の変動をもってボラティリティを定義している。

1990年以降、日本経済は長期間の低成長に見舞われ、個別企業はより厳しい状況に立たされることになってきた。マスコミなどでは個別企業の直面している状況の厳しさや倒産などのニュースを連日伝えているが、マクロレベルのデータではこういった激しい変動は必ずしも明確ではない。マクロレベルの産出の成長率の変動をみると1990年を境にして1990年代前半まではその変動は大きいが、その後は非常に安定している。

しかし、上記の個票データを使って分析してみると、個別企業の状況は必ずしもこれとは一致しない。図1の(A)は、上記データから個別企業の売上成長率の10年間の標準偏差の毎年の平均を示している。1994年を基準にその後の個別企業の売上高成長率の変動が大きくなることがわかる。これは、個別企業の直面している不確実性が増していることを意味する。それに比べ、個別企業の売上高を各年毎に集計したデータを用いて計算された10年間の標準偏差を表す(B)の場合、1994年以降も横這いである。マクロ経済全体での不確実性は増えているようには見えない。

図1:企業レベルの売上高成長率の標準偏差
図1:企業レベルの売上高成長率の標準偏差

なぜこのような乖離が生じるか。集計レベルの売上高成長率の分散は、いくつかの仮定の下で個別企業の売上高成長率の分散と企業間の共分散に分解することができ、それぞれの要因を図にしたのが図2である。1994年以降、企業の直面している売上高成長率の変動はより激しくなっているが、企業間の共分散は横這いである。これらは、個別企業の変動は激しいが、正のショックでも負のショックでもそれが経済全体に波及する力は以前よりずっと弱くなっていることを意味する。

図2:総分散の分散・共分散分解
図2:総分散の分散・共分散分解

このような結果を生み出すメカニズムに関してはさらなる研究が必要であるが、個別企業に起きたショックが他の企業、産業や経済全体に波及しにくくなっている理由としては、生産拠点の海外移転(「産業の空洞化」)による国内企業間の相互依存の弱まり、生産技術の専有性の深化、企業間ネットワークを通じたスピルオーバー効果の低下などが考えられる。

政策的含意としては以下の2つが考えられる。

第1に、マクロ経済の安定化とは逆に、個別企業レベルで変動が激しくなったことは、企業間の異質性が増加し、個別企業とマクロ経済の連動の程度が下がっていることを意味する。そのため、マクロレベルの景気変動に対するモニタリングに加え、ショックの影響をより受けやすい企業に対して、個別に適切な政策を実施する必要がある。

第2に、生産拠点の海外展開などによる国内の企業間相互依存関係の弱まりは、企業レベルへのショックが経済全体を変動させる幅を小さくする一方で、世界的なショックがグローバルに構築されたサプライチェーンを通じて日本経済全体を不安定にさせる可能性が高くなったことを意味している。たとえば、タイの洪水が日本の電機・自動車産業全体に負の影響を及ぼしたことを考えると、日本経済を安定的に運用するためには海外からのリスク要因を管理できるような政策運営が必要であると考えられる。