ノンテクニカルサマリー

ネット上の著作権保護強化は必要か-アニメ動画配信を事例として

執筆者 田中 辰雄 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 著作権の最適保護水準
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

背景と問題設定

有線・無線のブロードバンドの普及とともに、その上にコンテンツを流す配信産業が世界的に勃興しつつある。いまや世界的な配信網になりつつあるYouTubeはその代表格であり、今後もさまざまなコンテンツ配信ビジネスが立ち上がることが予想される。日本はこのような世界的な潮流のなかで条件としては恵まれた位置にある。ブロードバンドの普及では世界的にトップランナーの1人であり、かつアニメやゲームなど世界的に人気のあるコンテンツを擁しているからである。

しかしながら、日本のネット配信ビジネスはあまり成果をあげていない。動画配信ではYouTubeの後塵を拝しており、音楽配信はiPodが世界を席巻し、最近の電子書籍でもアマゾンに出遅れている。日本でもコンテンツ配信の試みがなかったわけではない。音楽配信はアップルと同時期に日本でもはじまっていたし、電子書籍でもリーダーの発売は日本の方が早かった。しかし、いずれも日本企業は世界規模でのリーダーシップをとることができずにいる。

このような失敗の理由はいくつか考えられるが、1つの理由として著作権問題がある。日本ではコンテンツの権利者が違法コピーを恐れ、ネット配信に及び腰であるという問題である。日本では権利者が強い著作権保護を要求した結果、音楽配信・電子書籍いずれにもあまりコンテンツが流れず、あるいは流れるときは強いDRMがかかってユーザの使い勝手が損なわれてきた。著作権者が著作権保護を求めるのは権利としては自然であるが、その権利行使の結果、配信ビジネスが立ち上がらず、日本のコンテンツ産業全体が競争力を失う結果になっているのは否めない。

この現状をどう打開すべきだろうか。ポイントは違法コピーなるものの被害がどれくらいかの評価にかかっている。著作権者が保護を求めるのは違法コピーが蔓延し、被害を受けると考えているからである。もし違法コピーによる被害がそれほど大きくなく、それより新たなネット配信による収益増加が多ければ、違法コピーを気にせずネット配信に乗り出したほうが良い。本研究はこのような問題意識のもと、ネット上での違法コピーがどれくらい被害を与えるかを検証した。

推定結果

対象として取り上げたのはテレビアニメである。テレビアニメはDVD販売やレンタルで回収する事業モデルなので被害の大きさが測りやすく、またコンテンツの長さが規格化されており、また本数も多いので計量分析に適している。さらにアニメは日本発のコンテンツとして世界的にも評価が高いという点で戦略的な重要性が高い。

個別タイトルのDVD売上枚数、レンタル枚数、YouTube視聴数、Winnyダウンロード数を比較した結果、次のような知見が得られた。(1)YouTubeでの視聴はDVDの売り上げを減らさず、むしろ増やす効果がある。YouTube視聴が1%増えるとDVD売り上げは0.25%増加する。(2)特にテレビ放映終了後にはYouTube視聴によるDVD売り上げを増やす効果がはっきりする。これから考えて、テレビ放映時には見ていなかったがYouTubeで作品を知ってファンになり、DVDを購入していると考えられる。(3)YouTube視聴がDVDレンタル回数に及ぼす効果ははっきりしない。少なくともYouTube視聴がレンタル回数を減らす効果は無いようである。(4)Winnyによるファイル共有はDVD売り上げには影響を与えないが、レンタル回数は減らす効果がある。Winnyのファイル共有で作品を入手する人は、DVD購入の代わりにファイル共有を使っているのではなく、レンタル視聴の代わりにファイル共有を使っていると考えられる。

図:YouTube視聴、WinnyダウンロードがテレビアニメのDVD売上・レンタル回数に及ぼす影響(数値は弾力性)
図:YouTube視聴、WinnyダウンロードがテレビアニメのDVD売上・レンタル回数に及ぼす影響(数値は弾力性)

政策含意

YouTube視聴は被害を与えておらず、むしろ売り上げを増やしているので、YouTube型の配信ビジネスは広めることが望ましい。YouTubeでの配信を嫌って削除を続ける権利者は自ら損をしていることになる。この意味でダウンロードの違法化は誤った政策であったと言えるだろう。

積極的な政策としては、動画のネット上の配信を励ますような政策が望ましい。これは本来は民間企業が損得勘定から自らの判断でできることで、政策的サポートは必要とはしない。しかし、個々の民間企業が自由に判断せず、集団行動(カルテル)をとっているときは問題である。現在、YouTubeでのアニメ配信を削除するかどうかは、事実上アニメの制作会社の自由裁量にまかされているので、制作会社の中には宣伝効果を認めてYouTube配信を黙認する企業がある。このような各企業の自由な試行錯誤の結果、ネット配信がたちあがるのが筋である。しかし、このとき権利者が著作権団体を通じた団体行動をとると、一律に著作権を強化する方向に走りやすく、試行錯誤が失われてしまう。著作権者が権利行使について団体行動を取らず、個々の著作権者が自らの判断で行動できるように監視することが、1つの対策になるだろう。