ノンテクニカルサマリー

派遣労働は正社員への踏み石か、それとも不安定雇用への入り口か

執筆者 奥平 寛子 (岡山大学)/大竹 文雄 (大阪大学)/久米 功一 (名古屋商科大学)/鶴 光太郎 (上席研究員)
研究プロジェクト 労働市場制度改革
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第三期:2011~2015年度)
「労働市場制度改革」プロジェクト

問題意識

多くの非正規労働者にとって、今の職に就くことが将来的に正社員へのステップアップにつながるかどうかということは大きな関心事の1つだろう。なかでも、派遣労働が正社員への踏み石となる効果を持つかどうかということには、当事者の企業や労働者達だけでなく、多くの経済学者達も関心を寄せてきた。派遣会社を通じて働くことが、本来ならば職を得られなかったはずの人たちに就業機会を与えたり、より正社員転換の可能性が高い企業と出会う機会を与えてくれる、といったプラスアルファの効果をもたらしてくれるかもしれないからだ。

そこで本研究では、リーマンショック以降の比較的新しいアンケート調査のデータ(「派遣労働者の生活と求職行動に関するアンケート調査」独立行政法人経済産業研究所)を用いて、派遣労働を通じて就労することがその後の労働者の正社員への転換状況や賃金率にどのような影響を与えたのかを日本のデータによって検証した。

分析結果のポイント

分析結果より、以下の2点が明らかになった。第1に、派遣労働を通じて働くことは、失業状態でいることと比べてその後の賃金率が有意に高くなる。第2に、派遣労働を通じて働くことは、パート・アルバイトを通じて働くことと比べてその後の正社員就業率が低くなる可能性を否定できない。つまり、派遣労働は少なくとも短期的には金銭的な貧困対策として機能してきた一方、正社員就業を希望する労働者の「踏み石」としての機能を果たしてこなかった。

なお、以上の結果は正社員就業を希望している人たちのみにサンプルを限定して分析した場合でもほとんど変わらない。また、もともと能力が高くない人たちが派遣労働に就労していたから正社員への転換率が低い傾向にあるといったセレクションの問題にも対処したが、結論は変わらなかった。

インプリケーション

派遣労働が正社員への踏み石とならないという結果はヨーロッパで得られた実証結果とは正反対なものである。日本でこのような結果が観察される背景には、派遣固有の効果というよりも、有期雇用法制全体の整合性の問題があると思われる。

企業が短期的な需要変動に対応するために労働者を雇用する場合には、最初から正社員化を望まないということも多い。その際、日本では直接雇用の非正社員として雇用すると、解雇権濫用法理の類推適用によって雇い止めが困難になる可能性がある。このような場合、企業はパート・アルバイトといった非正規雇用よりも、解雇権濫用法理の類推適用の恐れが少ない派遣労働を最初から需要するというバイアスが生じやすい。これが本研究結果とヨーロッパとの比較において結果に影響している可能性もあろう。

多様な働き方が許される社会を考えるにあたって、多様な雇用形態を認めることの経済的帰結を考えることも忘れてはならない。解雇権濫用法理の類推適用を見直して、同じ非正規雇用の中でも派遣などの特定の形態で働く人々に雇用調整のしわ寄せが偏らないよう、総合的な配慮が必要だ。

図:1年半後の時点で正社員として働く人の割合(%)
図:1年半後の時点で正社員として働く人の割合(%)