ノンテクニカルサマリー

新興国向け対外直接投資の意義~Firm Heterogeneity モデルによる考察~

執筆者 伊藤 公二 (上席研究員)
研究プロジェクト 「国際貿易と企業」研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

1. 問題意識

2000年代はアジア諸国をはじめとする新興国経済が急成長した時代であり、我が国の企業の中でも新興国市場の開拓を積極的に推進する動きが見られた。

こうした我が国企業の新興国進出に関しては、2つの特徴が指摘できる。1つは、輸出よりも対外直接投資(FDI)による現地法人の販売拡大が顕著な点である。

もう1つの特徴として、電気機械、輸送機械のような競争力が相対的に高い業種だけでなく、繊維や食料品・農業など競争力が相対的に低いと思われる業種でも、FDIを通じた現地法人売上高の増加や輸出の拡大が見られる点が指摘できる(これは、要素賦存量の多い財を集約的に用いる財が輸出される、というヘクシャー=オリーン流の考え方からすると、若干奇異である)。

本稿では、こうした現象を理解し、新興国向け対外直接投資の意義を考えるため、近年貿易理論の分野で広まりつつある生産性に関する企業の異質性を導入したFirm Heterogeneity modelを応用して、2生産要素(単純労働、熟練労働)、要素集約度の異なる2財(単純労働集約財、熟練労働集約財)で構成される2国(単純労働が豊富な新興国、熟練労働が豊富な先進国)モデルを構築した上で、輸出の他にFDIが可能となった場合の産業別のFDIの動向、経済面への影響について、数値例を用いて分析した。

2. 分析結果のポイント

まず、産業別のFDIの動向を見ると、相対的に豊富な生産要素を集約的に用いる産業だけでなく、希少な生産要素を集約的に用いる産業でも、生産性の高い企業はFDIを行う。図1は、縦軸にFDIカットオフ生産性(FDIを行う企業のうち最も低い生産性)、横軸に輸出変動費を取った図表であるが、全般的に相対的に豊富な生産要素を集約的に用いる産業(産業1)のFDIカットオフ生産性よりも、相対的に希少な生産要素を集約的に用いる産業(産業2)のFDIカットオフ生産性の方が低水準であり、後者の産業の方がFDIを行う企業の割合がより大きい。

図1 産業別FDIカットオフ生産性
図1 産業別FDIカットオフ生産性

次に、産業別の輸出動向を見るため、産業別の輸出カットオフ生産性(輸出を行う企業のうち最も低い生産性)を比較すると、輸出変動費が低い状況を除いて、相対的に豊富な生産要素を集約的に用いる産業の輸出カットオフ生産性の方が相対的に希少な生産要素を集約的に用いる産業を下回っており、輸出志向が高い(図2)。

図2 産業別輸出カットオフ生産性
図2 産業別輸出カットオフ生産性

FDIが可能となった場合の経済への影響について、輸出だけが可能な状態と比較すると、いずれの産業でも企業間の競合が一層激しくなるため、実質賃金、国全体の経済厚生は高まる。産業別の実質収入は、FDIが可能となることで、相対的に豊富な生産要素を集約的に用いる産業では上昇、相対的に希少な生産要素を集約的に用いる産業では全般的に下落するが、輸出変動費が低い状態では上昇する。

一方、生産性の低い企業は企業間の競合が激化することから市場より退出を迫られるため、企業数は減少することになる。

3. インプリケーション

我が国が新興国との間で経済取引の自由化を推進する場合、貿易とともに投資、特に単純労働集約的な産業における投資の自由化を推進することが重要である。輸出だけが可能な場合、貿易自由化等による輸出変動費の低下は国全体の経済厚生を高めるが、産業別には熟練労働集約産業に恩恵をもたらす一方、単純労働集約的な産業にとっては不利になる。投資自由化はこうした産業の不利な状況を回避する方策として機能しうる。

また、我が国のFDI促進の観点からは、特に単純労働集約的な産業における企業がFDIを円滑に実施できるように留意することが重要である。大半の企業にとって未知の領域であるFDIを促進するためには、外国市場・外国の外資企業受け入れ政策に関する情報提供、海外市場におけるリスク軽減等、海外市場参入時のコストを引き下げる政策が重要であるが、特にFDIを行う企業が少なく、FDIに関する情報も不足しがちな産業においてはこうした政策は一層重要である。