ノンテクニカルサマリー

金融危機と産業構造:わが国の「失われた10年」に対する産業連関アプローチ

執筆者 小川 一夫 (大阪大学)/Elmer STERKEN (グローニンゲン大学)/得津 一郎 (神戸大学)
研究プロジェクト 金融・産業ネットワーク研究会および物価・賃金ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

この研究は、産業間における財の取引を考慮した場合に、ある産業において財務状況が悪化したり、その産業に資金を供給している金融機関の財務状況が悪化した場合に、それが他の産業にどのように波及し、その結果産業間の取引がどのような影響を受け、経済全体の生産水準がどの程度変化するのか、実証的に分析したものである。本研究の大きな特徴は、産業を大企業部門と中小企業部門に区分して産業間で財の取引を描写した規模別産業連関表を用いて研究を進めた点にある。1990年代から2000年代初頭にかけて日本経済が長期低迷した「失われた10年」の時期に金融機関の貸出は大きく低迷したが、その影響を最も受けたのは中小企業であった。このような負の貸出ショックによって、中間財の購入先は中小企業部門から大企業部門へとシフトして、それが中小企業に大きな打撃を与えたことが明らかとなった。

さらにわれわれは、もし中小企業への金融機関の貸出態度が大企業と同程度であったならば、どの程度製造業の中で大企業と中小企業間で財の再配分が生じていたのか、シミュレーション分析を行った。その結果が表に示されている。その結果、製造業全体では生産量の変化はほとんどないが、中小企業の生産量の増加額は大企業の減少額にほぼ匹敵する8兆円規模に達することが明らかとなった。すなわち、金融機関が大企業と中小企業に対して異なった貸出態度をとることが大きな財の配分効果をもたらすわけである。大企業と中小企業が同じ財務構造、成長期待を有しておれば、同じリスクに直面しており本来は同じ貸出条件が適用されるはずである。しかし、実際には異なった貸出条件の下で融資が行われている。この違いを是正するためには金融機関が中小企業ときめの細かな貸出取引を継続して行かなければならない。これはリレーションシップ・バンキングのさらなる促進の必要性を示唆している。リレーションシップ・バンキングが十分に浸透した中でも、まだ大企業と中小企業の間で貸出条件に食い違いがあるとすれば、そこではじめて中小企業に対する貸出補完政策が意味を持ってくるわけである。景気の後退期には、常に中小企業金融に対する量的政策への必要性が叫ばれるが、その前に大企業と中小企業に対する貸出条件を比較し、両者に差違があるならば、まずそれがどこから来ているのか、そしてそれに適した政策対応はどのようなものなのか、冷静な分析がなされなければならない。

金融機関の貸出態度が部門間生産額へ及ぼす効果に関するシミュレーション分析(1995年)
金融機関の貸出態度が部門間生産額へ及ぼす効果に関するシミュレーション分析