ノンテクニカルサマリー

産業集積の測定:日本の企業レベルデータを用いた分析

執筆者 中島 賢太郎 (一橋大学経済研究所)/齊藤 有希子 (富士通総研)/植杉 威一郎 (コンサルティングフェロー)
研究プロジェクト 金融・産業ネットワーク研究会および物価・賃金ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

問題意識と分析の手法

現在、産業クラスター政策など、産業集積の程度を高めて全体の付加価値を高めようとする政策がさまざまな形で講じられている。本稿は、このような政策評価を行うための基礎として、日本の製造業における集積の状況とその変化を把握することを目的としている。これまでこのような測定を行う場合、一定の範囲で区分された地域ごとに企業数などを集計し(例:○○市に△△産業の企業が××社立地している)、集積の程度を計測してきたのであるが、このような立地情報の集計は集積の測定結果にバイアスを与えることがよく知られていた。たとえば、市区町村で集計したデータを用いた場合、東京南部の製造業集積において、実際は連続的に企業が集積しているはずの大田区と川崎市は別々の集積地として扱われてしまうのである。

これに対して本稿は、個別企業の位置(図1)から近年開発された手法を用いて集積の程度を測定した点が特徴である。具体的には、ある産業に含まれる全ての企業について、全てのペアの組合せについて企業間距離を計測し、その分布の形状に基づいて集積を測定するのである。たとえばある産業について、この距離分布が、企業がランダムに立地したと仮定した場合に観察される距離分布に比べて、短い距離の範囲についてより密であれば、この産業は集積していると判定されるのである。図2は距離分布分析の例である。実線は実際の距離分布を、点線はそれぞれランダム立地の仮定の下で観察される距離分布の上限と下限を示している。たとえば図2 (a)のゼラチン・接着剤製造業では0-80kmという短い距離の範囲において、実際の分布はランダム分布の上限を超えている。従ってこの産業は集積している産業であると判定される。このような企業間距離情報のみを使用する計測手法のもとでは、先ほど挙げた東京南部の集積が分断されるといったような、立地情報の集計を原因とする問題は生じないことから、集積の計測手法としてより望ましいと考えられる。

図1:各産業における企業分布
図1:各産業における企業分布
図2:企業間距離分布
図2:企業間距離分布

得られた結果のポイント

第1に、細分類でみた約500の製造業業種のうち、約半分の業種が集積していると判定された。先行研究が英国について見出したものと同様の結果であるが、産業集積がハイテク産業や東京都大田区に多く集まる金属加工関連産業などの一部の産業に限らず、広い範囲の産業で観察される点が注目される。特に、計測された集積指数の上位10産業には、毛布製造業やタオル製造業のような、それほど高度な技術を必要としない産業が多く含まれている。

第2に、現在の集積が安定的かどうかという点を、参入した企業や退出した企業とそれ以外の企業の距離を測ることで検証した。その結果、既存企業(または存続企業)のより密な空間において参入(または退出)が起きている産業は少ないことが分かった。この結果は、日本における製造業の多くで集積が安定的であることを示唆する。しかしながら、存続企業のより密な空間において退出が進んでいた産業には、金属加工機械製造業や金属素形材製品製造業が含まれることが分かった。

政策インプリケーション

まず、技術的な知識波及がそれほど重要ではない産業でも集積が起きているという第1の結果は、高度な技術に係る知識の波及だけでなく、企業間取引や労働プーリングといった要因が集積に寄与する可能性を示唆している。我々は、今後特に、企業間取引と産業集積の関係についてユニークなデータセットを用いた分析を進める予定である。また、第2の結果において、存続企業のより密な空間において退出が進んでいた産業に、金属加工機械製造業や金属素形材製品製造業が含まれることについてであるが、このことは、分析の対象となる期間が限られており、より長期間にわたる参入・退出のデータを用いた検証が必要であるという条件付きではあるが、東京大田区や東大阪市など中小製造業の集積地に多く所在するこれらの産業において、集積が徐々に失われている可能性を示唆しているといえる。現在、産業クラスター政策などの産業集積の程度を高める政策が講じられているが、こうした集積が外部効果などを通じて経済厚生に正の効果をもたらすのか、それとも集積がなくとも企業から生み出される付加価値に違いがないのかという点を、今回のデータを用いることで検証していきたいと考えている。