日米貿易問題:日本側からの経済学的分析

執筆者 小宮 隆太郎/入江 一友
発行日/NO. 1990年5月  90-DOJ-17
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概要

現在の日米貿易問題論議の根底にはいくつかの誤解が存在している。標準的な経済理論とさまざまな国の歴史的経験や現状に照らして、米国にとって現在程度の貿易赤字はそれ自体それほど憂慮すべきことではない。また、日本の貿易黒字は非難されるべきことではない。米国にとって憂慮すべきことは、貿易赤字そのものよりも米国経済全体としての貯蓄率が著しく低いことである。日米二国間の大きな貿易不均衡は、それぞれの国の"over-all"の貿易不均衡の「結果」であって、その「原因」ではない。米国の貿易赤字の基本的原因は米国経済のマクロ経済諸要因(特に巨額の財政赤字と民間部門の低貯蓄率)にある。米国が、過大な国内需要を抑制して貯蓄率を高めるとともに、産業の生産性向上等を通じ総生産を増大させ、中長期的に貿易収支を改善していくことが期待される。米国が貿易赤字の原因と考えている関税・非関税障壁の存在は中長期的にはそれぞれの国の貿易収支にほとんど影響を及ぼさない。

今日の日本はOECD諸国の中で、他の多くの国より関税・非関税障壁が低い最も「開放的」な国の一つである。日本市場が閉鎖的であるという主張は誤解に基づいた根拠の無い神話である。

米国が一方的制裁措置を背景に交渉することにより貿易相手国の「非関税障壁」を撤廃しようとする「301条的アプローチ」は、法的・経済的・政治的観点から重大な欠陥を有し、貿易政策として妥当性を欠いている。「301条的アプローチ」によって、たどえ米国側が主張する日本の「非関税障壁」を引き下げえたとしても、米国の貿易赤字はほとんど改善しないであろう。

日米両国にとって経済的利害の対立する部分は僅かで共通利益の方がはるかに大きい。米国は日本との貿易問題を「政治化」していたずらに摩擦熱を高めるような交渉を重要視することをやめるべきであり、日米両国は世界の自由貿易体制の強化のためにウルグアイ・ラウンドの成功に向かって建設的に共同で協力すべきである。