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東日本大震災で考えるこれからの地域振興

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地域振興の経済原則

今から15年ほど前に、[住みたいまち]と「働けるまち」、そして「訪れたいまち」の3つの要素を「まちづくり三原則」として、講演会で話をしたり、また本に書いて唱えたことがある。都市政策的な言葉を用いると、これらはそれぞれ、住環境の整備、雇用機会の創出、観光振興・交流人口の増加ということに対応するであろう。

それでは、そういった条件を満たした「まち」というのは、どういった地域経済のシステムになっているのだろうか。7〜8年前から、それをマクロ経済学的に考えてきたのが「地域経済循環の理論」であり、その実証分析のツールが「地域経済構造分析」である。

これは地域が、その地域にある比較優位な資源を見出して、それを有効に活用した財・サービスを生み出し、それを域外に移出することで地域内に資金を呼び込むみ、その獲得したマネーを域内で循環させることによって域内での新たな需要と富の再分配が生まれるといった地域経済の循環システムの考え方である。

この経済循環がうまくゆくにはどうすればいいのだろうか。その基本は自らの地域の経済力を知り、何が充足して何が不足しているかを見極めること、そして何処に循環の漏れがあるのかを見出すことであろう。それは地域経済の構造分析をすることにつながる。地域経済の構造的問題点を抽出し、地域経済にその処方箋を講じる分析を「地域経済構造分析」と呼んでいる。

地域経済の構造分析は次の3つからなる。第1番におけるヒト、財・サービス、情報、マネーの流れを定量的に把握するための分析である。地域の所得がどの程度あって、それがどこで使われ、何が地域の需要に対して不足しているか、また地域の基盤産業は何で、その状況はどのようなものなのかなどを認識することである。第2番目は、地域経済のストック分析である。私的資本、人的資本、社会資本、自然資本などの賦存量の調査である。たとえば自然資本に森林資源のストック量を把握しておくことは二酸化炭素の潜在吸収量の把握につながる。こういったストック調査は、地域の比較優位性の発見にもつながる。そして第3番目は、地域経済の安定性の分析である。企業城下町の都市は多様性のない産業構造であるがために景気変動の影響を受けやすいというリスクの高い構造となっている。ポートフォリオの観点から、地域経済の産業構成と安定性について検証する。

ここでいう地域資源の有効利用とは、最近はやりの「地域ブランド」とか「B級グルメ」にも通じるところがあり、いずれも移出という形で域内に外部からマネー(資金)を呼び込むことになる。もっとも観光の場合は、財やサービスの移動でマネーが流入するのではなく、それを求めて人々が移動することに伴ってマネーが流入するのである。

こういった地域経済は、いわゆる「自立している」ということであり、「持続可能な地域経済」というものは、この「自立したシステムが継続していること」と定義できよう。それはまさに地域振興の経済学でもある。

想定外の出来事

2011年3月11日に発生した東日本大震災によって、東北地方太平洋側を中心に北関東と甚大な被害が生じたことは世界中の知るところである。地震と津波による被害の状況は、一部に想定外の出来事とも言われ、震災後7カ月以上を経てなお復旧の見通しがついていないところも少なくない。民家や生活インフラの破壊による生活基盤の消失、行政機能の低下に加え、瓦礫の除去もままならない状態といえる。また、福島原子力発電所の事故によって、それまで原発推進に向かっていた我が国を含む世界の状況(エネルギー感)を安全性という価値観のもとで一変させた。

6月下旬に震災状況の調査と復興支援のあり方を考えるために宮城県に行ったが、石巻の漁港付近の被害と臭いで驚いたのもつかの間、石巻から国道398号を通って女川港を望む高台に立ったときの風景はなんとも言えない位に凄惨なものであり、まちづくりや地域振興のあり方を根本的に考えされられた。さらに、そこで緊急地震速報が車の中の携帯電話に流れ、慌て高台にある病院に移動したときには、地震の恐ろしさを身をもって感じた。

それほどまでに、この震災は、これまでの日本人の価値観を一変させるような出来事であったと思われる。それは、地域経済のあり方についても同様である。

効率性のリスク

今回の東日本大震災で浮き彫りになったリスクを地域経済に焦点を絞って言うと2つ挙げられよう。それらは、いずれも市場メカニズムにおける経済効率性の追求によって生まれた地域経済にとってのリスクの大きさである。

1つ目は、東京一極集中のリスクである。東京一極集中はこれまで様々な議論を生んできたが、それは大きな集積の経済効果をもたらし、ひいては国全体の競争力を高めることにつながるとの観点で、抜本的な対策は講じられなかった。いや、むしろ地域間格差是正のための地方分散策は幾度となく採られてきたが、それが市場経済における集積の便益によって打ち消されてきたというのが正しい見方であろう。しかし、今回の大震災は、日本全体の経済効率性と地域間平等性との間にあるトレードオフといったこれまでの議論ではなく、効率性と生活の安心・安全性のトレードオフの問題を提起している。

今回の大震災で、首都圏の経済活動の源である電力需要は、福島や新潟といったいわば域外の縁辺部からの供給に少なからず依存していることが改めて認識された。電力を自給できないほどに需要が巨大化した地域のリスクは、間引き運転の電車に象徴されるように日々の経済活動を不安定にする。それは、地域社会の生活における安心・安全性を低下させる。東京一極集中のリスクは、首都圏における夏場や冬場の電力供給問題とも関係しているのである。

もちろん自給経済が全てにおいて望ましいのではなく、比較優位に基づいた役割分担も必要である。しかしながら、東京を中心とした首都圏経済の巨大さが、縁辺部の地域においてその地域経済の維持のために原子力発電所立地のリスクを電源立地交付金等と引き替えに受け入れていることになっていることも事実である。その大元は、首都圏の繁栄と表裏をなす地方圏、特に地方中小都市や中山間地域の疲弊にある。多くの地方の地域で死亡者数が出生者数を上回るという自然減という現実の前で、人口の減少は地域経済の存続問題につながる。これまで地方圏の多くは、一定のリスク負担がある中で大都市圏からは間接的に交付税の便益を受けていたわけであるが、これからは大都市圏と地方圏、両者のリスクを軽減し、より安全性を重視した地域の自立と地域間の役割分担を考える必要があろう。

2つ目は、効率性による地域間役割分担のリスクである。大震災は地域間ネットワークにおける外部不経済の存在を明らかにした。地域産業集積は、景気変動のようなリスクに対する分散効果をもたらし、また知識のスピルオーバーを生み出すと言われている。この同業種の地域集積とは対称的に関連異業種の集積の場合は、特定地域における垂直的な集積を意味する産業クラスター的なものを形成する。関連企業・関連産業の集積は、これによって輸送費用を節約する反面、生産費用を上昇させる。しかし、組立加工を中心とする製造業分野では、在庫費用の存在や生産要素価格の問題に対して、技術進歩による輸送費用低下によって生まれる便益がそれらの費用を上回ることで、地域集積型から国内外の広域的なネットワーク分業が一般化してきた。生産コストの効率性を求めての域外調達である。それが今回の大震災では、サプライチェーンの分断という形で内外の各地域に対して少なからずの影響を与えている。サプライチェーンとは、要するに生産工程の上流から下流に向かう中間財の企業間・産業間の流れのことであるが、被災した工場が生産するものを域外の工場など事業所が生産活動に利用する場合には、直ちに生産休止に追い込まれることになる。今回も世界の各地で自動車が完成できないという状況に見舞われた。東北地方、特に宮城県や岩手県の各地域は、地場産業の存在もさることながら首都圏とのアクセスの良さなどから部品工場(中間財生産)の立地で地域経済の基盤が形成されてきたことを示している。

このことは今後の我が国における地域間経済システムを考える上で非常に重要ことを示唆している。すなわち、域内での一定の経済循環の必要性である。たとえば、東北、中国、九州といったブロック経済圏域内で地域資源を活かした可能な限りの経済循環構造を保ちつつ、圏域間である程度の機能を代替できるリダンダンシーとも言える相互代替システムを構築しておくこと。これがリスクに対応できる地域経済であると考えられる。これは広域経済圏で地域を考えるという点では、道州制の考え方に近いとも言えよう。

地域経済研究

これらの事実を受け止めて、リスクに強い持続可能な地域を作り上げて行くことを目指すとすれば、地域経済研究の進むべき方向性は次のように考えることができよう。

1つは、大震災というカタストロフィの後の復旧から復興の過程で、東北地方を中心とした我が国の地域産業構造や地域経済システムは、様々な条件の下で、どのように変貌するのであろうかという将来予測的な面からの分析と考察である。もう1つは、どのような産業集積、地域の産業構造、地域経済循環、地域間の産業連関構造が、地域自立と持続可能性をもたらすか、また今後の日本にとって望ましいかという規範的な側面からの分析と考察である。

これらの研究を進めていくには、(地域の)食糧やエネルギーの自給問題を避けて通ることはできない。また、再生可能エネルギーに転換する地域のエネルギー政策が地域経済にどの様な効果をもたらすかの分析も必要となってこよう。将来予測のシミュレーションから、望ましい地域経済システムに導くうえでのいくつかのシナリオを想定する形で対応することができる。また、国際的な生産活動のオフショア(外部委託)の進展によって、海外の産業立地活動に伴う対外的な財貨の流動も考慮する必要がある。リスクに強い地域経済こそが持続可能である。

第1のアプローチでは、こういった地域経済システムの状況を検証しつつ、我が国の地域経済システムを広域ブロックに分けた複数の経済圏の動向に関して、震災後の経済システムを一定の判断的基準に基づいた政策シミュレーション分析を実施することである。たとえば、原発事故などによる事業所の移転のケースなどが考えられる。これによって、都市規模分布を含む経済圏域間の役割分担の方向性や、望ましい地域経済システムに導くための基本的な政策手段が考えられよう。第2のアプローチでは、第1のアプローチに規範的な基準を導入することによって、地域経済の姿を定量的に記述し、その基準を満たす経済システムに近づくための諸条件を導出し、そこから政策的インプリケーションを提示することである。こういったことを実施することで、今年3月11日に発生した東日本大震災後の我が国の地域経済復興のあるべき姿を考えることができよう。

移出の種類

ところで、地域経済の自立の基礎は、初めにも述べたように移出力である。移出するものは、農水産のような一次産品や製造品だけとは限らない。サービスもまたその性質によって移出可能である。コンピュータのゲームソフトのようにモノに体現化するもの、インターネットなど情報通信手段で移動できるものなどはサービスの移出である。また、観光のように人がやってくることも、実質的なサービスの移出である。動かすことのできない地域固有の資源は移出財となる素質を持っており、観光資源はその典型である。電力もまた送電線を使ったサービスの移出・移入を可能とする。

表は、電力移出入の象徴的な地域について、2005年の地域産業連関表から電力部門における産出額と移出・移入を示したものである。原子力発電所が多く立地する福島県や福井県では、産業全体に占める電力部門の生産額が1割を超えており、また域内での電力生産量の8割以上が域外に販売されていることがわかる。言い換えれば、電力部門、特に原発が基盤産業としての地域の移出を担っており、それによって所得を稼いでいることになる。新潟県も柏崎原子力発電所を持っており、福井県や福島県ほどではないが同様の傾向を示している。逆に、電力移入地域である大阪府では、域内需要の半分近くが福井県などから移入している。移出地域は、外貨所得を得ているだけでなく、その立地リスクの見返りとして電源立地交付金などを得ている。

表:電力産業部門の生産と移出入
表:電力産業部門の生産と移出入

さて、震災の影響で福島第一原子力発電所の機能停止の影響で移出額が仮に4割減ったとすると、電力部門の要素所得概念での純付加価値率を26.3%で連関表から算定して、県民1人当たり所得で約7万円の低下となると推察される。これは直接効果のみであるので、間接効果を考慮すると所得の減少額は更に増えうるであろう。

新たな地域振興

地域の特性である比較優位性を活かして移出財を持続的に作り出していくことは地域振興にとっての基本であるが、社会環境の変化とともに地域の比較優位性というものも変化する*1。それは新たな競争地域の出現や需要地域の嗜好の変化などによることが多いが、今回の地震と原発事故は、域外マネーを獲得する地域振興にとって、移出財や移出サービスが持っている需要側のリスクと供給側のリスクの存在を考慮に入れておくべきであることを物語っている。

企業誘致や公共事業についても、誘致企業の撤退とか過剰供給の社会資本の維持管理費用といったリスクが伴う。リスクに強い自立した地域経済となるには、複数の移出財を生み出せるような産業構造や職種構成における多様性が求められる。その多様性のある地域経済を構築するには、一次産業(農林水産業)から二次産業(鉱工業)、そして三次産業(サービス業)へ産業振興の比重と産業構造が移っていくといった単線的な地域振興ではなく、それらが互いに連関しあった地域経済の循環システムを構築することが必要となる。そこから生み出される多様な移出財・サービスは、不確実に生起するリスクを緩衝する役目を演じ、持続可能な地域経済を構築する。地域振興のあり方を根本的に考え直さないといけない時期に来ていると言えよう。

一般財団法人 日本経済研究所 『日経研月報』2011年12月号「THE 経済教室」に掲載

脚注

  1. 原子力発電は、立地優位があるものの、地域自らの資源でもって作り出したものではない。

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