中国の台頭
さて、中国に移りましょう。
過去20年間、中国のGDPは年率およそ10%の割合で成長してきました。貿易量の伸びは更に大きく、年率約15%です。中国は今や米国、日本、韓国、EU及びASEAN諸国にとっての重要な貿易相手国であり、世界にとっての主要な投資受入れ国であります。中国は、すべての人にとって大いなる機会であるとともに、脅威でもあります。
ある計算によれば、日本からの対米輸出品のうち16%が中国製品と競合しています。東南アジア諸国については、この数字はずっと大きいのです。シンガポールの対米輸出の36%、マレーシアの対米輸出の48%、タイの対米輸出の65%、インドネシアに至っては82%が米国市場で中国製品と競合しているのです。
台頭する中国は、地域において、また世界において、どのような役割を果たすのでしょうか。我々は中国に対しどのような見方をすべきなのでしょうか。
中国が繁栄し、世界経済の中に組み込まれている状態は、われわれすべてにとって利益です。そうでない状態、すなわち貧困のうちに孤立する中国という状態は、お隣に60国の北朝鮮があるようなものです。そうなってしまえば、機会はなく、単に脅威だけが残ります。
中国は、世界から責任ある大国として見られる必要があるということをよく分かっており、このイメージを作り上げるために大変な努力をしてきました。このことは、この地域にある諸国を勇気づけてきました。しかし、中国の発展とともに東アジア全体が均衡ある発展をとげることができれば、多くの域内諸国はいっそう安心するでしょう。均衡の維持こそがまさしく現在の東アジアにとっての最も重要な戦略的目標であり、東アジアがこれを達成するには米国の支援が不可欠です。
したがって、米中関係が東アジアにおける最重要の二国間関係だということになります。この関係が安定的であれば、地域全体を安心させる効果があります。米中関係が脆弱になりますと、地域の不安定化につながります。
中国の戦略的重要性が増すに従い、とりわけこの地域における中国の影響力は増大するに違いありません。他方、突出した超大国たる米国としては、おおむね現状を維持することが自国の利益にかないます。この根本的対立は現実です。しかし、このことから米中の衝突が不可避かというと、そうではありません。ご説明しましょう。
米国の現政権は、前政権よりも中国に対し懐疑的です。しかし、米国は、とりわけ世界的なテロ対策を維持していくために中国を必要としています。ワシントンでは、中国を戦略的競争相手と見る論者とより建設的な関係を志向する論者との間の議論はまだ収束していません。しかし、テロ対策の必要性からこの論議は棚上げにされており、中国に対するタカ派的アプローチは制約を受けています。
中国自身はどうかというと、米国の単独行動主義に反発しています。また、日本が自国の水域を越えて米国を軍事的に支援していることに対し不信感をいだいています。しかし、中国はこのような懸念を全面に出すことを控えてきました。中国国内にもテロの問題があります。国内の政治的、社会的課題は山積しており、しかも指導者の交代があったばかりです。さらに、中国は経済成長に集中したいと考えているのです。したがって、北京の指導者は安定的で建設的な対米関係を求めています。自国の利益を声高に主張するムードに入っている米国との間で、複雑な問題を起こしたくないのです。たとえば、中国は対米関係を落ち着いた状態に保つため、イラク問題については抑制的な立場をとってきました。
したがって、全体的には、現時点での米中の戦略的状況は安定的なものであると私は考えております。
北朝鮮問題を別にすれば、地域にとって憂慮すべき事態に発展する可能性が最も高いのは、依然として台湾問題です。冷戦の終結に伴い、米国にとって「1つの中国」政策の戦略的重要性は減少したかも知れません。しかし、中国にとっては、これは依然として絶対に譲れない一線なのです。それでもなお、中国は、基本的方針は堅持しつつ態度を軟化させています。中国は、自国の経済成長によって、この問題の長期的動向が自国に有利に展開してきたことを認識しています。中国はまた、米国の現政権が台湾の独立を支持しないことについての確約を得ています。
日中関係に目を転じますと、日本国内で、中国の台頭が日本のアジアにおける存在感を第二義的なものにしてしまうのではないかとの懸念があることは十分に理由のあることだと考えます。だからこそ、中国がASEAN諸国との間で自由貿易協定(FTA)を提案した際、日本は間髪を入れず包括的経済連携協定という反対提案を出したのでした。これらは、東アジアにおける新たな地政学的チェスゲームの最初の数手にすぎません。ASEAN諸国は、中国と日本が今後どうやってこうしたチェスの差し手を現実の利益に変えていくのかを見守ることになるでしょう。
まさしく日本はASEANに対し中心的な関与を続けていかなければなりません。日本は依然として世界第2位の経済大国であり、シンガポールにとっても地域全体にとっても重要な国です。しかし、私はASEAN向けの日本の投資が1997年以来急激に減少していることに懸念を有しています。日本のASEAN向け貿易額も、1995年以来減少を続けています。
この文脈において、私は、日本経済の改革に向けての小泉総理の努力は、日本のみならず、東アジア全体にとってきわめて重要であると考えます。もちろん、拍手をするためには手が2つ必要なわけであります。東南アジア諸国の政府も、経済的パートナーとしてのこの地域の魅力を回復するため、痛みを伴うけれども必要な措置をとっていかなければなりません。
これがまさに次にお話ししようとする点につながっていきます。
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