米国の優位性
まず、米国の優位性についてお話ししましょう。冷戦後の世界を特徴づけるものは、米国の優位性です。この優位性の規模は、近代において前例を見ないものです。また、それは多方面にわたっています。単に軍事面だけでなく、経済、金融、技術、更には文化の面においてすら米国の力は突出しています。今後も長い間、突出した力を持つ米国に挑戦する国又は国の連合体が現れる可能性は低いものと思われます。
そこで、好むと好まざるとにかかわらず、地政学的な現実は、今日の主要な国際問題は米国の協力なくして解決することができないということです。国民向けにどのようなレトリックを使っているかはともかく、すべてのアジア諸国は米国と良好な関係を保つことの必要性を理解しています。第2次世界大戦以来、米国のプレゼンスは東アジアにおける安定と成長にとってかけがえのない基盤を提供してきました。米国のプレゼンスがなければ、力の空白を埋めようとする競争が起き、それは不安定化要因となったことでしょう。また、米国はきわめて重要な市場であり、技術と投資の源でもあります。
この米国の優位性の規模そのものが米国の友好国の間にも反感をもたらしています。
米国の優位性に対する反感は、現在、戦争を通じてイラクを武装解除しようとする米国の決定に焦点が当てられています。イスラム人口の多いアジア諸国は、この戦争に対してきわめて批判的です。非イスラム諸国にすら動揺が見られます。しかしこのような激動と不確実性の時期にこそ、我々はこの戦争の背後にある根本的な原因を見失ってはなりません。
国連安全保障理事会が2回目の決議についてコンセンサスを得られなかったことは不幸でした。しかし安保理決議は、開戦のために法的に必要だったというよりも政治的に必要だったのです。イラクは、湾岸戦争以来12年間にわたり再三の安保理決議に違反してきました。完全な武装解除を果たし、戦争を回避する責任は常にイラク側にあったのです。
イラクから大量破壊兵器を除去するための国連による努力に対し、イラクは10年以上にわたって侮蔑的態度をとり続けてきましたが、これによる脅威は9/11以後一層高まりました。まさに、9/11は米国の世界観を変えてしまったのです。米国は自国が無防備であると感じ、安全保障上の優先順位を見直しました。この見直しの過程で、米国が大量破壊兵器保有国であると考えているイラクは、受け入れられない脅威であるとみなされるようになったのです。自国の防衛のため、米国はこの脅威を除去するためにその強大な力を使うことを決めたのです。
今次の戦争に至るまでの議論の中で、これは一国単独主義と多国主義との間の選択の問題だという単純な図式が示されることがありました。
安全保障理事会において、イラクについてのコンセンサスが得られたと仮定してみましょう。そうすると米国の優位性が解消したでしょうか。
答えは明らかにノーです。しかし、それができていれば国連の威信は保たれたでしょう。
他方、国連安保理事会が、米国と国際社会にとってきわめて重要な利害がからんでいるにもかかわらず、米国という超大国が過去の国連決議を実行させるために力を行使することを支持できないとすれば、それによって損をするのは多国主義と国連の側です。
フランス、ドイツ、ロシアその他の諸国がイラクに対する安保理の行動を阻止したことは、国連という枠組みを越えて、大きな影響をもたらしました。
いくつかの例を挙げます。今後、米欧の関係は平常に復することができるのでしょうか。欧州が目指す共通外交政策、共通安全保障政策の夢はどうなってしまうのでしょう。NATOは欧州の安全保障問題にとって意味のある存在であり続けることができるでしょうか。こういった疑問に確定的な答えを出すにはしばらく時間がかかります。しかし、その答えがもたらす影響力は、重大で深刻なものとなるでしょう。
我々がイラクに対する武力行使が必要だったと考えるもう1つの理由を挙げます。間違った人間が大量破壊兵器を手にすれば、すべての文明国は恐るべき脅威にさらされます。シンガポールのような小国に対して大量破壊兵器が使われれば、それは国の終わりを意味します。もしイラクに対する武力行使が行われなかったならば、あるいはもし米国のイラク作戦が失敗するとすれば、このことは世界中の過激派集団に対してどのようなシグナルを送ることになるでしょうか。北朝鮮に大量破壊兵器を廃棄させるための説得はしやすくなるでしょうか、しにくくなるでしょうか。
既に北朝鮮は、世界の関心がイラクに集中している隙をついて、自国の核開発計画を前進させています。もし北朝鮮が核保有国になれば、すべての周辺国に戦略の見直しを迫ることになります。
例えば、日本はその安全保障上のオプションを見直さなければならなくなるかも知れません。そうすると、中国も同様の対応を迫られます。これは日本の対応への対策であるとともに、核戦力を有する統一朝鮮の可能性への対策でもあります。米国も対策をとるでしょう。ロシアも同様です。アジア全域にわたる信頼関係と安定性は大きく損なわれます。
幸運なことに、北朝鮮問題への対応のためにはまだ少し時間があります。我々は、関連主要国すなわち米国、中国、日本、ロシア及び韓国がこの時間を使って、事態を平和裡に収拾することを望んでおります。
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