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METI-RIETI-AIST-NEDO共催 特別講演会・シンポジウム

産学官連携による研究開発のイノベーション〜米国ロスアラモス国立研究所の事例を中心に〜

RIETI政策シンポジウム

経済産業大臣挨拶基調講演パネルディスカッション-1│パネルディスカッション-2│

パネルディスカッション

■パネルディスカッション

安藤晴彦氏:
それでは、パネルディスカッションに入ります。

お話にも出てきましたイノベーション理論の大家ヨーゼフ・シュムペーターは、「創造的破壊」で有名です。近年の日本でも、社会、経済、政治などさまざまな場面で大きな変革、構造改革が進んでいます。最初の論点は、経済社会の変革と創造に向けた新しい波を太くする「イノベーション」の源となる新結合(neue kombinationen)をどのように生みだし、画期的なブレークスルーを実現していくのかという点です。私は今日のお話を伺っていて、産学連携によるイノベーションでも縦と横の2つの軸があるのではないかと感じました。まず、イノベーションの「縦の軸」、つまり産業界の現場と先端サイエンスの深い知識をいかに垂直につなげていくかが重要です。最近では、“Science-based Industry”とか“Technology-based Industry”という言い方がよくされますし、そうした分野の存在感や重要性が著しく増大してきています。まずは日本のディスカッサントの方々に、この点についてコメントをいただきたいと思います。


橋本和仁氏:
今日はエネルギーの話が中心に出てきましたので、私が感じていることを少しお話します。ウォーレス副所長や吉冨所長の分析の中にもありましたが、現在エネルギーや環境分野の技術開発における基礎サイエンスの貢献は非常に少ないというのが残念ながら実態ではないでしょうか。これはなぜかというと、1つにはExit-Oriented、つまり出口がはっきりした研究は、たとえ基礎研究であってもなかなか良い論文として認めてもらえない、評価の高い学術雑誌に投稿しても採用されない、という傾向が学会にあるためだと思います。サイエンティストは、自分の好奇心に基づいて研究するのが重要ではありますが、一方で、現在これだけエネルギーや環境が大きな課題となっているのですから、もう少し基礎科学者もこのような人類的課題には目を向けなければならないと思います。そのためには今述べたような点に関して学会や、研究者が変わっていかないといけないと思います。

もう一方で、今日は大臣もいらっしゃいますし、政治家の方や役所の方もいらっしゃいますのでぜひ申し上げておきたいのですが、エネルギーや環境といった分野に対する投資は、アプリケーションに近いところは厚いのですが、ベーシックサイドでは必ずしも厚くない。サイエンティストの目を向けさせるためには、やはりそういう基礎的な分野への研究投資も必要だということをご理解いただきたいと思います。

エネルギー問題の解決に関しては、真に新しい科学的なブレークスルーが必要と思われます。そのためには出口をしっかり定めた基礎研究が極めて重要です。ぜひそこに支援をしていただきたいです。

もちろんサイエンティスト自身の意識改革も絶対に必要ですので、私も1人のサイエンティストとしてサイエンス・コミュニティに訴えていきたいと思っています。


安藤晴彦氏:
「種」つまり技術シーズの部分にしっかりと水をまく必要があるが、それは政府の役割ではないかというご指摘でした。産業政策がないといわれたアメリカでは、実は、ベンチャー支援の部分、つまりこうした技術の芽を育てる部分で、昔からしっかり取り組んでいます。吉冨所長からお話があったSBIR は、82年にアメリカで創設されたベンチャー支援制度です。かなりの成功を収めており、たとえば、バイオ技術では、全米の製薬企業トップ10のうち7社が、創業段階の資金に乏しい時期にSBIR でチャレンジを繰り返してその後の大成長につなげています。吉冨所長、いかがでしょうか。


吉冨勝氏:
科学の話は高度で知的好奇心をあおって面白いのですが、実際に生産性を上げる話となると、例としてよくアメリカのウォルマートが出てきます。1995年以降、アメリカでは生産性の上昇は主にIT とかICT 分野で行われているかのようにいわれていますが、実際は流通や金融や医療などのサービス分野で生産性が上がっているのです。

流通の代表選手といえばウォルマートですが、今やアメリカのサービス産業の生産性の上昇率は、労働生産性だけでなく全要素生産性の成長率でも、製造業を上回っているのです。

ウォルマートは、ご存知のように評判が悪いです。トップのマネジメントは高学歴、下の労働者は最低賃金が支払われているかどうか、といった状態です。アメリカで「シュリンケージ」と呼ばれている商品の盗品が多く、その7割は従業員によるものでした。これをどうやって防ぐか。防ぐと生産性は上がりますが、そのときに使われたのがIC タグです。

ウォルマートは極端な話ですが、こういう企業のマネジメントのあり方、ユーザーとしてのIT の使い方が生産性を上げていくという観点も必要です。サイエンスだけでは企業の生産性を上げるということにはなかなかつながっていかないということです。


安藤晴彦氏:
流通業などトラディショナルな産業とICT(情報通信技術)との「組み合わせ」もそうですが、異分野・異業種間の新たな組み合わせ、「新結合」という論点は、非常に重要です。実は、サイエンスとの縦の連携の次に取り上げたいと思っていました。

では、ウォーレス副所長から、コメントをいただきたいと思います。


テリー・ウォーレス氏:
ウォルマート・モデルにはさまざまな要素があり、確かにイノベーションはその中でも興味深い要素の1つですが、IT に関して議論したいと思います。コンピュータ処理の迅速化の点では、我々は大きな進歩を遂げてきました。日本は地球シミュレータの開発によって、最初のスーパーコンピュータ革命を起こしましたし、ロスアラモスでは現在、均質的なプロセッサを用いたPeta-flops(1秒間に10の15乗回演算)級コンピュータを開発しようとしています。この開発に15年以上を費やしていますが、その間ずっと動作周波数やflop(浮動小数点演算)といった同じ基準で能力を測っており、サイエンスの手法を変えていません。機械の処理速度は速くなりましたが、今でも機械はたとえばサイエンスにおける微分方程式を解く手段で、根本にある問題を捉え直す必要があるという点には立ち戻っていないのです。確かに処理速度は格段に速くなっていますが、それに伴うイノベーションの増大はごく僅かでしかない。この点こそが、我々が対処すべき課題だと私は思っています。

これは、垂直的連携(vertical integration)の問題にもつながります。サイエンスの世界で、我々はいつまでも成功にしがみつく傾向があります。ですから、あるコンピュータ・コードの書き方を覚えると、処理速度を上げることばかり考えて、問題の本質は何かとか、他の解決法はないかといったことは検討しません。垂直的連携では、どのように複数のソリューションに取り組むかというパラダイムそれ自体を見つめ直し、更にチャレンジしていかねばなりません。それを実行する唯一の方法は、先ほどどなたかが仰ったように多くの種を蒔くこと、同じ木の手入れを続けるのでなく、絶えず新しい優れた手法を探し続けることです。こうした投資は、一見すると生産性が低いように見えますが、長い目で見なければなりません。この中からたった一つでも素晴らしいイノベーションが創造されれば、全てのシーズに対する努力を補って余りある見返りが得られるのです。


安藤晴彦氏:
「ICT が世の中を変え、ウォルマートを変える」という話に対して、ICT の発展自体も、実は、サイエンスに基づいていること、そして、ムーアの法則が40年間も続きICT が爆発的に進化していく中で世の中を大きく変えていること、しかし、単純な処理速度向上ではなく、「垂直的連携」、つまりサイエンスの根本に立ち戻った真のブレークスルーが求められており、冒頭にもお話のあった量子コンピュータのような未来の有望技術まで広がっていく、というお話でした。これに対してどなたかコメントをお願いします。


横山浩氏:
ベーシック・サイエンスの重要性は私も何回も申し上げましたが、これを抜きにして次の経済発展はまずありえません。これは第1のポイントです。では、本当の意味でイノベーティブにサイエンスを発展させていくために何が必要か、過去に学ぶべきものはあるかないか。

今の研究者、特に若い20代、30代の人たちは非常に柔軟性に富んでいると思います。私から見るともう柔軟すぎて、そんなに自分がなくてどうする、もっと頑固になれというぐらい極めて高い柔軟性があります。いい意味でフレキシブルというのはいいのですが、逆に行き過ぎた柔軟性というのが、今、生じてしまっていると思います。

こういった中では、ベーシック・リサーチやアプリケーションも含めて、どういうプランを立ててそういったフレキシブルな人材を育てていくか、使っていくかということを研究のマネジメントが戦略的に行うことが非常に大事だと思います。

マネジメントとは、現場の私のような中間的なマネージャーだけではなく、国そのものの科学技術政策がその視点をしっかり持ち、どういう組織、どういう人材、どういうプロジェクトを立てていくかということを明確に意識してやっていくべきということです。そういう指導性が、ある意味でトップダウンですが絶対に必要だと私は思っています。


橋本和仁氏:
今、大変良いご指摘をあげていただきましたが、加えてそのときに重要なのは、優秀なリーダーのもとに集まるということです。言葉で言うと、皆さんは当たり前だと思われるかもしれませんが、優秀な人というのは、なかなか一般的にはわからないものです。しかし、実はサイエンス・コミュニティの中では誰が優秀なサイエンティストなのかをお互いに分かっています。そういうことをはっきり言う風土が日本にはないといってよいのでしょう。それはおそらく、産業界も同じなのではないでしょうか。しかし、真に優秀な人材を集め、リーダーとすることが次の、また次のリーダーを育てることに繋がるのです。ぜひそういう場を一緒に作っていくような仕組みの構築をお願いします。


安藤晴彦氏:
人材の話は重要ですので、あとでもう一度議論したいと思います。これまで「縦軸」のイノベーションの話をしましたので、次は「横軸」のイノベーション、つまり「異分野との連携、組み合わせ」ということを考えてみたいと思います。たとえば、バイオ技術とコンピュータ技術が結びつくことで薬の世界が変わり、個人向けの薬が出来るようになったり、あるいは半導体技術とバイオ技術が結びつくことで、血液測定器、遺伝子測定器なども出てきています。光工学(optics)とICT 技術が結びつくことでインターネットが格段に便利になりましたし、金融や株の世界でさえICT の進化の中で業態が大きく変わってきています。これは、モジュール化による経済の進化ともつながっています。

ウォーレス副所長は地震がご専門ですが、地震研究とは全く異なるセキュリティ分野にも密接にかかわっていらっしゃいますので、コメントをいただければありがたいと思います。


テリー・ウォーレス氏:
水平的連携(horizontal integration)は、本当に重要な課題です。例としてアメリカの大学の話をします。日本の大学のことは知らないので、この話は一般論ではありません。

国立研究所や企業・研究施設は、この水平的連携を非常に上手に行っていますが、総じて大学は上手ではありません。大学ではスーパースターを重視する制度が出来上がっていて、スーパースターは協力があまり上手ではありません。ですから横の連携をとるにはコネクタが必要で、その役割を国立研究所が見事に果たしています。国立研究所は問題解決のために大規模な学際的チームを作り、スーパースターや基礎研究の間で横の連携が行われていないアカデミックな世界において、プラグを差し込むソケットのような役割をつとめます。私自身の大学教授としての経験でも、横の連携は取っても自分の大学の研究者とではありません。大学の教授とはたいていそういうもので、隣の研究室の学者と協力しても、自分に見返りはないのが現実です。

したがって、こうしたシステムの各要素を最大限活用すべきなのです。自由なアカデミックの世界と、学際的なチームを抱え、より鳥瞰的なフォーカスをもった国立研究所と産業界の結びつきによってこの問題を解決していく。これによって垂直的連携が可能となりますが、中間には水平的連携もある。そういった異分野による学際的チームを「成功した提携には見返りが得られるような環境」に集結するということです。これこそがこの問題の解決法です。興味深い課題ですが、国立研究所や国立研究評議会が非常に上手く役割を果たしているといえます。


安藤晴彦氏:
今のお話のキーワードは「コネクタ」、つまり橋本先生も冒頭で指摘された情報交換と知識創造における「ハブ」でしょう。コーディネーション能力、言い換えれば、先見性を持ちながらさまざまな異分野を結びつけて新たなものの創造可能性を見抜いていく力、つまり「こことここはつながるぞ」ということが重要だと思います。

では、産業界のお立場から既にそれを戦略的に進めておられる富田常務、コメントをいただけますでしょうか。


富田孝司氏:
太陽電池の例ですと、従来、建築関係者には屋根に電気を置くというのは考えられないことだったそうです。私どもはアンテナを屋根の上に立てますので、そういう意識は無かったのですが、建築関係の方は電気まわりを屋根に置くのはご法度だったそうです。太陽電池は住宅メーカーの積水さんと一緒に開発したこともあって、住宅と電気で今まで考えられなかったことをやったという意味で、新しい考え方かと思います。

ウォーレス副所長の話にもありましたが、バリューというのは外に持っていってこそ上がる場合があります。「限界効用説」がありますので、異文化、あるいは異国、あるいはほかの業種と連携することにより、自分たちの技術なりその利用価値を上げるということを、コメントとしてつけさせていただきます。


安藤晴彦氏:
「Value」(価値)というキーワードが出てきました。新たな価値創造のために、異分野の技術と組み合わせていく訳ですね。ところで「option」(オプション)という言葉があります。(異なる)選択肢という意味ですが、そのオプションとバリューがつながったのが「オプション価値(バリュー)」という言葉です。シリコンバレーのベンチャー経済の原動力がオプション価値(バリュー)の探索と獲得であるということを、ハーバード・ビジネススクールの学長・副学長コンビのクラーク先生、ボールドウィン先生が2000年に出版された『デザイン・ルール』で示しています。吉冨所長、新しいオプション価値(バリュー)を見つけ、創造していくには、どうしたらよろしいでしょうか。


吉冨勝氏:
RIETI にも色々な分野の経済学があり、縦割りの深い研究だけではだめだということが分かってきています。そうなると横のつながり、横断的で学際的なコラボレーションが必要です。私からむしろウォーレス副所長にお聞きしたいのですが、こういった高度なレベルのコーディネーター役とか、コラボレーター役というのは、その分野で学問をさらに極めていくということはあまりないわけです。そういうことを既に達成した人がやるのかもしれませんが。自らの学問の業績で評価されることがないとなると、この人たちをどうやって探し、だれが給料を払うのでしょうか。コラボレーターのための人材マーケットはありません。マーケットがないときに、どうやって人材を見つけ、だれがお金を出してくれるのか。ウォーレス副所長のところではどうやってこの問題を解決されたのかをぜひお伺いしたいです。


テリー・ウォーレス氏:
この問題には既にさまざまな方法で触れてきたと思います。科学界のリーダーはビジョンを持っています。マネージャーがリーダーになることもできますが、ならなければならないわけではありません。マネージャーは漸進的な向上を目指すものです。我々は、最終的に商品の生産につながるということを評価しなければいけません。

新たな市場や現在の研究所の経営方式を考えると、連携のリーダーには価値があります。その価値は、最終的な商品化につながったという見返りと、基礎研究が実際に社会に変化をもたらすのを目の当たりにすることから得られるものです。この業績はまだ社会的には重視されていませんが、我々はそれこそが研究所が果たす最も重要な役割の1つだと認識しています。優れたサイエンティストや技術者にとって、コラボレーターという役割はあまり魅力的でないとおっしゃったのは非常によく分かります。コラボレーターになると、自分の研究はできません。必ずしも組織のリーダーである必要はありませんが、電車のエンジンを動かすのに不可欠な一要素のような存在になります。この問題は、我々の人々への報酬の与え方を変化させるでしょう。サイエンスの世界では、お金という見返りは重要ではありません。大切なのは自尊心と周囲から正しく評価されることです。国立研究所でも報酬の構造を変えようとしていますが、まだ大きな課題です。


橋本和仁氏:
優れた仕事をしたサイエンティストの中にはリーダーとしての素質を持った人が少なくありません。最初から全部を見渡せる人はいません。優秀な人材というのは最初から基礎から応用まで全部見えるという意味ではなく、ある分野で優れた仕事をした人は優れたリーダーとして育つ可能性をも持っているということが重要なのです。そういう人を見つけ出し、指名するということが非常に重要だと思います。


安藤晴彦氏:
人材の問題に自然に話が移ってきました。重要な問題ですので、ぜひ議論をしてみたいと思います。ロスアラモス研究所は、国立ですが、カリフォルニア大学が運営していますので、大学と国立研究所が一体になっています。燃料電池研究の分野でも、これを参考にして、九州大学の新キャンパスの中に、水素脆化に関する産総研の研究センターをこの7月に設立しています。

ロスアラモス研のように何千人もの非常に優秀な博士が集まる組織の研究マネジメントでのご苦心は本当に大変なことと存じます。ちょっと想像もつきません。他方で、優れた研究を行うには、如何に優秀な人材を連れてくるか、そして育てていくかも重要な課題になってきます。次世代を担う研究者を育てることと研究者の流動性の関係、あるいは、どのように研究評価をすれば若い研究者の芽を大きく花開かせることができるのか、この辺りについてコメントをいただけますか。


テリー・ウォーレス氏:
ロスアラモスの姉妹機関にローレンス・リバモア国立研究所というのがあり、ここは約8500人なので若干小規模になります。彼らは、サイエンスに対し我々とは全く違ったアプローチをしています。ロスアラモスは科学研究施設として大きな成功を収めていますが、リバモア研究所は製品開発を得意としています。これが今出たマネジメントに関する根本的な質問につながります。

私は2つの研究所の違いはこんな風にたとえられると思うのです。サイエンスを最優先し、これまでにない新しい観点で物事を考えようとするロスアラモスは、いわばモンゴルの遊牧民のようなもので、1つの問題に対しさまざまな方法で攻撃をしかけます。外から見ると組織立っていないように見えますが、それでも相手を征服する−根底にある問題を解決する。一方、ローレンス・リバモアはローマ軍にたとえられ、相手のところまで真っ直ぐ行軍して真っ向から問題に立ち向かいます。結果的にどちらも征服するのですが、その過程は全く異なります。

ロスアラモスの離職率は年間わずか3%で、科学機関としては驚くべき数字です。これはもっぱら、我々が既存の枠組みにとらわれない考え方をし、独立性を重んじるからだと思います。時にはそのせいで成果を挙げるのが難しくなることもありますが。しかし、産業界との連携などにより成果を挙げる手段を講じなければ、ロスアラモスは生き残ることができませんでした。サイエンスの研究者は独自性を重視すべきだということを認識する必要がありますが、同時に成果も出さなければならず、そのバランスを探るのが大切なのです。研究者が自分の仕事に不満足なら、アメリカの科学機関で離職率が3%などあり得ないと思います。むろん、ロスアラモスの研究者に聞けば、何時間も愚痴をこぼすでしょう。ですが我々は、個性を重んじ、集団の利益のため問題を解決するというアプローチをとろうとしています。

研究機関におけるリーダーシップには、さまざまな面を考慮する必要がありますが、研究開発スタッフには独創性が必要だという認識に立つと、他の組織では効果的な経営モデルでも研究機関にはあまり馴染まないこともあるでしょう。


安藤晴彦氏:
研究マネジメントは、決して一様なものではなく、多様な選択肢があり、その中でまた競い合いもあるというお話でした。他の皆様は、いかがでしょうか。


橋本和仁氏:
研究者の流動性については、日本には色々な制度的な問題もあり非常に難しいです。これには歴史的な物事の考え方もあります。

しかし大分状況は変わってきています。面白いテーマ、面白い場があれば移るという気持ちは、私などにもあります。しかし、そういう新しい種というか、専門分野を越えた学際的な場を作るということが大学の人間は弱く、学会はどんどんどんどん細分化していく傾向にありますので、これは非常に大きな問題として私たちのほうで考えなければいけません。

1つだけご紹介したいのは、経済産業省産業技術環境局の研究開発課がさまざまな重要研究開発分野のロードマップを作りました。ここまでは良くあることかもしれませんが、大変素晴らしいのは、作った行政官が自らそれを持って学会に乗り込み、あるいは異分野の人を集めてディスカッションさせ、それで何か面白いテーマを作らせるようなことを、試みでやっておられるということです。こういった試みは我々研究者の目から見て非常に面白く、何か面白いプロジェクトを作りたいな、参加したいなという気になるものです。

ただ、それが本当に人材流動まで展開するかというと、色々な制度上の問題もあって難しい。現在、制度上の問題点の抽出も積極的に行われているところですので、今後は良くなっていくことが期待されます。また、研究者のソサエティも流動性を上げるための方策を十分に検討していかなければいけないと思っています。


横山浩氏:
先ほど申し上げたポイントに戻るのですが、やはりいい研究者を見極める、その人を適材適所で活用していく、そういう意味のマネジメントのクオリティというのはとても大事だと思います。ウォーレス副所長もおっしゃっていましたが、リコグニション(認知)というのが大事です。それは2つの意味があって、1つは学会的なリコグニション、もう1つは実際に働いている研究所や大学におけるリコグニションです。

研究者の中で不満が高まるのは、端的にいえば、たとえば学会的には高い評価を受けているのに、自分の組織の中ではあまり処遇されていない。逆の場合もあると思いますが、そういったちぐはぐさが非常に大きなひずみを生みます。

研究者が流動性を高め、安心して動ける、あるいは動いてみようというモチベーションを持つには、例えばその組織の中で素晴らしいことをやれば適正に評価されるというカルチャーがどこにでも合理的に備わっていればいいのです。しかし今は残念ながら、必ずしも良いことをやったからといってきちっと評価されるとは限りません。

こういう状況が相当改善され、しっかりとしたマネジメントや、あるいはリーダーシップ、実際の資源の適切な配分なども含めて、相当マネジメントのクオリティを上げないと、問題の本質解決にはならないと私は思います。


安藤晴彦氏:
せっかくですから、会場にも議論をオープンにしてみたいと思います。


安永裕幸氏(経済産業省産技局研究開発課長):
我々も、異分野の融合というところに産業のフロンティアありと考え、新しい異分野の融合を仕掛ける研究開発の政策をやりたいと思っています。そのときに非常に悩ましいのが、先ほど橋本所長からもお話がありましたように、複合的・学際的なチームを作るときに日本ではどうしても学会の中が細分化していき、学会の中で本流派と傍流、あるいは正統と異端といったことにあまりにも分けられていると感じる点です。アメリカでは「人のやらないことをやるのはいいことだ、とても価値のあることだ」とオープンに認められているようですが、ロスアラモスの研究所では、そういうメンタリティ、志向の問題も含めて、大きく改革をされてきたというふうに考えてよろしいでしょうか。


テリー・ウォーレス氏:
改革できたかどうか分かりませんが、ロスアラモスの組織のあり方を説明しますと、いわゆる分野別の所属というものがあります。たとえば化学部門には450人の化学者がいて、地球環境科学部門には350人の地学者がいます。そこが彼らの所属部門です。専門分野に関しては、所属部門の人と協力します。

しかし、プロジェクトは部門横断的です。たとえば炭素隔離分野のプロジェクトだと、化学から5人、物質科学から2人、地球環境科学から5人が参加してチームとして協力しますが、彼らの所属はやはり各々の専門分野にあります。したがって、化学者が一見すると化学とは何の関係もなさそうなプロジェクトに携わっているような場合でも、所属が化学部門であることで化学者としての満足感があります。

これは大きな成功を収めているモデルです。自分の専門分野に所属するのは、研究者の将来的な成長のためにもとても大事なことだと思います。姉妹機関であるローレンス・リバモアでは、研究者はチームで組織され長い間そこに留まります。その結果、研究者が活気を失い、最終的にはあまりイノベーティブになれないように思えます。ですから、大きな専門分野に所属し、つながりを持つことが重要です。ロスアラモスはその点、1万4000人の研究者がいるので恵まれています。

もっと小さい施設だとこういう組織構成は難しいでしょうが、この方法は研究者が専門分野で成長する上でも、プロジェクトを遂行する上でもチャンスをもたらすものです。


加藤碵一氏(産総研理事):
産総研の特徴の1つに、ほとんどあらゆる鉱工業分野のポテンシャルを持っていることがあります。それらを融合させる仕組みや、それなりのプロジェクトも盛んにやっています。例を挙げますと、バイオと情報を融合させたバイオ・インフォ・アティックスの研究センターもありますし、最近ではグリッド・コンピューティングとジオロジーを結びつけて、ジオグリッドということも行っています。

ただ、当然これで十分ではなく、産総研が掲げる中期計画では最後に「イノベーション・ハブ」というキーワードのもとに成果を明確に出さなければなりません。その1つに産学官連携とか異分野交流があるわけです。各研究ユニットのユニット長のリーダーシップは非常に大事ですが、ユニットを超えた、あるいは分野を超えた、いわばトップ・デシジョンによるプロモートというのはさらに大事になります。それも正しいトップ・デシジョンでなければならないわけで、そこで間違えたら我々マネジメントの責任です。今イノベーション・ハブのプロモートをするための新しい仕組みを作っており、来年にもすぐにそれを反映させ、第2期の中期計画が終わったときにはその成果をお見せしたいと思っております。ご支援あるいはご提案をよろしくお願いしたいと思います。


小島康壽氏(経済産業省産業技術環境局長):
先ほど政府に対する要求というお話もありましたが、経済産業省もこの春、大臣の主導した新経済成長戦略の中でイノベーションを促進する仕組みとして「イノベーション・スーパー・ハイウエー」ということを提唱しています。

これは、産業技術を革新的に興すために基礎に立ち戻る、原点に戻った研究、科学にさかのぼった研究をするということで、今までは科学のシーズを産業化するという一方通行だったのを双方向にする、いわば高速道路のような双方向の知の交流というのが第1点。

第2点として、横断的にさまざまな分野の技術を融合させること。まさに高速道路は、色々な入口から入って合流して融合するものです。最終的には、それを市場に出す、国際標準にする。そのときに制度的な障害があって、せっかく製品にしても市場に出ないということでは困りますので、制度改革も一緒に行う。

これに加え、人材の流動化をはじめとする制度的な障害もあるので、そういう制度改革も実施する。こういった制度的、あるいはシステム的な改革も含めたイノベーションが、今の我々の政策の柱にあります。

それからもう1つ、ウォーレス副所長のお話にもありました国立研究所の役割ということで、経済産業省の傘下に今日ご出席いただいている産総研とNEDO があります。NEDO は資金面での仲立ちをする、あるいはプロジェクト・フォーメーションという形での仲立ちをする。産総研は、基礎から産業技術までの研究者を幅広く抱え、しかも産総研は57の部門に分かれていますが、すべての部門で基礎から産業に近い応用の部分の研究を行っています。それから全部異分野の研究者で成り立っているということで、先ほどの産学連携、あるいは産産連携でもいいですが、そういうときの産と学を結ぶ仲立ち役、インテリジェントな触媒という機能を果たすということを進めているところです。

今日の5人のパネリストのお話を聞いて、我々のやっていること、あるいはこれからやろうとしていることは間違いではなかったと思いましたので、意を強くして進めていきたいと思いますし、我々に対する要望・要請がございましたらぜひ申しつけていただければと思います。


安藤晴彦氏:
最後に、私からも是非お伺いしたいことがあります。ロスアラモス研究所の素晴らしさは、会場の皆様にもお分かりいただけたと思います。私は2年前に燃料電池関係のエンジニアとともに14人でロスアラモス研究所を訪問しました。そのときは、世界有数の研究所を訪問するのに、不肖の団長でもあり、セキュリティチェックも厳しかったので、道中やや心細く感じました。そのとき考えておりましたのは、どうしたらこの素晴らしい頭脳集団と協力ができるのかということでした。

また、そのときの団員からも質問が出ましたし、会場の皆様もご関心があると思いますが、研究協力を行うにしても、どれぐらいお金がかかるのか、最低金額はあるのかということも気になります。

他方、シャープの富田常務は実際にサンディア研究所と提携をされ、また、これからロスアラモス研究所とも提携をされていくとも伺っています。そうしたお立場から、お差し支えない範囲で、ご感想、ご満足度や、どうしたらうまく提携できるのか、この辺りについてコメントいただければと存じます。ウォーレス副所長からは、ロスアラモス研に興味が湧いた場合に、どこにどうアプローチすれば協力させていただけるのか、その辺りについてコメントをいただけましたらと存じます。


富田孝司氏:
私どもは工場がテネシーにあります。そこで生産するというようなことも将来は考えてはおりますが、一方でマーケットはロサンゼルスなどにあります。また、研究所はオレゴンにあります。

先ほど人材の流動性の話がありましたが、サンディアの近くにある私どもと仲良くしている企業では「失敗したらまたサンディアに戻る」とCEOがいっています。そういう流動性が非常に面白いと思います。逆に言えば、サンディアやロスアラモスの優秀な人材を企業に迎えることもここでは可能であると。そういう意味では、その地域に次のステップの研究機関なり開発部隊を置いていきたいと思います。わざわざオレゴンに持っていく必要はないと思います。

これは、何もアメリカに限ったわけではなく、ヨーロッパにおいても、日本においても、あるいはアジア地域においても、私どもはそういうことを進めています。人材を確保するという意味において、ニューメキシコは非常にいい所であるということを一言付け加えさせていただきます。


テリー・ウォーレス氏:
先ほどの基調講演でもお話しましたが、ロスアラモスは膨大な資源を投入した大規模な研究施設なので、安価なソリューションを求める場所ではありません。けれどみなさんが帳簿だけを見て判断するとすれば、おそらく得られるものを正当に評価していないことになります。我々は多様な業界と連携していますが、その方々がロスアラモスにいらっしゃるのは、他の場所では得られないソリューションが見つかる、大規模な共同研究でもそれによって商品化への受け口が得られるからです。ですから、ロスアラモスの研究者にいくら払うか、特定のタスクにいくらかかるかという問題ではないのです。大切なのは、提携関係の最終的目標は何かということです。

さきほど私は、シェブロンを例に出しました。シェブロンはCRADA (Cooperative Researchand Development Agreement)というプロセスを経てロスアラモスと協力することになりました。これは共同研究契約で、シェブロンはロスアラモスに毎年およそ500万ドルを支払っています。けれど石油汲み上げに使う化学溶液の開発により、油井1本あたり15億ドルの経費節約が実現しています。お金はかかりますが、我々は共同研究で間違いなく価値ある成果をもたらしました。だからこそ、提携・協力相手の選択は重要です。難題を解決したいという意欲が必要です。なぜなら経済的メリットはそれに付随して得られるものだからです。


安藤晴彦氏:
二階大臣からもウォーレス副所長からもお話がありましたように、エネルギーと環境の問題は、21世紀に人類が避けて通れない大きな課題であり、同時に、ブレークスルーのための大きなチャレンジが待たれています。今日の講演会をきっかけに、日米のサイエンス面での協力が更に深まる、あるいは、ロスアラモス研究所と日本の皆様の協力の絆が深まることを通じて、人類共通のブレークスルーにつながっていくことを切に願っております。

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