レポート:RIETI政策シンポジウム「ブロードバンド時代の制度設計II」(2003.12.04)(その6)


■基調講演:現在の日本の電波政策の概要

第二セッションでは、総務省総合通信基盤局電波部長の竹田義行部長が基調講演を行い、現在総務省が進めている電波解放政策の概要について説明を行った。竹田部長の説明は、主に情報通信審議会の「電波政策ビジョン」(2003年7月答申発表)と、情報通信基盤局で運営している諮問機関「電波有効利用政策研究会」(2003年9月第二次答申発表)の二つの成果をベースにしたものであった。この二つの研究会のうち、特に後者の電波有効利用政策研究会では、周波数帯の再編成を進めるための「給付金制度」(いわゆる「立退き料」の創設や、周波数利用の登録制度、そして現在検討している小電力局の参入に当たっての費用負担のあり方などを検討しており、これらの答申を軸に現在電波解放政策が立案されているところだという。

一方、電波政策ビジョンでは、電波利用の中長期な目標として、ワイヤレスブロードバンドの実現と周辺市場の拡大があげられ、具体的な政策目標として、(1)いわゆるユビキタス社会の実現(2)ナショナル・セキュリティの確保(3)ワイヤレスIT産業の育成というポイントを挙げ、ITSや非接触型ICカード等の具体例を紹介した。

次に、竹田部長は、この中から、周波数に関しての具体的な政策パッケージとして(1)抜本的な周波数の割り当て、(2)周波数の再配分・割当制度の整備を取り上げて詳細な解説を行った。

まず(1)の周波数の割り当ての見直しについて、竹田部長は具体的な手法として(a)国等の公的機関、公営企業も含め抜本的な周波数割当てを見直す。(b)有効に利用されてない不要な周波数の変換。(c)光ファイバー等で代替可能な周波数は移動通信等の電波利用が不可欠な用途に割当て。(d)として再配分による新規電波ニーズへの迅速な周波数の確保、という4点を挙げた。この見直し策により空いた周波数をどのような用途に使うかについては、まず第一に、移動無線と無線LAN等の新規電波ニーズが、1Ghz近いオーダーで浮上してくること、第二に地上デジタル放送、第三に新規技術の開発や運用のための予備帯域として使うことを考えていると述べた。

次に竹田部長は、(2)の周波数の再配分・割り当て制度の整備について解説した。まず、前提となる電波の利用状況については、昨年の法改正を経て、今年から3年計画で詳細な調査を実施しているところで、今年は3.4Ghz帯以上、来年は770Mhzから3.4Ghz帯まで、再来年は770Mhz以下を予定しているという。

また、いわゆる「立退き料」として導入されるのが「給付金制度」である。これは、5年以内の交付である免許期間中に周波数帯の整理をする場合、退く事業者に対して減価償却分の残存価を補償するというもので、その財源は、新規事業者から5割〜10割の間で負担を求める予定となっている。

竹田 義行
(総務省総合通信基盤局電波部長)

竹田部長はここまでの説明を踏まえ、給付金制度のようなものが導入された後、免許制をどのようにするのかについても論じた。竹田部長によれば、実験局の免許交付の簡素化や、登録のみで無線LAN等が利用できるという、レッシグ教授が推奨するようなコモンズ型の電波の多重利用についても従来のエリアに加えて、5Ghz帯でも推進する事等がメニューに上がっているという。また、現在無線関連の技術開発や違法電波の摘発、地上デジタル放送のためのアナアナ変換作業などに使われている電波利用料についても、一律ということではなく、経済的価値を反映した利用料の体系に改善していきたいという考えを明らかにした。

最終的な電波解放戦略のゴールとして、竹田部長は現在有線のネットワークでブロードバンドの普及が進んでいる一方で、ワイヤレスの分野においても世界最先端の無線インターネットを周波数の希少性という問題を乗り越えて実現することだと述べ、講演を締めくくった。

基調講演に対して、まずペッパー局長がFCCでの無線通信行政の取り組みについて語った。伝統的にFCCは"Command and Control"という手法、すなわち無線通信に掛かるすべての事項について許認可権を持ち、電波塔の高さや電力等の技術面から、どのようなサービスを行うかという点に至るまで厳しく監督下に置いて来た。これは世界的に無線に関する規制行政の標準的な姿だったが、20年ほど前から、その見直しを進めてきたのだという。技術的には不可能だと言われたりもしたが、結果的にいま、無免許帯という形で実現している。また、周波数免許の割り当て手法についても、従来はヒアリングを経てより優秀な利用プランを提出したほうに割り当てる、いわゆる「美人コンテスト方式」を採用していたが、これは人の手を介する選択手段であることから、テレビやラジオの免許を見れば分かるように、1920年代からずっと免許人が変わらないと言う硬直した制度を作り出してしまった。これに対して、情報通信産業における最新の技術的な進歩や投資の拡大を背景に、見直しを進めた結果、規制に柔軟性が生まれたこと、免許人が売買などによって移動できるようになったこと、つまりPCSオークション等、マーケットの評価をベースとして誰がその周波数を使うのが適切なのか決められるようになった等の改善が見られたとペッパー局長は述べ、その結果可能になったサービスとして、ペッパー局長はWi-Fiを取り上げ、技術革新により第一世代のWi-Fiから第三世代のWi-Fiまでサービスが柔軟に提供されるようになり、周辺市場が拡大した事などを評価した。

次にペッパー局長は、昨年報告書をまとめたSPTF(Spectrum Policy Task Force)の活動について紹介した。この報告書の提言を現在政策化している途中だというが、そこで重要な点はこれまで技術的に乗り越えられないと言われてきた「周波数の稀少性」というものが技術革新によって乗り越えられるという点である。すなわち、ニューヨークでも東京でも、利用可能な周波数を自動的に探知して利用するような技術が出現してきているからだ。そうなると、問題はそのような複数のエリア・周波数を跨ったサービスを効率的に実現するにはどうすればいいのか、ということになる。これは有線におけるキャリア間の競争が無線の世界にもやってくることを示しており、FCCにとっても重要な分野であると認識していると述べた。

次にレッシグ教授がコメントを行った。昨年のRIETIでの電波政策セミナーの状況と比較して、日本の現在の政策は著しい改善が見られると、総務省の政策を高く評価した。すなわちコモンズ型の多重利用を認めるという方向性についてであるが、レッシグ教授は続けて、もしマーケット・アプローチとコモンズ型アプローチがあったとしたら、我々はコモンズ型を支持すると付け加えた。また、ここで議論すべきなのは周波数政策にマーケット・アプローチを取り入れるかという問題でも、どこにマーケットがあるかという問題でもないと指摘し、望ましいやり方は、周波数を効率的に利用できるデバイスのためのマーケットを構築すること(=コモンズの導入)なのだと主張した。現在の日本の状況については、そのようなマーケットが合計で9600Mhzにもなる無免許帯(周波数コモンズ)の提供で出来つつあるのではないかと指摘した。

しかし、その一方で懸念材料として、周波数の割り当て手法が依然として政府の手による決定で決められるという、いわゆるCommand and Control型による美人コンテスト方式であることを挙げた。また、そのような決定を行う際に、何が効率的で何が効率的ではないかという判断基準について疑問を呈した。たとえば、マーケットシェアを多大に持っている事業者であっても、効率が悪く使っている業者もあるかもしれないのだ。このような基準を明確にしておかないと、既得権益者によるレント・シーキングによって新規技術の普及が遅れる事態がここでも発生しかねないという懸念があるとレッシグ教授は述べ、政府が主導権を握る形での周波数配分は危険だと論じた。

次に、インテル社のピーター・ピッチ通信政策担当ディレクタがコメントを行った。現在インテル社はワイヤレス関連分野に多大な投資を行っているところだが、ピッチ氏は4つのポイントをあげて議論を進めた。(あくまで米国からの見方であることを断った上で)ピッチ氏は、まず最初に無線技術の革新はすさまじい勢いで進んでいるという点を、インテルのグローブ会長が"Radio Intel"というスローガンを掲げている事を紹介しながら述べた。二番目にその無線技術を普及させていく障害となっている現状の無線政策について。これはペッパー局長がいみじくも軽蔑的な言い方で言及したFCCの"Command and Control"型の政策スタイルである。現状でもっとも妥当な選択肢であることは認めつつも、ピッチ氏は全体で80%の周波数がCommand and Control型で割り当てられていることを指摘した。ただ、ピッチ氏はPCS等のモバイル用途では、周波数が流動的であり、新規事業者にも割り当てをされていると付け加えたが、その絶対量はまだまだ少ないという。

また、レッシグ教授が指摘したようにCommand and Control型の割り当てでは既得権益者に圧倒的な優位が発生してしまうため、新規の無線事業者がいかに優れた技術を持っていたとしてもそれが実現できないままになってしまうと述べ、それは長期的にユーザの利益にはならないと指摘した。

三番目のポイントとして、ピッチ氏は、それらの問題についての解決策を2点提示した。ペッパー局長が先ほど語ったように、と前置きして、無免許帯による無線LANの一層の普及と、セルラーでは失敗したFCCのやり方が、PCSの時には正しいやり方で周波数が配分されたの2つの成功事例を挙げ、その中に周波数政策の改革の方向性が示されているのではないかとピッチ氏は論じた。また、先ほどレッシグ教授が指摘したように、それらの改革派政府の要求する部分を減少させていると言う点で共通しているとピッチ氏は指摘した。たとえば、無免許帯を使おうとするならば、インテルは新技術が技術基準を満たしていることを証明しさせすればよいわけである。また、Sprintは顧客を新しい周波数帯にFCCの許可を得ずに移動させたりしている。これも、技術基準が満たされているから可能なのであって、競争上重要な点であるとピッチ氏は述べた。

そして、四番目のポイントとして、これもレッシグ教授に同意すると前置きして、ピッチ氏は電波の再配分のやり方について、配分プロセス(と同様のやり方)を既存事業者から周波数を取り返す際に用いるのは(経験上)危険であると述べた。つまり既得権益者の抵抗により、問題が政治化して収拾不可能になってしまうのだ。そして、米国ではこのようなことは何回も繰り返されてきたのだと言う。そのようなことにならないためにも、無免許帯を拡大することが新技術を展開するビジネス上の自由を与えることにつながるのだとピッチ氏は述べた。

最後に有限会社風雲友代表取締役社長の田中良拓氏がコメントを行った。田中氏は郵政省やFCCにも在籍した経験を持つ情報通信政策を専門とするコンサルタントである。また、実際に電波関連法令の改正作業に携わった経験から、電波・周波数関連政策にも造詣が深い。田中氏はまず、第二セッションの議論に入る前に、第一セッションの議論にも言及しつつ、日米の情報通信政策を巡る背景の違いについての説明を行った。田中氏によれば、(中村氏が第一セッションで重要だと言及した)政策のパフォーマンスのみならず、その決定過程も同様に重要なのであり、その背景を理解せずに結果のみで判断する傾向が日本にはあると田中氏は指摘した。一方で、SPTFの議論の過程を見て分かるように、米国では政策決定過程もしっかり見(え)ているという違いがあるのだという。

その上で田中氏は竹田部長の基調講演で扱われた総務省の政策案に対して、厳しいコメントを行った。竹田部長が示した電波政策ビジョンに対して、従来の政策パッケージを集めたものにすぎず、新しいことが書いてあるわけではないと指摘し、FCCのSPTF報告書のような抜本的な解決策ではないと述べた。つまり、例えば免許を与えるということはどういうことか、本当に電波は希少なものなのか等、電波政策を根本から問い直すような作業がここから見えてこないと言うことである。政策決定過程が見えてこないために知られていないだけで、SPTFと総務省の報告書ではその中身の戦略性の深さに大きな差があり、数年たった段階で日米で大きな差が生じてくるのではないかと述べ、もう一度電波解放に向けての戦略を練り直したほうがよいのではないかと論じた。

田中 良拓
(有限会社風雲友 代表取締役社長)

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