レポート:RIETI政策シンポジウム「ブロードバンド時代の制度設計II」(2003.12.04)(その5)


■ユニバーサル・サービスとNTTの今後(その2)

ここで、池田上席研究員はユニバーサル・サービスを現状で担っているNTTの経営問題に再度焦点を当てた。実際に悠長なことは言ってられず、(固定電話の収入減などがこのペースで続けば)数年以内にNTTの経営が実際に危なくなることも十分想定されると指摘し、NTTが様々なコストを内部化して補填することが困難になると述べた。このような状況に直面した場合に、規制政策として電話会社のリストラクチャリングに対応するような施策はあり得るのかについて、ペッパー局長に見解を質した。

ペッパー局長は、1982年のAT&Tの分割の際にその問題はよく考えたと述べたが、現状で政府が何か電話会社の再編を仕掛けることについては疑問を呈した。つまり、物理層からサービス層までカバーする垂直統合的な地域電話会社が。レイヤー構造が崩れていく中で、自分たちで再編を行うようになるのではないかと言うことだ。またその場合、loop-co、即ちローカル・ループ(市内通信網)を持つ部分を切り離して別会社として(エッセンシャル・ファシリティとして)維持するやり方もあり得るとし、実際そのような会社に対しての投資ニーズは存在していると付け加えた。現在の所そのような事例はないのだが、ビジネスとしての可能性は十分にあるので、いずれ誰かがそのような試みを始めることになるだろうと述べた。

続いて日本の状況について参考になる事例としてペッパー局長は英国におけるBritish Telcom(BT)の事例を紹介した。BTがOFTEL(英国情報通信庁)に過疎地域におけるサービス維持には限界があるので、そこでのサービスに対してOFTELに援助を求めたことが数年前にあったが、実はBTは補助金を求めつつも、ビジネス面では過疎地域も十分旨みのある市場と考えていたという。つまり、大都市から過疎地域にかける電話も多いということだ。これは、NTTの問題を考える際にも援用できるだろうとペッパー局長は述べた。
ちなみに米国の場合では、非常に多くの電話会社がサービスを行っているので、この話は援用できないと付け加えた。

レッシグ教授はこの問題に関して、鈴木課長が指摘したようなネットワークへのアクセス権の問題は非常に重要であると述べ、投票権と同じようにネットワークも誰もが持つものとなるべきだと主張した。
また、田舎だから採算が合わないということは必ずしも導き出せないと述べ、貧困対策としての補助金とユニバーサルサービスの実現に向けての補助金は分けて考えるべき(貧困対策はすべきだが、このような形でするべきではない)と述べた。

鈴木課長はヨーロッパのさまざまな国々の通信会社の多様な戦略を例にとりながら、通信事業もビジネスなのだから、与えられた環境の中で適応していくのが筋であるという見解を述べ、日本でも昔は3分7円の定額制だったのがオイルショックなどを経て値上げしてきたという経緯を紹介し、IPと電話もきちんと競争できるのではないか、そのような競争環境を作るために政策側がどのような仕事ができるのかを考えていくのが(総務省の)課題であると述べた。

次に会場からの質問に移り、東京大学の岡崎氏が、ユニバーサル・サービスに関して、我が国では、NTT以外の主体による電話サービスであるRural Phone(農衆電話)が昭和38年ごろには日本の農村部の約半分に対してサービスを行っていたが、その後、電電公社がある種のレント・シーキングのようなことをしてサービスを統合してきたという事例を挙げて、ユニバーサル・サービスがNTTによって担われなければならないというのは、ここ数十年の常識からの見方であり、法律的な変更を行えば、ユニバーサル・サービスは必ずしもNTTの手に委ねられなくてもよいのではないかという問題提起を行った。

それに対して林教授(ちょうどその昭和38年に電電公社に入った)は、当時はレント・シーキングではなく「通信の一元化」と呼ばれていた、つまり通信は電電公社の下に一元的に担われなければならないという信仰のようなものが存在していたと述べた。さらに林教授は米国における状況も似たようなもので、ユニバーサル・サービスはAT&Tが担うべきというスローガンであって、決してきれいな言葉ではなく、むしろドロドロした血みどろの抗争の歴史を体現する言葉ではないかと述べた。

レッシグ教授はこの問題に関して、ユニバーサル・サービスが20世紀初頭にAT&Tのスローガンであったことは確かであるが、田舎のエリアにも電話をと言うことは、机の上に2個も3個も電話があると言う状態を解消しようという意味であり、単一の会社による通信網を構築するためのスローガンであったと述べた。それゆえ、地域で独自にサービスを行っていた会社は自分たちが通信市場から排除されることを恐れてユニバーサル・サービスの実現に反対していたのだという。
また、昨年東京に滞在していたときのエピソードとして、アップルUSのコールセンターに東京から電話できなかった(注:おそらく、日本国内から米国のToll Free Number(1-800-xxxx)が掛けられなかったことを指すと思われる)ことをあげて、真のユニバーサルサービスは実は提供されていないのではと付け加えた。

ペッパー局長は、鈴木課長が提示したユニバーサル・サービスに関しての問題について、レッシグ教授の指摘を補強する形で、ユニバーサル・サービスはAT&Tのマーケティング部が編み出した言葉であり、独占を認める代わりに(ユニバーサル・サービスを)提供するという意味合いを含んでいたと指摘した。当時は相互接続ルールなども未整備であったため、競争的な通信市場が成立していなかったのだ。
また、ペッパー局長は、競争環境の中でいかに独占を防止するかと言うFCCが取り組んできたテーマとして、このユニバーサル・サービスが出てきた当時のことは参考になるだろうと述べた。つまり、いくら競争がたくさんあっても、加入者端末レベルでの独占と言う問題は避けて通れないのだ。これは欧州における携帯電話の市場における問題にもつながっており、そこでキャリア間どうしの相互接続が重要な課題として浮上していることを考えると、(独占とユニバーサル・サービスを巡って展開された)20世紀初頭の議論にまた立ち戻りつつあるのではないか、と述べた。


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