レポート:RIETI政策シンポジウム「ブロードバンド時代の制度設計II」(2003.12.04)(その4)


■ユニバーサル・サービスとNTTの今後(その1)

司会の池田上席研究員は、ここまでの一連のレッシグ教授とペッパー局長による米国の情報通信市場・情報通信政策の議論を踏まえて、日本でのNTTの経営問題は米国よりも実は一歩先んじた問題として浮上してきていると指摘し、今後NTTの従業員の雇用はどうなるのか、そして彼らが担保してきたユニバーサル・サービスはどう維持されるのか、という問題についての見解を、林教授と中村フェローに求めた。

林教授はその問題に付け加えて、言論の多様性、そのネットワーク上で流通するコンテンツの自由な流通をどう保障していくのかという問題について(レッシグ教授らが活発に議論を進めている米国とは対照的に)日本でまったく議論が進んでいないことに強い懸念を表明した。

中村フェローは、NTTの問題はもうほとんど雇用調整問題に尽きるのではないかと指摘し、またNTTが特殊な形態の株式会社としてスタートした背景である、ユニバーサル・サービス、及び通信分野の研究開発業務については、政策的な解決をしなければいけないと述べた。つまりユニバーサル・サービスを担える担い手がNTTしかなかったので、彼らが担当するという枠組みができあがったのだが、現在はユニバーサル・サービスの領域とは何かという議論も出てくるなど、状況は大きく変化している中で、例えば地域ごとに他の会社に預けることは出来ないのか、その場合負うべき義務は何なのかについて、きちんと制度設計を行っていく必要があると指摘した。

ペッパー局長は、この日本における議論について、中村フェローの指摘したポイントが素晴らしいと述べ、米国の場合は独占的な事業者(AT&T)が居たので、彼らにある程度高い料金を許容し、補助金も出して、その代わりユニバーサル・サービスの義務を提供させていたが、通信における競争が本格化した後はもはや、この義務を負わせることは政治的に難しくなってきていると指摘した。

中村 伊知哉
(RIETIコンサルティングフェロー/
スタンフォード日本センター研究所長)

また、この問題に関して、経済学者の見解の一致するところは全体の収益から一定程度をユニバーサル・サービスに拠出するやり方が一番効率的であるという点にあるのだが、実際に米国では実現していないとペッパー局長は指摘し、次善の策として現在FCCで模索されている、二つの(ユニバーサル・サービス受益者の)コンポーネントを用いてユニバーサル・サービスを担保する案を紹介した。この場合、一つ目のコンポーネントには、収入が低く、電話サービスをまかなうことが出来ない人々のグループが入る。このグループの人たちには"LifeLine"として直接補助金、あるいは保証を与えることでユニバーサル・サービスを実現する。現在米国の情報通信市場はおよそ2000億ドル、もしかしたら3500億ドルを超える収益を全体で挙げているので、そこから考えると、この補助金(現在のところ、約7億5000万ドルと見込まれている)はたいした規模ではないと説明した。

ただし、米国と日本とでは若干環境が違う点として、米国には1400を超える電話会社が存在しており、その中には加入者数が1000以下という小規模な会社が数多くあるが、これらには歴史的に高コスト構造を是正するための補助金が元々入っているので、この種のユニバーサル・サービスのシステムにビルトインすることは容易であると述べた。
もう一つのコンポーネントを構成するのは過疎地域に住んでいる人々であるが、これに対しては、ワイヤレス技術を用いて固定通信網よりも安い通信網を構築する会社に対して補助金を支給し、彼らにユニバーサル・サービスを担保させるという計画である。

ペッパー局長はいずれにせよユニバーサル・サービスは国家的な目標であり、達成しなければならないのだが、新しい環境にそぐわない古い技術を用いて実現するよりも、より効率的な新しい手法や技術があるならば、それを積極的に採用してコストを下げることができるのだと付け加えた。

一方レッシグ教授は、ペッパー局長の発言を受けて、ユニバーサル・サービスを維持するための正確なコストについてはペッパー局長以上のデータを知らないと前置きしつつも、FCC案について、この案を実現するための検討をしっかり行えば、実現に係る政治的なコストが如何に大きくなるかが分かってくるだろうと述べ、たとえペッパー局長が正しいとしても、私はこの計画が(電話以外の)他の情報通信サービスに拡張されるとは思えない(つまり、ユニバーサル「IP」サービスではない、ということ)、VoIPが普及した社会で電話のユニバーサルサービスが実現したところで、そこに何の意味があるのか、と批判した。

ペッパー局長はそれに応えて、先頃のFCCの会議に出席した、田舎の過疎地域でワイヤレスIP通信網を構築している会社が、1平方マイル辺り8人の顧客がいれば利益が確保できるという話を紹介し、むしろサービスのコストは新技術を用いれば減少させることもできるので、レッシグ教授の批判は当たらないと論じた。

ここで、総務省の鈴木課長が日本におけるユニバーサル・サービス問題について発言した。総務省としては現状のテレフォニーを前提としたユニバーサル・サービスよりもむしろ、ユニバーサル・アクセスに関心があり、現状の制度もその方向に変えていきたいという問題意識があると述べた。つまり、ブロードバンドの普及が急速に拡大し、IP電話の利用者数も増えている中では、ユニバーサル・サービスの定義が根本的に変わる、つまりデータも音声も映像も流れる中で何をユニバーサルに提供すべきか、という問題になると指摘した。さらに、現在でもNTTがADSLのサービスエリアを全国的に提供しているわけではないことを例に、いつの時点でユニバーサル・サービスをデータ通信のユニバーサル・アクセスという概念に拡張するのかという検討も必要だと述べた。また、人口過疎地域におけるサービス確保については、既存事業者にお願いをするのではなくて、コミュニティからのイニシアチブでこれだけの人がサービスを使うと宣言した上で入札を行うというやり方が欧州などで行われていて、地元の雇用を産み出しつつ安価なサービスの提供が実現されるなどの成功を収めていることを紹介し、このようなモデルを実験的に行いながら、将来の制度設計に繋げていくという考えを示した。

これに対して、「ユニバーサル・サービス」(中公新書、1994年)という著書でも知られる林教授は、「ユニバーサル・サービス」という言葉がある種神話化してしまったという問題を提起した。つまり、テレビのスイッチを入れれば日本全国どこでも地上波放送が映るというようなイメージでこの言葉が捉えられてしまったことに問題があると指摘した。林教授は、もっとフレキシブルな意味でこの言葉を使用したのであり、電話にしても、テレビにしても、多様な手段でサービスが到達さえすればいいと言う考えを述べた。


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