レポート:RIETI政策シンポジウム「ブロードバンド時代の制度設計II」(2003.12.04)(その3)


■ペッパーvsレッシグ論争:インターネット時代の競争政策のあり方

パネリストの意見表明が一巡したところで、まず総務省の鈴木課長が議論の口火を切った。

鈴木課長は、日本のブロードバンドの劇的な普及に関して、政府の規制政策の成功が要因であると述べ、具体的にはアンバンドルとコロケーション(NTT局舎における競争事業者の通信機器設置)のルール作りとその厳格な適用、紛争処理の枠組み作りにより、競争環境が整備され、ビジネスが成功したと指摘した。ただし、このような情報通信政策についてはその時々において適切な行政対応を取ったところが成功しているという点も指摘し、例えば我が国やドイツが1980年代後半から1990年代に掛けてISDN(統合デジタル通信網)の普及を大規模に進めて成功したと言っていたが実は裏ではDSLという新しい技術が登場してきて、米国は1996年通信法でそれをうまく適合させ1990年代後半のインターネット関連の爆発的な市場拡大を導く成功を得た。その後、また技術のシフトが発生していて、今度は日本においてブロードバンドの普及が進んでいる状況ではないかと述べた。

この認識に対してペッパー局長は大変重要な指摘だと同意し、情報通信政策の難しいところは技術の将来的な伸び代をマーケットのニーズ、コスト構造などを勘案しながら正確に把握するのが困難であることだと、具体的にFCCがDSL推進を決断した頃の日米の認識ギャップを紹介しながら述べた。(米国でDSLを使って銅通信網を再生できるという計画を披露したところ2005年までに各戸に光ファイバーを敷設するという計画を持っていた当時の郵政省の高官はあっけにとられていたという)

ペッパー局長は日本の情報通信政策をISDNとDSLについて比較し、前者は具体的なテクノロジを取り上げてそれを推進する手法であったが、後者は特定技術と言うよりは枠組み、レッシグ教授の言うところのアーキテクチャの策定を政府が行い、それ以外は自由にやらせたところが違いであり、後者の成功の要因であったと指摘した。

このような手法は米国の1996年連邦通信法後の政策運営でも採用されたとペッパー局長は語った。つまり、先ほどペッパー局長が自宅の例を挙げて説明したように、全米の85%の家庭に、最低1つ(多くは複数)の線が敷設され、ブロードバンド事業者が競争する環境が生成されたのである。しかし、問題は普及率の問題ではなく、安価に利用できるかという点にある。日本はこの点で明らかに成功しているとペッパー局長は指摘した。

ロバート・ペッパー
(米国連邦通信委員会電気通信政策局長)

この点で米国の状況に話を移すと、ダイアルアップのインターネットアクセス自体は地域網の均一料金制のお陰で非常に安価に提供されているが、ブロードバンドの普及では明確に遅れを取っているとペッパー局長は率直に認めた。つまりブロードバンドの料金が高いので、ダイアルアップから乗り換えるメリットがそれほど明確ではなかったのだ。しかし、ペッパー局長は、この状況は最近、施設ベースの業者(通信事業者)とそうでない業者(ISP、ケーブルインターネット業者)の間で生起しつつある激しい価格競争により、相当程度改善されるという見込みを述べた。事実、最近値下げを発表したComcastは月額$20であり、これまで平均で$50程度であったブロードバンド市場に大きなインパクトを与えている。

ペッパー局長はモバイルの分野でも大きな技術的・市場的な革新が起こりつつあるとして、Verizonが始めようとしているCDMA-EVDOサービス(2Mbpsの定額制パケット通信サービス)(日本ではauがCDMA1xWINとして導入)を、インターネットアクセスに応用しようと言う試みがサウス・ダコタ州で始まっている等、活力のある市場環境が新しい技術によるサービスを生み出し、従来のサービスとの競争が生起してきていることを高く評価していた。

このような「政府側」の見解に対して、レッシグ教授は「今のコメントではグラスには半分しか注がれていない」と、鋭く反駁を加えた。例えば、DSLについては日本と比べて、競争はまだまだ不十分であり、NTTのDSLは昨年既に2000円台に突入していて、しかも100Mbpsのサービスをオファーしていたと語った。(※注:これはおそらくレッシグ教授の見間違いで、100MpsのDSLサービスではなく、おそらくBフレッツのマンションタイプの格安プランを見聞きしたのではないかと思われる。)またペッパー局長の家とは違い、サンフランシスコの中心部に住む私の家には1線しか引かれていなかったと述べ、そもそもインターネットの魅力に消費者を引きずり込む、アプリケーションレベルの競争が重要なのであって、そのためにはダイアルアップを行うISPが6000社もあった頃に提供されていたようなサービス競争がブロードバンドでも展開されるようにならないとダメで、その点で米国の現状は安価な普及という点で、他国に比べて明確に遅れを取っているのではないかと疑問を呈した。

これに対して、ペッパー局長は米国でも急速に競争は生起してきていると述べ、Covad社の中小企業向けブロードバンドビジネスや、ケーブル業者の家庭向けインターネットサービスの提供で、日本と同様に電話会社は激しい競争に晒されていると述べた。また、最近ではケーブルTV会社をAT&Tが買収して、DSLサービスを始めている(これまでは自社の最も収益の高い長距離のT1回線のビジネスと共食いしないためにそういうことに及び腰だったのに)など、市場にダイナミックな動きが出てきていることを指摘した。事実、ペッパー局長の家のインターネット契約は彼の家では4番目の線となるEarthlink社のもので、Covad社がVerizon施設のアンバンドルで構築したケーブルインターネット網をベースにしたISPであるという。

また、ペッパー局長は既存の通信事業者にとって、インターネットと既存ビジネスの間の共食いが懸念材料になってきていると指摘し、(中村フェローが指摘した)NTTの今後という観点からも、NTTも米国のベル系通信会社と同じようにその共食い問題に直面していると指摘した。何故なら、米国における最も有力なキラー・アプリケーションはVoIPであり、固定網からモバイルへの顧客の移動傾向と併せて、既存のキャリアの収益構造が転換期を迎えており、これはNTTでも同じである、と述べた。

そもそも、電話網を構築し運用する固定費用はその線が使われようが使われまいが一定であるのに、電話会社の料金体系は利用時間に応じて増えるという不思議な「フィクション」の上に成り立っていたが、これが、ブロードバンドの導入による常時接続体制と定額料金制の確立と、通話がVoIPにより一つのアプリケーションになったことで、電話会社の収益構造が大きく変化してきている。この構造転換は既得権を剥いでいくものであるから、政策的にも非常に難しいものであるが、いずれにせよ既定路線として米国でも、日本でもこの方向に進むであろうと予測した。

ペッパー局長とレッシグ教授の激しい討論に対して、林教授は日本側の事情として、次のような問題提起を行った。米国での通信の新規事業者は、Comcastにしても、林教授がNTT時代に取締役をしていたNexTelにしても、ベンチャーがその出発点であり、アントレプレナーシップに富んだ会社であったことが、様々な新サービスを産み出す源泉になっていたのではないかと指摘し、一方で日本の通信ベンチャーは結局の所NTTの上に成り立っている、つまり親亀の上に子亀が載っており、親亀が転けたら子も転けるという、ある意味人のふんどしに依存している構造であると指摘した。それを受けて、司会の池田研究員は
米国においては施設ベースの競争について、NTTの局舎頼みである日本と違い、米国の方が競争環境が良いのではないかとレッシグ教授に発言を求めた。

レッシグ教授は、施設ベースの競争は、確かに競争がないよりは良いと述べた。ただし、その競争の中で、ネットワーク業者がインターネットのEnd-to-Endの原則、つまりエンドユーザ自身がコンテンツやアプリケーションを作り、利用するという構造を改変しようと、(施設という)プラットフォームをコントロールしようとする動きがある場合、これは健全な競争に対しての重大な損失を招くだろうと警告した。

レッシグ教授によれば、ケーブル会社のインターネット網を用いたIP上の映画ソフトなどの配信を、ケーブルTV会社が決して認めないように、AT&Tが買収したケーブルTV業者のネットワーク上でのVoIPサービスはAT&Tのビジネスとの共食いが起きる恐れから、認められないのではないかという懸念が現在起こっており、これは上記の動きの典型例であると述べた。つまり、ネットワークを持つ側が「俺たちが施設を持っているんだから、俺たちが使い方を決めるんだ」というメンタリティを持っていることが問題なのであり、現在の懸念は少数の業者による競争が起こった場合、結果的に多様な利用形態を許容するEnd-to-Endの価値が失われてしまうのではないかという点にあると主張した。

この考え方に対し、ペッパー局長はレッシグ教授の主張は正しいのだが、ここでの議論は物理的なネットワークが各キャリアの競争的な環境を作り出せるのかということではないかと軌道修正し、言い換えれば米国におけるアンバンドル規制の話であろうと述べた。

また、レッシグ教授はFCCの政策についても読み違いをしているとペッパー局長は指摘し、電話網もDSL網も、Computer IIルールに従って、相互接続性を提供しなければならないと指摘し、また先のケーブル業者等の例は、消費者がそのような囲い込み(自らの利益への"backdoor")を許さないことから、恐れは少ないのではないかとした。

その上で、レッシグ教授の問題提起にペッパー局長は、インターネットのEnd-to-Endの原則を崩し、垂直統合の囲い込みのような行動を取った瞬間に、その業者は競争に破れることを意味する(顧客が離れてしまう)ので、持続的なビジネスモデルとは言えないとし、インターネットの将来については、これからもEnd-to-Endが大原則であり続けると論じた。

次に、レッシグ教授は1998年に米国で導入が推進された、DSLの施設利用に関するいわゆる「オープン・アクセス」の議論に言及し、同様の政策が米国では頓挫し、日本では成功した理由はまだよくわかっていないが、おそらく日本の場合、NTTが官僚的であったために、政府の命令にきちんと従ったのに対して米国はそうではなかったのではないかという議論を紹介し、またこの場にいる多くの人がマイクロソフトやインテルがネットワーク・アーキテクチャに対しての中立性を保とうとしていると考えているのではないかと述べた後で、レッシグ教授は自らの懸念として、実はFCCが中立性を本当に保ってくれるかが心配だと指摘した。即ち、例えばケーブルTV会社の従業員組合である、Cable Workers of Americaは「新しい線、新しい(業界保護)規制」をスローガンに活動を続け、FCCの中立性を脅かすのではないかということだ。

それに対してペッパー局長は米国最大のベル系通信会社であるVerizonが、End-to-Endの原則を堅持している例を取り上げて反論した。ペッパー局長がVerizonの重役と懇談する際に聞いた言葉で言えば、「私たちにはコンテンツやアプリケーションの専門家がいない」(ので、自社でやろうとは思わない)ということである。つまり、彼らはネットワークの物理層に経営資源を集中させるという戦略を採っているのだと指摘した。


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