レポート:RIETI政策シンポジウム「ブロードバンド時代の制度設計II」(2003.12.04)(その1)


■ローレンス・レッシグ教授 基調講演:情報通信における政府の役割は何か

第一セッション「通信の規制改革」の基調講演はレッシグ教授が務めた。

レッシグ教授は、規制改革を設計していく際の視座(パースペクティブ)について講演を行った。中でも強調したのが、レント・シーキング(企業の利潤最大化行動)と呼ばれる囲い込みとそれがもたらす独占の危険性についてであり、レント・シーキングを防止するためにどのような制度設計をすべきなのかに焦点を当てた。

レッシグ教授は、合衆国の草創期にジェームス・マディソンが「リパブリック」で示した規制と競争に関するビジョンを紹介し、競争を重視すれば利益団体の跳梁を防ぐことが出来るという彼の示唆は結局のところ間違いであったと述べた。つまり、重要なのは(新しい技術の適用可能性でもなく)適切な政府の規制政策のあり方であり、どこに規制による弊害があるのかを特定するという、公共選択的な問題だということだ。どの技術が勝ち残るかは市場が教えてくれるのであり、規制当局者が集中すべきは、制度変革の際に既得権益者が権益を保護しようとする行動をどのように抑制するかということになるのだ。

次に、レッシグ教授はスライドを用いて、企業がレント・シーキングに走る理由は何か、それによってもたらされる弊害を分かり易く解説した。レント・シーキングとは経済学的な定義を用いて端的に言えば、完全競争と独占状態との間の価格・供給の差を利用した利潤最大化行動である。これは消費者余剰を減少させるとともに、本来生み出されるべき社会的利益の損失、いわゆるデッドウェイト・ロス(死荷重・社会効率損失)をも発生させることになる。レッシグ教授は(師匠のポズナー教授と同様に)レント・シーキングに政府が手を貸すくらいなら、デッドウェイト・ロスが発生したほうがましだと述べた。既得権益を保護する構造が(さまざまな局面において)再生産されるサイクルこそが問題であるのだ。たとえば年に100万ドルの収益を独占事業者が得ていた場合、10年それが継続すればおよそ730万ドルの収益となるという。つまり、その収益分は、その既得権益構造を護るためのロビー活動に充てられるわけで、その間、社会は特定の既得権益者のために損害を被り続けることになるのだ。

このレント・シーキングは規制行政と表裏一体であり、無線分野におけるFCCのコマンド・アンド・コントロール式の規制手法や所有権の問題等、多方面にわたって発見することができるとレッシグ教授は例を挙げながら紹介した。所有権は一見レント・シーキングとは無関係に見えるかもしれないが、所有権という形をとった既得権益の保護に他ならないと述べた。

たとえば、著作権の観点から考えると、著作権は擁護する人が多いこともあり政府は所有権の一拡張として保護を推進しているが、これは正常なマーケットの作用を阻害することにつながるとレッシグ教授は指摘している。つまり、著作権が(ほぼ永久に)延長されることは、未来における保護が続くことを意味しており、何か新しいものを作り出すというよりは、保護が半ば当然の権利として受け入れられてしまうことになる。これはまさに著作権を用いた利潤最大化行動であり、著作権の問題が典型的なレント・シーキングであるという例証である。

ローレンス・レッシグ
(スタンフォード大学ロースクール教授)

さらにレッシグ教授は第一セッションのテーマである通信の規制改革について、レント・シーキングの問題を援用しつつ問題点を次のように指摘した。

まず、ブロードバンドの普及で日米に差がついた点については、基幹網に対するアクセスを保障する、オープンな競争プラットフォームを政府が用意したかがポイントであると指摘した。そもそもインターネットはきわめて自由でオープンなEnd-to-Endのアーキテクチャを持ち、それが多数の創造的イノベーションの基盤となってきたのに、ここ5年の米国の通信政策はそのアーキテクチャを脅かすものであったと述べた。具体的にはアーキテクチャを改変しようとするネットワーク事業者の企みや、"AOL/Microsoftization"と教授が表現するところの、物理層におけるAOL/Microsoftの結びつきの強化によって、ネットワークが自由なものから管理されたものへと性格を変化させてきたことを挙げ、これは通信分野におけるレント・シーキング行動であり、インターネットの特性を弱めるものであると非難した。

レッシグ教授は基調講演の最後に、第二セッションのテーマである無線の分野についても触れながら、もし伝統的に所有権が機能するならば、それは最適配分を実現するのだが、一方ではレント・シーキングと規制行政が結びついて既得権益の保護につながるという二つの見方が存在するとレッシグ教授は指摘した。米国のように所有権がよい物だと信じられている社会では、レント・シーキングによる既得権益の再生産が行われてしまうのであり、我々はブロードバンドのための制度転換を図る中で、その危険性をどのように排除していくのかが課題になってくると締めくくった。


RIETI 当サイト内の署名記事は、執筆者個人の責任で発表するものであり、経済産業研究所としての見解を示すものではありません。