レポート:RIETI政策シンポジウム「ブロードバンド時代の制度設計II」(2003.12.04)(その8)


■新しい無線技術の登場と、柔軟性を持った免許制度への転換

ピッチ氏が次にコメントを行った。ピッチ氏はここ最近の米国における柔軟な免許付与改革に賛辞を送り、たとえばインテルがほとんどワイヤレスのデータ交換に使われていなかった2.5Ghz帯で得た免許などの例を取り上げた。次にピッチ氏は2.4Ghz/5Ghz帯における無免許帯の成功に話を進めた。特に2.4Ghz帯は電子レンジとの干渉が問題視され、また、医療や工業用のISMバンドとして知られていたため、利用できない「ごみ帯域」とされていた。それゆえに政策的な優先順位が極めて低かったため、逆にそれ以外の用途に使われることなく存続してきたことが有利に働いたのだという。
さらにピッチ氏は最近の注目すべき無線技術の動向について取り上げ、事例としてアンダーレイ/オーバーレイ技術を紹介した。アンダーレイは別名UWBとしても知られる、ごく弱い電力の電波を幅広い帯域に拡散して通信する方式で、電力が弱いために既存の電波利用には影響を与えず、それらが想定する電波干渉レベル以下で通信を行うことができることからアンダーレイと言われるようになった。一方でオーバーレイは、まさに先ほど議論になったテレビの空きチャンネル(ガードバンド)の利用についてインテルがFCCに提案しているもので、電波の空き状況を知覚して最適な周波数を選択する無線端末によるものだ。実際、インテルの実験によればサンフランシスコでは無免許のデバイスがオーバーレイを利用してきちんとサービスレベルに達するほどの通信実績を挙げられることを示すなど十分に実用段階に入りつつあるのだという。これはGPS受信機と組み合わせてさらに長距離の通信を可能にすることで、(第一セッションで議論になった)デジタルデバイド、ユニバーサル・サービスの問題にも有益な解決策を与えるのではないかとピッチ氏は指摘した。

レッシグ教授はUWBについて、確かにすばらしいものであるが、本当にうまく通信が成立し、サービスが運用できるのかには疑問の声があるとしながらも、我々の周波数割り当ての手法は極めて非効率的であり、それを改善するのにUWBは貢献するだろうと述べた。
ただし、難しい課題がここで浮上するとレッシグ教授は付け加えた。ある通信システムに対して、どうやって周波数を割り当てようかと考える際に、(周波数が割り当てられない)別のシステムに与える影響や相互接続性を考えてしまう、つまり外部経済性がはたらいてしまうのだと指摘した。
レッシグ教授はUWBを巡るこの問題を考えるときに、競走馬を食肉用に売り渡してしまう例を引き合いに出した。この場合、明らかに競走馬を売らずそのままにしておいたほうが売り渡すよりも価値は低いはずである。(が、往々にして売ってしまう場合がある)つまり、ここには目先の利益に負けずに我慢できるかどうかという難しい問題があるのだという。レッシグ教授はそれゆえにUWBが重要だと述べた。その理由はUWBはアンダーレイとオーバーレイの双方の有効性を実証し、広帯域の効率よい簡便な利用を実現する大きな推進力になると考えているからなのだという。

ここでピッチ氏が議論を継ぎ、レッシグ教授の見解に全面的に賛成の意を表明した。午前中のテクニカル・セッションでのペーパーやプレゼンテーションで"A Future Proof Spectrum Policy"(将来にわたって耐えられる周波数政策)という題で議論をしたが、ピッチ氏は先ほどの競走馬を例にしたレッシグ教授の議論はおそらく正しく、政策当局は(ほかの選択肢ではなく)意味のあるトライアル、すなわちより多くの周波数を無免許帯とすることと、オーバーレイ・アンダーレイの可能性を追求する試みを行うべきであると述べた。
また、ピッチ氏は高出力の無線送信サービスの分野においても新しい試み、特に免許が付与された周波数においても利用できる無線技術("agile Radio")、によって効率性を追求する余地はあると指摘した。
政策担当者はUWBは3Ghz帯から10Ghz帯の免許をすでに付与されている事業者と交渉するのは難しいと言って難色を示すが、それゆえに、電波の干渉を心配する人々に(干渉は気にしなくて良いことを)実証する必要があるのだという。かねてから、ピッチ氏を含めて開発者側の人々は新しい無線技術が持つ効率性とビジネスの展開可能性に驚かされてきたところであり、それが市場で実際にどれほどのインパクトを持つのか、そのような新しい無線技術のシステムへと(無線通信の主流が)移行できるかに挑戦することが我々に課せられた課題だと述べた。

ピーター・ピッチ
(インテル コーポレーション 通信政策担当ディレクタ)

池田上席研究員がこれまでの流れを整理しつつ、制度設計にあたってのスタンスについて議論を展開した。池田上席研究員は、日本の制度設計は、総務省が正しいやり方を知っているのだから、その総務省の通りに周波数を再配分することが正しい、つまり結果を見て判断してくれということなのではないかと述べ、一方でレッシグ教授やピッチ氏が議論したような、そのプロセスについての議論もやはり重要なのではないかと論じた。加えて、池田上席研究員は制度設計というものは優秀な人が担当しなくてもきちんと機能する仕組みを考えるべきなのではないかと問題提起した。

田中氏が続けて、全体的に池田上席研究員の見解に賛成としながらも、米国の制度については、いくら優秀な人材が政策立案を担当していても、それでも分からないことがあることを前提に、情報公開や国民からの監視、といったようなシステムがビルトインされているところに特徴があると指摘した。

これらの問題提起に対して竹田氏は、自分たちが全能だとは思っておらず、市場のプレーヤーでもないと述べ、行政の役割は街で交通整理しているお巡りさんのようなものだと述べた。ただし、ペッパー局長が述べたように政治的なプレッシャーはもちろん存在するし、また既に絵が描いてあるキャンパスの上に新しい絵を描いていくというのは非常に難しいタスクであることをご理解いただきたいと述べた。

ペッパー局長は、我々は既得権益者や既にサービスを展開している事業者を相手に仕事をしているのだから、竹田部長が述べた白地のキャンパスに絵を描いているわけではないという指摘を非常に重要なものだと述べた。さらにペッパー局長は先ほどピッチ氏が言及した2.5Ghzの帯域について具体的にどのような手法で再配分を行ったかを解説した。もともと無線によるケーブルテレビの配信手段(MMDS)として使われていた帯域であった。
そもそもFCCがやったことは単純に、より技術的、サービス的に柔軟性があり、また効率的に利用できる無線デバイスに免許を与えただけなのだという。また、もしその帯域を(利用しにくいなどの理由で)低く評価している免許事業者があるのであれば、その事業者にはその帯域をより高く評価する事業者に売りやすくするようなインセンティブを与えてあげるのも政策の手段だと述べた。このようにFCCの政策はいくつかの注意深くデザインされたパッケージ群からなり、それらはマーケットの力をうまく利用してより多くの周波数をより効率的に利用してもらうために機能するのだとペッパー局長は述べた。
また、オークションを使うことで既存の免許に柔軟性を与え、新規参入を促進したり、免許を整理して大きなブロックとして再編成することも可能になると指摘した。例えば、2.5Ghz帯はこれまで一方向(配信のみ)のアナログ放送のみに使われていたが、再配分を行うことでこれは双方向になり、固定通信ではなくモバイルになったのだ。
ただし、商用・非商用の双方で提供されるサービスについてどのようにアンスクランブルしていくかについてはこれからの課題であるのだという。
そして、この2.5Ghz帯の事例を取り上げた理由は白紙のキャンバスではない状態でどのように政策をハンドリングしていくかの実例を示すためだとペッパー局長は付け加えた。

また、オークションに関して以前述べていた見解(オークションはコンピュータアプリケーションのβテストではない)について、ペッパー局長はオークションの中には相互排他的な応募者が複数存在する(通常の)オークションもあれば、中には応募者が1名しかないものもあった。この場合、FCCは彼らの投資へのリスクを勘案すれば試してみる価値があると判断して、免許を無料で発行していた。しかし、それは成功しないかも知れないし、失敗してしまうかも知れない。ただし、FCCは(参入を望む人たちに)機会を与えることを重要視しているのだと述べ、オークションをすることが目的なのではないと述べた。

これに対してレッシグ教授は、ペッパー局長の指摘した周波数の転換における意志決定の問題について追加的なコメントを行った。国防総省の高等研究開発局(DARPA)がこのような新しい無線技術(UWBのこと)が普及した際にどのような影響が出るかを考えた際に、もちろんDARPAはFCCのように、ここの周波数を開けろとか、強制的なことを言える立場にはないのだが、解決しなければならない問題はたくさん出てくると述べた。
レッシグ教授は(UWBが普及した環境では)DARPAは完全に「汚染された」電波環境を当然のこととして考えなければならないと指摘した。彼らは様々な電波環境の下でもきちんと動く、また敵に探知されない無線設備を構築しなければならない。(安全保障上の観点から言えば当然のことだ)だから、政策担当者はDARPAに対して、新規参入する民間事業者と同様に、もし(UWBのように)探知されない無線技術であるならば、周波数をどうぞ使いたいだけ使いなさいと言えばよいのだと述べた。もし周波数を使っていることがわかる(ほど出力が強い=干渉する)のであれば、UWBは規制されるのであり、これは軍隊だろうが民間だろうが、まさにインターネットがそうやって普及していったように、同じロジックで対応できると論じた。

ペッパー局長は、この干渉を巡る国防総省との問題に関して、先週、FCCは技術基準を定めるための勧告案を作ったところだと述べた。これはInterference Temperature(干渉温度)と呼ばれており、どのレベルまでアンダーレイを許すかという基準を定めたものであるが、実際には"cognitive radio"、あるいはソフトウェア無線と呼ばれるアンダーレイ用の無線技術は、TVが使用している周波数帯におけるオーバーレイと同様、元々は国防総省から出てきた技術なのだという。そして、次世代無線技術、beyond 3Gと呼ばれるものも、彼らは公式に話し合いに加わっているのだと指摘した。実際に、SPTFにはPaul Kolodzy博士がDARPAから加入しており、その理由は、SPTFが探求すべき次世代の無線技術はKolodzy博士がその先の技術的方向性も含めて非常によく分かっているからだと述べた。

ここでフロアからの質問に移り、アジアネットワーク研究所の会津泉氏が、日米の情報通新市場の環境の違いを無視して制度設計の議論をすることは危険ではないか、アメリカのように市場の失敗にしてもオークションの失敗にしても受け止めて回復する力があるような場所と、ユーザとしての企業も含めて、主体的に制度設計や紛争解決に(当局以外が)関与してくることが少なかった日本では、米国型の制度がいきなりやってきたところで無理があるのではないかと問題提起を行った。

これに対してペッパー局長は、先ほど言及したようにFCCの周波数改革は市場の力を借りている点を指摘し、高い価値を付けてくれる人に周波数を割り当てることの重要性は、高い価値を付けるような人は迅速にその周波数に対して投資を行いサービスを開始することが経験上わかってきているからであると述べた。
次に、回復力の話として、確かに新しい技術でサービスに挑戦してくれる人々が居ることは良いことだが、時折その試みが機能しないことも認識しなければならない殿下手。もし、柔軟な免許体系を保持していれば、機能しなくなった段階で、別の手段を用いてサービスを行いたい人々がFCCに免許を引き継ぐ許可を求め、新しい免許を受け取ることが出来るとペッパー局長は指摘した。これは常に新しい技術に挑戦する人々を支援する仕組みであり、FCCはその点において、(疑問の余地無く)失敗に終わった免許を引き揚げなければならないと述べた。
また、林教授が第一セッションで述べていたNextel社について、彼らは免許の柔軟性のおかげで、工業用の特殊な用途に使われていた周波数を引き継いで携帯電話の事業を開始することが出来たと指摘した。また、会津氏の指摘にあった、地理的な条件が違いを作り出すという点はその通りだと述べた。

このコメントに関してピッチ氏が、Nextel社の事例はビジネスの成否が規制当局をも説得してしまう起業家精神に大きく依存していることの好例だと指摘した。彼らはSpecial Mobile Radio Services(SMRS)というシステムの免許を引き継いで統合したが、彼らはその上でFCCにその周波数の上で新しいデジタル無線技術を用いて良いかと尋ねて許可を受け、3Gのサービスを開始したと指摘し、これは、市場の力によって適切な柔軟性を持つ周波数配分制度が機能し、さらにその周波数が高い価値を持つようになった例だと述べた。

これとは対照的に、昔のFCCは(ピッチ氏はFCCにも在籍していた)に見聞きしていたようなCommand and Control的な、限定的な用途に限った免許でサービスを行うだけであった。そのような世界と比べて、免許に柔軟性がある社会になった瞬間、周波数を限定的に利用することの機会費用が突然上昇するとピッチ氏は指摘した。このような仕組みのために、問題が政治化しやすい規制行政の世界よりもより効率的かつ優れたサービスが提供されるようになると述べた。

次に、UWBに関して、ルート(株)の真野浩氏が、電波は無秩序にした瞬間に使えなくなる特性を持っているのであり、単純にコピーレフトとは異なると指摘した上で、電波に関してのコントロール・レフト的な政策に疑義を唱えた。また、UWBに関しても、十数年前のスペクトラム拡散技術の登場時のように、何か魔法の技術が手に入ったように受け取られているが、それは違うのではないか、と述べ、確かに効率を良くするための技術としてUWBは非常に有望だが、それがシャノンの法則を乗り越えるほど革新的であるならばまだしも、それを以て既存の周波数利用に対してオーバーレイして何でも出来るんだというのは短絡的な議論ではないかという問題を提起した。

この問題提起に対してレッシグ教授は、先ほどペッパー局長が述べていたとおり、少なくとも既に実現している無免許帯においては、無秩序ではないことを前提に議論を進めてきた、つまり最低限の技術基準を満たさなければ無免許帯といえども利用は出来ないということで、従って無秩序な利用を容認しているわけではないと述べた。
ただし、最後の方にレッシグ教授が発言した、国防総省は無秩序な電波の状況を前提に無線システムを構築しなければならない、という部分について、UWBのようなシステムこそが本当に無秩序な電波状況に陥った場合に必要なシステムであることを国防総省は発見していたということが発言の真意であると述べた。また、UWBの可能性は無線技術の原理を活かしたものだとレッシグ教授は指摘した。つまり、シャノンがはじめに発見したような、帯域と電力が伝搬できる情報量に関係するという点で、これはUWBにも当てはまっているのだという。また、指摘があったように現時点ではそれほど大きな技術的な証明は出来ていないが、それはUWBの実験が許された領域が比較的狭いものであることも影響していると述べ、UWBがベストな無線システムだという理論的根拠があるために自信を持ってUWBを推しているのだと回答した。さらに、レッシグ教授はUWBの利用のあり方について、テレビの放送を行うような用途には勿論使えないが、それらの強い電波の間をかいくぐって利用するのには適していると述べ、それは効率的な周波数の利用という見地からも、ぜひとも実現されるべきだと付け加えた。

(以  上)


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