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Tsugami's Library

元高メリット、中国の理解得よ−過小評価のレートは両国に有害−

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要約

  • 財務省高官による英紙への「中国が世界にデフレを輸出している」との投稿は、中国での通貨供給拡張(リフレ)政策の有効性、中国と日本のデフレの関連性、「外圧」は中国説得に逆効果になるなどの点で疑問がある。
  • 中国の外貨準備高の急増ぶりが人民元が安すぎることを示している。しかし中国には「元高円安=中国に不利」との先入観が根強く、これが元安是正を拒んでいる。
  • 強い先入観が通貨の価格形成をゆがめる「円高シンドローム」は市場に不健全な影響を及ぼす。元高は中国にとってメリットもあることへの理解を求めていく努力が必要である。

効果疑わしい財務省高官の提言

黒田東彦財務官と河合正弘副財務官が連名で12月2日付の英フィナンシャルタイムスに「世界はリフレーション政策に転ずるべき時」と題する注目すべき投稿を行った(図表1)。両氏はその中で中国に関して、図表1の(3)のように論じた。

図表1. 黒田財務官・河合副財務官の投稿要旨

この提言はリフレーション(通貨再膨張)に向けた日米欧三極協調行動への参加が中国にとっても利益にかなうと主張する点、その手段は人民元の切り上げでなく、拡張的通貨政策の道もあるとする点など、中国説得に向けた工夫の跡はうかがえる。

しかし、まず通貨供給拡張(リフレ)政策については、以下の3点により効果は疑わしい。

中国での通貨供給拡張は有効性低い

第1は、いまの中国のデフレの原因は何か?に関連する。人民銀行にしてみれば、リフレ政策で簡単にデフレが止まるのなら、とっくの昔にそうしている、という気分ではないだろうか。

中国には「製品構造の不合理」という言葉がある。国が広く多様なせいで、一国経済の中に先進的な輸入・外資企業製品およびレベル向上が著しい一部の国産製品と、「安かろう悪かろう」の在来型国産製品が同居している。前者も設備過剰や技術革新で価格は低落傾向にあるが、後者の製品はほとんど叩き売られてデフレを加速している。

基本的には前者が後者を「淘汰(とうた)」しつつあるのだが、国が広いせいで淘汰に時間がかかる。デフレの大きな原因が供給サイドの構造的な問題に発しているので、通貨供給をいじったところで効果には限りがある。

大量の不良債権抱える金融機関

第2は、中国も金融システムに問題を抱えていることだ。大量の不良債権を抱える中、融資態度が慎重になる問題は日本と同じ。将来性のある民営中小企業への融資に取り組める金融機関も発達しておらず、金融緩和をしても資金がそこに回らず、むしろ過熱が懸念されている不動産市場や株・国債などの金融商品に資金が集中し、真性バブルを産み出しかねない。

11月上旬に米国FRB(米連邦準備理事会)がフェデラルファンド金利を0.5%引き下げたので、中国も今後これに追随する余地はある。しかし、以上の点を考えれば引き下げ幅には限りがあり、独り中国だけなりふり構わぬ金融緩和に動く可能性はほとんどないだろう。

日本のデフレは中国のせいか

第3は、もっと根本的な問題として、中国がとる金融緩和策が日本経済にもたらす効果は大したものになりえないことだ。日本も何から何まで中国から輸入しているわけではない。その輸入物価の下落が緩やかになったり、緩やかな上昇に転じたところで、それで日本のデフレは終止符を打つとは思えない。

もっと言えば、「中国がデフレを輸出するから日本もデフレになる」という認識は本当か、ということにもつながる。「デフレを輸出している」と名指しされた中国はおそらく言い返すだろう、いわく「日本の新聞には日本こそ「過剰供給能力の抜本的処理をしないまま、不振企業に小手先の債務免除などを繰り返すから『ゾンビ』企業が市場で安売りを繰り返す」と書いてある。とくに素材分野では、日本こそアジアにデフレを輸出している張本人ではないか」などと。

意味問われる為替の購買力平価評価

冒頭のFT紙投稿はリフレ政策の他に「人民元切り上げ」も検討せよと求めている。近来の財務省高官の発言を振り返ると、「ホンネはこちら」だろう。

よく「購買力平価で評価した為替レートが公定レートに比べて4.6倍も高い」ことが「人民元は安すぎる」論を裏付ける証拠だと言われる。しかし、他の国を参照すると、インドは5.2倍、ロシアは4.9倍、インドネシアは4.2倍だ。

その結果、購買力平価をもとに世界各国のGDP(国内総生産)ランキングをとると、中国は6位から2位(日本は3位)に、インドは13位から4位に、ロシアは17位から10位に、インドネシアは28位から15位にそれぞれ「躍進」する(数字は世界銀行調べ)。しかし、そこにどれだけの意味があるだろうか。公定レートと購買力平価にもとづくレートの大きな格差は、発達の遅れた大国に共通する現象なのである。

外貨準備高の急伸こそ安過ぎる元を示唆

結局、どこが適正な為替レートかはマーケットに判断させるしかないが、いまの元レートは安すぎることを示唆する兆候がある。外貨準備だ。

図表2. 一本調子で伸びる中国の外貨準備高

図表2を見ると、一見して外貨準備が一本調子に伸びていることが見て取れる。外貨準備高は当局の市場介入動向を映す鏡だ。大ざっぱに言えば、いまのレートは毎月平均50億ドル前後のドル買い・元売り介入をしてはじめて維持できているということだ。資本勘定自由化前で市場規模が小さいことを考えると、月間50億ドルの介入規模は相当大きい。現行レートでは需給がバランスできなくなっていると見るべきだ。

無理なレート維持に固執する理由

中国のような上り調子の国が現行レートに固執して際限なく外貨準備をため込むことは決して賢明な策ではない。やがて人民元を切り上げる日には大きな差損を出してしまう。また、より根本的に言えば、通貨高と通貨安には常に功罪両面がある。通貨安は輸出競争力維持には良いことだが、資産を外国に安値で売ることになるし、自国の対外投資は抑制される。無理なレートを維持することは国民経済自身にとって損だ。

中国がそんな無理をする理由はいくつか推測できる。第1は、元高で輸入物価が下がれば直撃を受ける競争力のない産業が多いことだ。農業は基幹作物の多くに大きな内外価格差があり、ただでさえWTO加盟による市場開放におびえている。国有企業の多い鉄鋼・化学などの素材産業も競争力がなく、反ダンピング措置を多用してやっと息をついている。

「元高=中国に不利」の強迫観念も

第2に、いまは第16回共産党大会が終わったものの、来年3月の国務院入れ替えを控えた政治的な端境期だ。中国はかねてからドル・ペッグ(連動)制のフロート(浮動)幅を拡大することを計画しているが、為替レートは「敏感な」政治問題だ。上記の需給状況の下で実施すれば確実に元高につながるので、実施がずっと見送られている。レームダックの中、ドル買い介入を続けるしかない人民銀行は増え続ける外貨準備にむしろ焦燥感を覚えているかも知れない。

第3の、そして最大の原因は、国民の間に元高=中国に不利、円安=中国に不利という「強迫観念」が頑として形成されていることだ。98年の円安期に「故意の円安=近隣窮乏政策」の非難の大合唱が起きたことは記憶に新しい。

そういう意識は中国経済に元高メリットを感じる分野が育っていないことにも起因する気がする。換言すれば外資企業が大挙中国に乗り込んで「輸出基地」作りに邁進(まいしん)した結果、中国の経済構造や中国人の意識にバイアス(先入観)がかかってしまったのではないか。

日中双方に有害な「円高シンドローム」

これを放置すれば将来の通貨市場に不健全なバイアスをかけるおそれがある。元の実力が大幅に向上しても過小評価のレートの維持に固執する、中国が円安を非難する姿勢が市場参加者に「円は下がるまい」との期待を形成してしまうといったバイアスだ。

ドナルド・マッキノン、大野健一両教授は共著「ドルと円」の中で、日米貿易摩擦のたびに米国政府が円高圧力を行使したことが資源配分をゆがめ、両国の経済厚生を犠牲にしたと主張し、これを「円高シンドローム」と命名した。価格形成にバイアスをかけることは今後の日本にとっても中国にとっても有害だ。

中国が日本に圧力をかける「日中版円高シンドローム」を防ぐには中国によりバランスのとれた「為替変動観」を養わせることが必要だ。そのためには中国に「それが自分の利益になる」ことを確信させることが必須だ。

中国への外圧は逆効果も

その意味で、多少の工夫はあったにせよ、今回財務省高官が「デフレ輸出」を批判して、外から元高を求めたことは非生産的だった。中国もデフレに悩まされているし、前述のとおり「デフレ輸出」を言うなら日本も他人を批判できる立場にはない。日本の要求は「中国の方でババを引け」と聞こえるだろう。そういうゼロサムゲームになれば、中国人はまず後に退かなくなる。

それに、中国は外国から圧力をかけられ、国内で「外圧に屈した」と見られるのが何より嫌いな国だ。よしんば内心必要を感じても、外から言われると、かえって応じることができなくなる。「G7(先進7カ国)の共同申し入れ」などは文字どおり逆効果だ。

元高のメリットを実感させる工夫を

中国をゾウにたとえれば、ゾウを水飲み場に連れて行っても、その気にさせない限り、水を飲ませることはできない。例えば、中国企業は今後、自前の販路開拓のため海外投資を増大させる必要がある。中国政府もこれを歓迎する姿勢だ(外に乗り出していく政策、「走出去(ゾウチューチュィ)」という)。元高は対外直接投資、証券投資を促す強いインセンティブ(誘因)だ。日本側がこういう投資を優遇・利便化する措置を講ずることをPRするのはどうか。

また、中国は中西部の開発のために円借款の供与を引き続き希望しているが、日本は財政状況から見ても、国民感情(対中円借款の人気のなさ)から見ても、これに応ずることが難しい。それなら、将来の元切り上げによる差益を見越して日本で低利のサムライ債(円建て債券)を大量に発行するよう促すのはどうだろうか。

日中版円高シンドローム防止のために、なにか「元高にもメリットはあるものだ」と実感させ「水を飲む気にさせる」名案はないものだろうか。

(日経テレコン21/デジタルコラム 2002年12月19日)

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