IoT, AI等デジタル化の経済学

第75回「『IoTへの取り組みに関する調査』調査結果」

岩本 晃一
上席研究員(特任)/日本生産性本部

はじめに

2013年4月、ドイツでは「インダストリー4.0(industrie4.0)構想」Working Group (2013)が発表され、2014年3月、米国ではインダストリアル・インターネット・コンソーシアム(Industrial Internet Consortium;IIC)が発足した。日本では、それにやや遅れ、2015年5月、「ロボット革命イニシアティブ協議会(RRI ; Robot Revolution Initiative)」 が発足したが、今では日本は独米に遜色ない水準にまで達している。

だが、そういった日本の動きのなかで、唯一、日本が独米と決定的に違う点がある。それは大部分の日本人の関心は、新しい技術動向や新しいビジネスモデルにあることである。一方、独米では、技術やビジネスの分野以外に、多くの社会科学者が参入し、社会現象を科学的に分析し、科学として情報発信しようとする専門家集団の層の厚さがある。一方、日本では第4次産業革命を社会科学的に調査分析しようとする専門家はほとんどいない。自然科学者と社会科学者は車の両輪であるが、日本で片肺飛行といってもよい。

独米では、自国の第4次産業革命の全般的かつ俯瞰的な動向を対外的に説明できる科学的かつ基礎的なアンケート調査データが存在しているにも関わらず、日本ではそのような基礎的なデータが存在しない。

もし、現在注目を集めている我が国の第4次産業革命におけるIT、IoT、ビッグデータ、AI 等デジタル技術の普及動向について、定期的な基礎データの整備がなされることとなれば、政策当局、研究機関、民間企業等、多くの関係者にとって有益であろう。工業統計などを見ればわかるよう、産業分野の基礎的な統計が、政策当局、研究機関、民間企業等において貴重な基礎的データとして使われている。その基礎データは、将来にわたって各機関から引用し続けられる。しかも日本の動向を世界に向けて発信することも可能になる。

同研究会では、過去の調査内容を詳しく把握するため、実際に調査に当たった担当者に研究会に来て説明してもらったり、ドイツのフラウンホーファー研究所やミッテルヘッセン工科大学を訪問した。

調査結果概要

大企業が中小・小規模企業と比べて、IoTへの取り組みで先行していることが明らかとなった。また、すでにIoTへの取り組みを進めている企業は、生産性の改善などでの手応えを感じ、更にその取り組みを進めていく方向にあり、今後、IoTへの取り組みで二極分化が進んでいくことが懸念される。

調査目的

本調査は、第4次産業革命におけるIT、IoT、ビッグデータ、AI等のデジタル技術の普及動向について、我が国で初めての社会科学的な観点からの基礎的なデータを整備することを目的とするものである。これまで、情報通信白書やものづくり白書など、政策に反映させるための特定の課題に焦点を絞った単発の調査は行われているものの、長年にわたって定点観測を行っているものは我が国においては乏しい。本調査が先駆けとなり、定期的な基礎データを整備していくことが今後は期待される。

調査方法

地域別、企業規模別、業種別の層別抽出法で、全産業の法人事業所から1万社・団体を標本として抽出して、調査票を2017年7月26日に発送した。約4カ月後の11月20日までに、郵送、FAX、e-mail、web入力のいずれかで得られた回答1361件について分析を行った。回答率は約13.6%であり、我が国の全法人事業所592万7000事業所(平成26年度経済センサス確報)の約0.023%に相当する。質問事項は、(1) IoTへの取り組み方5問、(2) 社内体制の整備3問、(3) 情報収集体制2問、(4) IoT投資6問、(5) 事業再編・組織2問、(6) 雇用・労働3問、(7) イノベーション11問の合計32問について、選択式(一部記述式)での回答を求めた。

また、回答を得られた法人事業所のなかから、10社のインタビューをおこない、統計データによるマクロの分析と個別のインタビューによるミクロの分析をあわせて、立体的な調査を行なった。

集計結果

(図表S1)Q1 IoTへの取組状況
(図表S1)Q1 IoTへの取組状況
(図表S2)Q2 組織幹部が経営上の重要事項を審議する場でのIoTの話題有無(左)
(図表S3)Q3 経営方針にIoTに関する記載有無(右)
(図表S2)Q2 組織幹部が経営上の重要事項を審議する場でのIoTの話題有無(左)/(図表S3)Q3 経営方針にIoTに関する記載有無(右)
(図表S4)Q4.a IoTの導入、活用上の課題
(図表S4)Q4.a IoTの導入、活用上の課題
(図表S5)Q4.b 確保が課題となっている人材
(図表S5)Q4.b 確保が課題となっている人材
(図表S6)Q5 ビジネスの継続性の為に業務プロセスの効率化やコスト削減の取組状況
(図表S6)Q5 ビジネスの継続性の為に業務プロセスの効率化やコスト削減の取組状況
(図表S7)Q6 生産性向上を目指して業務プロセスの文書化や標準化の取組状況
(図表S7)Q6 生産性向上を目指して業務プロセスの文書化や標準化の取組状況
(図表S8)Q7 IT/IoTの活用によりデータ分析や予測等においてデータの活用状況
(図表S8)Q7 IT/IoTの活用によりデータ分析や予測等においてデータの活用状況
(図表S9)Q8 IT/IoTを活用して新しい価値の提供・イノベーション創造の取組状況
(図表S9)Q8 IT/IoTを活用して新しい価値の提供・イノベーション創造の取組状況
(図表S10)Q9 新しい価値の提供・イノベーション創出の為の人材育成の取組状況
(図表S10)Q9 新しい価値の提供・イノベーション創出の為の人材育成の取組状況
(図表S11)Q10 新しい価値の提供・イノベーション創出の為の組織改革の取組状況
(図表S11)Q10 新しい価値の提供・イノベーション創出の為の組織改革の取組状況
(図表S12)Q11 IT/IoTの活用によりコスト削減の効果有無
(図表S12)Q11 IT/IoTの活用によりコスト削減の効果有無
(図表S13)Q12 IT/IoTの活用で新しい価値の提供・イノベーション創出の効果有無
(図表S13)Q12 IT/IoTの活用で新しい価値の提供・イノベーション創出の効果有無
(図表S14)Q13 現在のIT/IoTの活用内容
(図表S14)Q13 現在のIT/IoTの活用内容
(図表S15)Q14 今後のIT/IoTの活用予定の内容
(図表S15)Q14 今後のIT/IoTの活用予定の内容
(図表S16)Q15 今後のIoTの進展に向けての重要事項
(図表S16)Q15 今後のIoTの進展に向けての重要事項
(図表S17)Q16 現在のデータの活用状況
(図表S17)Q16 現在のデータの活用状況
(図表S18)Q17 既存製品・サービスにIoTを導入する上での障害
(図表S18)Q17 既存製品・サービスにIoTを導入する上での障害
(図表S19)Q18 社内のIoTに取り組む部門
(図表S19)Q18 社内のIoTに取り組む部門
(図表S20)Q19 IoT関連団体への参加状況
(図表S20)Q19 IoT関連団体への参加状況
(図表S21)Q20 IoT進展の為の補助金等の活用状況
(図表S21)Q20 IoT進展の為の補助金等の活用状況
(図表S22, S23)Q21.a 設備投資のうち、IoT関連の設備投資額の割合/b 昨年に比べて設備投資割合の増減傾向
(図表S22, S23)Q21.a 設備投資のうち、IoT関連の設備投資額の割合/b 昨年に比べて設備投資割合の増減傾向
(図表S24, S25)Q22.a 研究開発投資のうち、IoT関連研究開発費の割合/b 昨年に比べて研究開発投資割合の増減傾向
(図表S24, S25)Q22.a 研究開発投資のうち、IoT関連研究開発費の割合/b 昨年に比べて研究開発投資割合の増減傾向
(図表S26)Q23 IoT関連の研究開発は、IT研究開発の一環か独立か
(図表S26)Q23 IoT関連の研究開発は、IT研究開発の一環か独立か
(図表S27, S28)Q24.a 売上高のうち、IoT関連の割合/b 昨年に比べてIoT関連の売上高全体に対する割合の増減傾向
(図表S27, S28)Q24.a 売上高のうち、IoT関連の割合/b 昨年に比べてIoT関連の売上高全体に対する割合の増減傾向
(図表S29)Q25 従業員数の状況
(図表S29)Q25 従業員数の状況
(図表S30)Q26.a IoTの導入による雇用の変化
(図表S30)Q26.a IoTの導入による雇用の変化
(図表S31)Q26.b IoTの導入に起因する業務量の変化の増減傾向
(図表S31)Q26.b IoTの導入に起因する業務量の変化の増減傾向
(図表S32, 33)Q26.c-1 IoTの導入に伴い、雇用者数の増加した職種(左)、減少した職種(右)
(図表S32, 33)Q26.c-1 IoTの導入に伴い、雇用者数の増加した職種(左)、減少した職種(右)

分析

IoTへの取り組み方や社内体制などに関して質問項目の相関分析を行なったところ、IoTの導入状況には業種間で有意の差が見られ、情報通信業が抜きん出てIoTの導入が進んでおり、金融・保険業、建設業、製造業、運輸・郵便業、その他サービス業、卸・小売業の順に続いているという結果が得られた。同様の分析を企業の売上高別に見たところ、売上高1000億円以上の企業の多くでIoTの導入が進んでいるものの、500億円未満の企業の多くは検討段階に留まっていることが明らかとなった。

更に、IoTの導入をすでに進めている企業は更にIoTの活用を図っていくための経営戦略を練っていると見られる一方、現時点でIoTの導入に取り組む意思を示していない企業は将来的にもその方針を見直す契機に乏しく、今後、IoTを導入して生産性の向上を図る企業とそうでない企業との間の格差が広がっていくことが懸念される。

第2にIoTに関する企業活動に関してクラスタ分析を行なったところ、IoTに関する企業活動について、「生産性向上重視」「新価値創造重視」「両立戦略」「これから」のそれぞれのクラスタが抽出された。業種別にみると、製造業、建設業、運輸・郵便業、卸・小売業が「生産性向上重視」であるのに対し、金融・保険業、情報通信業では「両立戦略」を実施していることが示された。また、卸・小売業、その他サービス業では「新価値創造重視」の取り組みも実施されている。

これらの分析からIoTに関する企業活動の関係を元にした成熟度モデルを構築した。

(図表S34)IoTに関する企業活動の関係
(図表S34)IoTに関する企業活動の関係
(図表S35)IoTに関する企業活動の成熟度
(図表S35)IoTに関する企業活動の成熟度

企業においては結果としての「Q12. IT, IoTの活用で新しい価値の提供、イノベーション創出」がIoT活用の最終目的である。この目的は、手段としての「Q8. IT, IoTを活用して新しい価値の提供、イノベーション創造」および「Q11. IT, IoTの活用によりコスト削減」において実現される。「Q11. IT, IoTの活用によりコスト削減」のためには「Q5. ビジネスの継続性のために業務プロセスの効率化やコスト削減」「Q6. 生産性向上を目指して業務プロセスの文書化や標準化」が重要である。また、「Q8. IT, IoTを活用して新しい価値の提供、イノベーション創造」のためには、「Q7. IT, IoTの活用によりデータ分析や予測等においてデータの活用」「Q9. 新しい価値の提供、イノベーション創出のための人材育成」「Q10. 新しい価値の提供、イノベーション創出のための組織改革」が必要になる。さらに、「Q9. 新しい価値の提供、イノベーション創出のための人材育成」は、企業活動の基礎をなす。これらの成熟度を業種ごとに取りまとめた。

(図表S36)業種別IoTに関する成熟度
(図表S36)業種別IoTに関する成熟度

第3に従業員数から見た中小・小規模企業の回答結果と全体とを比較して中小・小規模企業におけるIoT導入の課題を検討した。その結果、経営方針にIoTについて謳っている割合が大企業と、中小・小規模企業との間では大きな隔たりが見られた。IoTを活用している企業群においては、大企業はデータ活用で新規開発、小規模企業では「顧客との関係性の向上や新しいチャネルの開発」の割合が高い。

(図表S37)従業員規模×IT/IoTをどのように活用しているか
(図表S37)従業員規模×IT/IoTをどのように活用しているか
(図表S38)従業員規模×今後のIT/IoT活用の伸び率
(図表S38)従業員規模×今後のIT/IoT活用の伸び率

IoT導入、活用の課題では、全般に「人材確保」、「設備投資・資金」が挙げられているが、小規模企業では具体的な検討が深化していないため、課題が顕在化していない。IT技術者へのニーズは企業規模を問わず高いが、中小・小規模企業では特にネットワーク技術者、データベース技術者へのニーズが高い。大企業は、データアナリスト、AI技術者のニーズが上位にある。今後の重要事項については、大企業が「IoTを推進する人材の育成」、「経営者・トップのリーダーシップ、企業のビジョン策定」が挙げられIoTに対応した経営体制の刷新を意識しているのに対し、小規模企業では「既存市場でのIoT活用展開」など、企業経営の変革にまで問題意識が及んでいないことが窺える。以上、中小・小規模企業においてはIoT導入の機運がまだ十分醸成されていないが、これは、「財政的なメリットが不明瞭」であることと「技術的にIoT導入が困難」であることが主な要因であり、中小・小規模企業のためのIoT導入支援策の拡充が望まれる。

(図表S39)IoTの取組み(Q1)×既存製品・サービスにIoTを導入する上での障害
(図表S39)IoTの取組み(Q1)×既存製品・サービスにIoTを導入する上での障害

2018年5月22日掲載

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