IoT, AI等デジタル化の経済学

第64回「人工知能AI等が雇用に与える影響と社会政策」

岩本 晃一
上席研究員

1 はじめに

2013年9月、オックスフォード大学のフレイ&オズボーンは、米国において10〜20年内に労働人口の47%が機械に代替されるリスクがあるという推計結果を発表し、それを契機として、世界中で「雇用の未来」に関する研究ブームが発生した。日本はそうした研究ブームとはほとんど無縁で、メディアが47%という数字を取り上げ、人々の不安を煽ってきた。47%という数字は本当か? という疑問が、本調査研究に取り組み始めた動機である。事実に基づいた科学的で冷静な議論が必要である。本稿では、以下の4点を述べる。

第1点目は、これまで世界中から数多くの論文などが発表され、いくつかの点が解明され、またコンセンサスが得られた内容である。現在、研究ブームはピークを越え、世界はそこから得られた対策に乗り出しつつある。これまで発表された論文などの特徴を3つ挙げると、1つ目は、科学者の良心に従い、責任を持ってぎりぎり予測可能な約20年先程度までを議論の対象としている。さらにその遙か先のどのような技術が出現するかわからない時代の空想物語を前提とした議論は見当たらない。2つ目は、論文などでは、AIやロボットといった言葉は見当たらず、「自動化(オートメーション)」という言葉でほぼ統一されている。すなわち西洋文明のなかで暮らしている人から見れば、過去、現在、未来を通じて一貫して流れている「技術進歩」とは、「自動化」であり、IT、IoT、AI、ロボットなどは、そのなかの一部の概念でしかない。3つめは、AIは人間の雇用を奪うか、といった2極対立的な議論が展開されているのは日本だけの特徴であり、論文などでは、「自動化」が進めば、「雇用の未来」はどうなるか、という「雇用の質」「雇用の構造問題」として課題設定されている。

第2点目は、「雇用の未来」の課題を、国として最も深刻に捉え、政府主導で取り組んできたのがドイツである。ドイツ人も私と同じ疑問を持ったようだが、調査研究の規模において日本の比ではない。ドイツ政府は、「労働4.0(Arbeiten4.0、Work4.0)プロジェクト」を実施してきた。「独り勝ち」と言われるほど強力な経済力を生み出している製造業分野で、もし第2の「ラッダイト運動」が起きれば、経済は壊滅的になるという恐怖がドイツ人の脳裏を横切ったのだと思う。今から約200年ほど前に英国で起きたラッダイト運動は、いまでも欧州の人々の脳裏に生々しく残り、語り継がれていると思われる。そのドイツも、2016年11月、「白書:労働4.0」White Paper Work 4.0. [2016]を発表し、調査分析は一段落ついた。いまは具体的な対策に乗り出している段階である。こうしたドイツの動向を述べる。

第3点目は、筆者が、日本企業の現場を訪ね歩き、日本型雇用の下で新技術がどのような形で導入されつつあるか、現地調査した内容である。また、当研究所では、2017年8月、1万社を対象にアンケート調査も実施した。そうした日本企業の動向も述べる。

第4点目は、以上の調査研究の結果、導出される政策である。

2 世界的なコンセンサスが得られた内容

2.1 スキル度と雇用との関係

人工知能AIなどが雇用に与える影響に関する世界的な研究の端緒となったのが、Frey and Osborne[2013] である。彼らは、アメリカに存在する職業が機械に代替されにくい性質を数値化し、各職業の自動化可能性を算出した。「社会的知能」「創造性」「知覚と操作」を、機械が人間の仕事を代替する上でのボトルネックとなる変数としてモデルに組み込み、2010年のアメリカの全雇用の代替可能性を算出した。その結果、アメリカの職業の約47%は、今後10から20年のうちに自動化可能性が70%を越える可能性があることが推計された(図1、図2)。

図1:機械が人間の仕事を代替する上でのボトルネックとなる変数の略図
図1:機械が人間の仕事を代替する上でのボトルネックとなる変数の略図
出典)Frey and Osborne [2013]
図2:2010年のアメリカの全職業の機械化可能性の分布
図2:2010年のアメリカの全職業の機械化可能性の分布
出典)Frey and Osborne [2013]

この発表をきっかけとして世界中から多くの論文などが発表された。「雇用の未来」に関する主要論文などの数は恐らく100本を超えていて、細かいものまで含めれば数百本の可能性がある。そのなかで、フレイ&オズボーンは、世界的な研究ブームの先陣としての役割は評価できるものの、その推計値は最も極端な値となっている。2016年10月、マイケル・オズボーン准教授が来日した際、「どのような意図、いかなる前提で試算したのか」と質問したところ、「技術的な可能性を示しただけ、雇用増の部分は一切考慮していない」との回答が返ってきて、拍子抜けした。ここで同氏が言った「技術的な可能性を示しただけ」とは、たとえば自動運転技術が実験室レベルでも開発されると、その瞬間に世界中の全ての運転手が100%機械に代替される可能性があるということである。

これらの論文などの分析結果により、過去の動向についてはほぼ世界的なコンセンサスができあがっている。その内容は以下の通り。第1に、スキル度が中レベルの雇用が失われ、スキル度が低・高レベルの雇用が増加している。第2に、雇用が失われる境界が、より高スキルへと移動している(たとえば、弁護士事務所での法律検索、会計事務所での経理処理、証券会社での株取引)(図3、図4)。

図3:1979年から2012年にかけての職業能力別にみた雇用割合の変化
図3:1979年から2012年にかけての職業能力別にみた雇用割合の変化
出典)Autor [2015]
図4:雇用が増加又は減少した職業
図4:雇用が増加又は減少した職業

こうした技術進歩の影響を受けた雇用の変化は、先進国での経済格差拡大の要因の1つとされている。「通商白書2017」は、「IMFでは、1980〜2006年の先進国20カ国、新興国31カ国により構成される51カ国を対象にジニ係数の変化に関する要因分解を行った結果、『格差に対する影響が最も強いのは技術革新』と結論付けている。すなわち先進国の経済格差拡大の主な要因は技術革新(IT 投資)である」と述べている。

スキル度が中レベルの職のうち、雇用が減少しているのは、「ルーティン業務の職」である。たとえば、最近進行している事例としては、①コールセンターにおいて、女性オペレーターが人工知能に、②証券会社において、株トレーダーが人工知能に(高速取引、と呼ばれている)、③弁護士事務所において、過去の判例検索が人工知能に、④会計事務所において、定型的な経理処理が人工知能に、⑤証券アナリストは、企業の決算発表を人工知能が読んで図表を作成、⑥病院において、過去の症例を学習、患者の検査結果を見て病名と治療を医師に助言、などがある。

ルーティン業務は、ロジックに基づいているので、プログラム化が容易である。人間がその業務を行う上で、高い能力を要求され、訓練に時間を要する業務であっても、ルーティン業務であれば、機械に代替される可能性が高い。一方、中レベルの職のなかでも「人と人とのコミュニケーションを要する職」の雇用は、増えている。

スキル度が低レベルの雇用が増えていることに疑問を持たれる方もいると思うが、一部の重労働などは、機械で代替されつつあるものの、人間全体を機械で100%代替するまでには至っていないので、仕事量が増えるに従って、雇用数も増えている。たとえば、トイレやビルの清掃員は、清掃に用いる道具は機械化が進んで重労働から解放されつつあるが、トイレやビルが増えるに比例して雇用者も増えている。しかし、スキル度が低レベルの業務は、機械が人間を100%代替する日は「いつか必ず」来るので、その日を境に雇用が減少に転じるだろうとされている。

2.2 国別動向と企業競争力

雇用の変化を国別に見ると(図5)、米国が最も変化が大きく、恐らく技術進歩の変化に雇用も合わせた結果なのだろうと思われる。米国において大きな経済格差拡大が発生しているのもうなずける。一方日本の雇用変化は小さい。雇用の現状維持の傾向が強く、機械で代替できる部分で人間が働いていたり、高スキル人材を養成していない。技術進歩に対して雇用状態が追従していないため、生産性低下、企業競争力低下を招いている。その背景には、雇用を企業内で守ろうとするため、機械化による効率化よりも人間による非効率な仕事を温存している可能性がある。それは、企業のイノベーションの足を引っ張り、米国企業などとのグローバル競争に負ける要因の1つになっている可能性がある。技術進歩を阻害しない「働き方改革」が求められる。

図5:EU, 日本, 米国の被雇用者割合の変化(2002-2014年)
図5:EU, 日本, 米国の被雇用者割合の変化(2002-2014年)
出典)OECDレポート [2016]

人間を機械に置き換えた結果、企業競争力が高まり、売り上げが増え、総雇用者数は増えるかもしれない。雇用者を守るために、技術進歩にも関わらず、旧態依然とした雇用形態を存続させた結果、生産性が落ち、企業競争力が落ち、リストラせざるを得ない状況に至ることもある。すなわち、機械に雇用を奪われることを心配している間に、機械化の進んだ外国企業に負けて大規模リストラになってしまう方がもっと悲惨である。工業統計を見ると、グローバル競争の結果、過去30年間で日本から電機機械がほぼ失われてしまったことがわかる。いま日本経済を唯一支えている自動車産業にもし何かあれば日本経済はどうなるのだろうか、と思うとぞっとする。自動車産業は、今後10〜20年、電気自動車(EV)化、AI搭載、3次元プリンター、所有からシェアリングへなどの大きな構造変化に対応しなければならず、数多くの部品サプライヤーのうちどこまでが対応し、生き残っていけるかわからない。

2.3 プラットフォーム・ビジネスの下での雇用

ここ数年来、米国を中心として、たとえば、 UberやAir bnbのようなプラットフォーム・ビジネスと呼ばれるビジネス形態により発生するさまざまな経済現象を分析する「プラットフォーム・エコノミー 」と呼ばれる新しい経済分析の分野が出現している。雇用との関係で重要な点は、プラットフォーム・ビジネスの下層で働く人々は、低賃金で不安定な雇用に陥り、やがてAI の普及により、機械に置き換わっていく、とされている点である。欧米では、運転手を主に移民が担っているので、自動運転車が普及して移民の仕事が失われると、欧米でさらに社会が不安定化する。欧米におけるAIによる雇用への影響の深刻さは、日本の比ではない。

一方、新技術が導入されると、それまでは労働市場に参加出来なかった人が新たに労働市場に新規参入できるケースもある。たとえば、パソコンやスマホに慣れた若者は、油まみれの工場の中で働くことはできないかもしれないが、一日中、パソコンに向かってアプリを開発することはできる。このように、失われる雇用ばかりに気を取られるのでなく、逆に、これまでの技術の下では働けなかった人々が、新たな技術の下で労働市場に参入できる、という現象も見逃してはならない。

2.4 将来推計のまとめ

それでは、将来の推計値に関する論文などの結果をまとめてみたい。
① スキル度が高レベル ; 過去の傾向がそのまま延長され、雇用増が継続する。
② スキル度が中レベル ; ルーティン業務は機械に代替されるという過去の傾向が延長され、雇用減少が継続する。かつ雇用が失われる境界が、よりスキル度が高レベルの職に移動する。「人と人とのコミュニケーションを必要とする職」の雇用は増える。
③ スキル度が低レベル ; 技術進歩により、人間の作業が機械に代替される割合が次第に増え、やがていつの日か、全ての作業が100%機械に代替するときが必ず来る。その日を境に雇用が増加から減少に転じる。
④ 成長する新しいビジネスモデルの下での雇用およびその周辺産業での雇用 ; 増加する。
⑤ 職業別に見ると、雇用が最も減少するのは製造現場である。かつてフォード生産方式が作られたとき多くの作業員が働いていたが、いまでは1本の生産ラインに数人しかいない。その傾向がそのまま延長される。
以上、雇用の減少と増加のスピードや計測の時間軸断面などの選び方に依って研究者ごとに異なる推計値が現れる。だが、このように将来の雇用の姿を推計することがほぼ可能となったため、世界は、次の段階として、将来に備えた対策に手をつけつつある。

3 ドイツの動向

3.1 「労働4.0(Arbeiten4.0, 英Work4.0)」プロジェクト

次に「雇用の未来」に政府主導で真剣に取り組んできたドイツの動向をご紹介したい。ドイツは製造業を主力産業とし、その国際競争力強化を目指してインダストリー4.0プロジェクトに取り組んでいる。ドイツでは、伝統的に労働組合が強い力を持っているため、雇用問題は、ドイツの産業競争力を大きく左右しかねない重大な問題である。

ドイツは2013年4月、全自動無人化工場を目指すインダストリー4.0構想を発表した。そのわずか5カ月後に、フレイ&オズボーンの論文が出されたため、あるドイツ人専門家によれば、「国内は一種のパニック状態になった」とのこと。こうした状況に最も敏感に反応したのは、ドイツ金属労働組合(IGメタル)と労働組合を支持基盤とする連立政権与党の社会民主党である。IGメタル出身で社会民主党の労働社会省アンドレア・ナール大臣は、「労働4.0」プロジェクトを立ち上げた。

ドイツ政府は、ZEW研究所に委託し、フレイ& オズボーンの説を、同じ前提の下で検証させたところ、米国は47%でなく9%、ドイツ12%だった。2つの試算が大きく異なる主な理由は、ある「職(job)」の「仕事(work)」を多くの「作業(task)」に分解し、1つ1つの「作業(task)」が、いつ機械に代替されるか、という検証を行い、全ての「作業」が100%機械に代替されるときに「職」が代替されるという、より緻密な試算を行ったからである。

同様の計算は、Arntz, Gregory, and Zierahn [2016]によって、OECD加盟国(21カ国)を対象とする推計に拡大された。その推計によれば、OECD平均で自動化可能性が70%を超える職業はわずか9%である。最も自動化される職業のシェアが高いオーストラリアでは12%、シェアの低い韓国では6%である(図6の上の部分)。そして、大半の職業は、自動化可能性が50%程度の職業、すなわち、職業を構成するタスクのうち、半分程度が自動化され、残りの半分は従業員が自らこなすようなタイプの職業である(図6の下の部分)。

更に、Arntz, Gregory, and Zierahn [2016]は、米国における機械代替可能性について、Frey and Osborne[2013]と同じ図を描いてみたところ、(図2)は、両側が高く中央がへこんだ形であったが、逆に中央が盛り上がり、両側が下がった真逆の形となった。そして、「機械に代替されるリスクが70%以上の労働人口は9%」となった(図7)。

以上の論文などにより、現在では、フレイ&オズボーンの推計値は、ほぼ否定された形となっている。

図6:自動化リスクが高・中程度の職業に就いている労働者の割合
図6:自動化リスクが高・中程度の職業に就いている労働者の割合
出典)OECDレポート [2016]
図7:アメリカにおける各職業の自動化可能性
図7:自動化リスクが高・中程度の職業に就いている労働者の割合
出典)Arnz, Gregory, & Zierahn (2016)

また、ドイツ政府労働社会省IAB(仕事・雇用)研究所は、2016年12月、2035年において、ドイツ国内で失われる雇用が1460万人、創出される雇用が1400万人とほぼ同数であるとの推計を発表した(図8)。また、デジタル化が直接導入されない分野であってもデジタル経済化の影響を受けて、雇用が顕著に増えることを示した。この推計値はドイツ政府の決定版ともいえるものである。また、IAB はデジタル化が進んだ企業を対象に調査し、人間も仕事も高い柔軟性が要求されるようになっていること、デジタル化が進んだ企業ほど、高いコミュニケーション能力や対人能力を持った人材を求めているという調査結果も発表した。

図8:Enzo Weber et. [2016]、IABによる将来の雇用推計値
図8:Enzo Weber et.[2016]、IABによる将来の雇用推計値
出典)Enzo Weber et. [2016]

また、フラウンホーファーIAO(労働)研究所は、「現時点では、将来を見通すことは極めて難しく、我々は推計値は出さない。推計値の数字がどうあれ、技術の進歩に対応できない人は失業する可能性がある。最も重要なことは、職業再訓練を充実化させ、失業を低く抑えることである」との見解を発表した。現時点では、将来のデジタルビジネスモデルは、まだまだ見通すことが難しく、新しい技術を現実的に実用化できるまでの時間は、費用対効果が見合うようになるまでの時間や古い機械設備と入れ替える時間、さらに今まで使い続けてきた機械設備でできるのなら、どうして入れ換えないといけないのか、という反対意見も出ることなどを考えると不確定要素が多すぎるという理由である。

IG メタルは、ドイツが国際競争力を維持するにはインダストリー4.0の推進は不可欠である。もしドイツの製造業が競争力を失えば、組合員が解雇されることになり、そうした事態に至ってはならない。だが、組合員の雇用を守るため、新しい技術の下でも働けるよう、職業訓練所を充実せよと訴えてきた。

そして、2016年11月、労働社会省は、これまでの議論の集大成である「白書:労働4.0」(White Paper Work4.0[2016])を発表し、ドイツにおける議論は山を超えた。あるドイツ人専門家によれば「今は雇用問題について冷静な議論が出来る環境にある」とのこと。

3.2 データサイエンティストの育成

ドイツでは、ミュンヘン工科大学、ミュンヘン大学、ミュンヘン専門大学の3大学において、2016年からデータサイエンテイストを養成する修士課程が設置され、第4次産業革命を牽引するリーダー人材の育成が開始されている。その修士課程を終えた若者は、2018年から社会に出て働き始める。そうした専門的な教育を受けた若者が社会に出て働き始めると、日本とドイツの差は益々開いていく、と予想される。これら3大学の教授会で、第4次産業革命を牽引するリーダー人材の育成が必要であるとの議論が始まったのは、ドイツがインダストリー4.0構想を発表した2013年4月の直後からであり、日本よりもかなり早い段階から議論が始まっていたことになる。

米国では、すでにデータサイエンティストを養成する修士課程が70以上存在する。大学によって、インターンシップに力を入れる大学、社会人向けにオンラインで受講できる授業を充実させている大学など、それぞれ特色がある。たとえばカーネギーメロン大学では、グーグル、アマゾンといった世界的な大企業がインターンシップの場を提供しており、学生は16から20カ月間という長期にわたって実地での訓練を受けることができる。また、たとえばノースウエスタン大学では製造業向けのデータサイエンスコースが用意されているなど、多様なキャリアプランに合わせて学習課程を選択できる環境が整っている。これらのカリキュラムがすでに運用されているという点、AIなどの先進技術の開発を世界に先駆けて行っている大企業が実践的トレーニングの場になっているという点で、人材育成は日本よりもかなり進んでいるといえる。新しく養成コースを作る、といった段階をとうに過ぎ、現在は、どの大学が優れたカリキュラムを提供しているかを、フォーブスなどがランキングにして紹介している。

4 日本の現場の動向

次に日本の現場の動向をご紹介したい。雇用慣行、雇用制度、雇用政策などは各国により大きく異なっているので、日本は、新技術の導入に対応する雇用環境が、ドイツとも米国とも異なっているのではないか、との思いで、現場を訪問し、インタビューを重ねてきた。日本では新しい技術が現場に本格的に導入され、かつ実績が出ている大企業製造業はまだ十数社程度しかないので、1社ずつ訪問し、日本の動向を調査した。

調査結果を総括すれば、今の日本では、人口減少・少子高齢化により現場の熟練作業員が不足し、その労働部分を機械が代替する、または多品種少量生産が増え、人間への負荷が増しているため、人間を「エンパワー」するために、新技術が現場に導入され、現場も歓迎するという形態で導入されている。1990年代、日本は工場の機械化、自動化、省力化投資が盛んだったが、今は、機械(人間)に得意な作業は機械(人間)に任せようとの空気があり、それは「人と機械の調和」と呼ばれている。ある会社の幹部は「当社のシステムのコンセプトは、『人が中心』である」と強調した。またある会社の幹部は「現場から急速に熟練作業員がいなくなっている。投資が回収できるかどうかの問題ではない。背に腹は代えられない」と強調した。企業の競争力の根源である熟練作業員を大切にしたいという思いが込められている。これが「日本型」と言えよう。

以上は大企業製造業の動向であった、日本企業全体の動向を把握するため、当研究所では、2017年8月、1万社を対象にアンケート調査を実施した。新技術導入に伴う雇用変化の質問について回答のあった213社のうち、雇用増43社、雇用減34社だった。中身を見ると、雇用増は専門職・技術職が最も多く、雇用減は事務職が最も多いとの結果であった。日本全体の傾向からいえば、専門職・技術職を大切にし、ルーティン業務の事務職を削減する方向で新技術が導入されつつあるといえる。

5 導出される社会政策

これまでに述べた世界の論文の調査分析結果から、必然的に導出される今後取るべき対策を挙げる。
① 第4次産業革命という新しい時代を牽引し、世界とのグローバル競争に勝つためのリーダーの育成である。ドイツでは、ミュンヘン工科大学やミュンヘン大学でデータサイエンティスト修士課程を出た若者が、企業のなかで幹部となり、やがて役員となって、企業を牽引することになるだろう。
② 人間でなければできない仕事を担う人材の育成である。具体的には、過去の前例を「学習」し判断するといった過去の前例の延長線上にある判断やルーティン業務はAIに代替されていくので、①過去に前例のない事柄や新しい創造的な仕事、②デジタル機器を使いこなして、データ分析をしたり、科学的な経営のサポートをする人材、③コミュニケーション能力・対人能力を持った人材、が今後、必要とされている。大きな変革の時代にあっては、過去の前例や経験だけで将来を議論できなくなってくる。そもそもそうした業務はAIに代替可能な業務なので、そこは機械に任せて、新しい未知の時代を切り開くスキルを持った人間が必要になってくる。
③ 製造現場では、過去の前例を「学習」し、計測されたデータを見て、判断するといった過去の前例の延長線上にある作業は、AIに代替されていく。熟練作業員が機械に代替される日はすぐそこまで来ている。ドイツでは、ものづくりの現場を支えてきた熟練作業員をどうするのか、深刻な課題として捉えられている。
④ ドイツでは、新しい技術が導入された際、これまでの古い技術の下で働いていた労働者の雇用を守るため、新しい技術の下で働けるよう、再教育・再訓練する必要性の認識が高まっている。
⑤ IMFが指摘しているように、IT 投資は、経済格差を生み出す最も大きな要因だが、イノベーションは企業競争力の源泉なので、格差を防ぐためにイノベーションを止めることは本末転倒である。IT 投資を通じてイノベーションを図りながら、そこから生じる格差を縮小させるために、税による富の再配分をどうするか、考えないといけない。各国のジニ係数の所得再配分の前後および時間的推移を見ると、米国は、所得再配分前に大きな格差があるが、再配分機能が弱く、かつ格差が時間的に拡大している。ドイツは、再配分前は大きな格差があるが、再配分機能が強く、格差が縮まっているものの、時系列的にみれば、格差は拡大している。日本は、時間的に格差はほとんど変化しないものの、再配分がほとんど機能せず、格差がそのまま残っている。

6 さいごに

「雇用の未来」の問題は、人口減少・少子高齢化問題とよく似ている。日本の急速な人口減少・少子高齢化は、30〜40 年前からかなりの高い精度で予測されていた。資金的に余裕のあるうちから手を打つべきだと良識派は主張してきたが、そうした声はかき消され、目の前に危機が訪れるまで、日本人は手を打たずに、ここまで来た。「雇用の未来」は、数多くの調査分析により、将来の姿は、幅はあるものの、ある程度予想され、必要な対策もほぼ明らかになりつつある。今度こそ現実の危機に直面する前に、今から真剣に取り組まないと、日本という船はますます沈むだろう。

かつて土木現場では多くの労働者が使役させられたが、いまでは建設機械が人間を苦役から解放した。自動車、飛行機、パソコン、スマホといった人間の能力を遙かに超えた機械の出現は、人間の生活を豊かにした。人間は、火という危険なものを制御し、使いこなすことで生活を豊かにしてきた。そういった術のことを「技術」と呼ぶ。その人間の営みは今後とも続くだろう。 本稿の執筆に当たっては、波多野文客員研究員(高知工科大学)に謝辞を表したい。

参考文献
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2017年10月31日掲載

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