IoT, AI等デジタル化の経済学

第50回「第4次産業革命を担う人材の育成:ドイツの動向(3)- 現地調査の概要(NO.3) -」

岩本 晃一
上席研究員

7 ミュンヘン専門大学(Hochshule Munchen; 英文University of Applied Science Munchen)

ミュンヘン専門大学は、ドイツ国内の専門大学のなかで、最大規模、最優秀とされている。先述した2つの大学が、大企業の役員クラスとなる人材を輩出しているのに対し、ミュンヘン専門大学は、開発現場の最前線で働く人材を育成し、社会に送りだしている。同大学では、2016年に、新しく下記のデータサイエンティストを養成する修士課程を設置した。

New master study program "Business Entrepreneurship and Digital Technology Management" (M.Sc. - Master of Science - Business Administration)

https://www.youtube.com/watch?v=wI7C3EwzZlY

同大学によれば、同大学の教授になるためには、民間企業での現場経験5年以上が要件となっている。その背景は、同大学では、教授が企業を訪問して回り、大学との共同開発プロジェクトを探して歩く。そして、共同開発プロジェクトの開発体制の中に学生を組み入れ、学生を指導するため、企業の開発現場での事情に精通している必要があるからである。

同大学の説明によれば、データサイエンティスト修士課程には、同大学のなかで最も優秀な学生が集まっていて、大学との共同開発に慣れている企業であっても、それらの学生の優秀さに驚いており、大学在学中にもかかわらず、共同開発先の企業から就職の誘いを受けて就職し、給料をもらいながら、大学に通うという学生が多くいるとのこと。

私から「日本ではかつて優秀と言われた大学であっても、いまは定員割れに悩む地方の大学が多くある。そうした大学にとって、有名大企業への高い就職率は学生を集める最大のアピールになるが、ミュンヘン専門大学のような教育をして就職率を上げるといった発想はなかなか出て来ないだろうし、もしそうした発想を持ったとしても、何をどうすればいいかわからないだろ」と言ったところ(*)、先方から、外国でも当校のような教育をしたいと希望する大学は多く、そうした大学とさまざまな提携をしている。たとえば、①米国カリフォルニアにある大学と提携して交換留学生の受け入れ、②当校が企業と共同開発する際に、外国の提携大学も一緒に開発に参加、③エクアドルのある大学では、当校から教授を派遣し、先方の若くてやる気のある3人の教授に、当校のやり方をコーチし、結果、その3人が当校の教育を実践できるようになった。日本の大学とこうした提携をしてもよい、と提案があった。

この提案は、とても有り難い提案である。本稿を読まれている大学のなかで、提携を希望されるところがあれば、先方につなぐので、ご連絡願いたい。

(*)日本の大学は、ほとんど全てが、大学の外に出て企業と積極的に交流することが滅多にない、と説明したところ、先方は、とても驚いていた。

8 ミュンヘン職業訓練所

職業訓練所は、データサイエンティストではなく、国家資格マイスターなど工場の現場で働く労働者を養成する機関である。同所での職業訓練は、訓練を受ければ、卒業後、40年間はその知識と経験で生活していけることを目標としている。だが、現状は、技術進歩が早く、40年間も知識と経験が持続するような時代ではなくなっているにもかかわらず、ある程度の高齢になれば、人は新しい技術を習うことがおっくうになるため、新しいデジタル技術をどのような形で職業訓練に取り入れればよいか、現在、チームを作って検討しているところ、とのこと。ただ、現在の職業訓練内容のままでよいと考える人は誰も居ないので、カリキュラムに何らかの変更が加えられることは確かである。

9 再教育・再訓練

古い技術の下で働いていた労働者を、新しい技術の下で働けるよう、再教育・再訓練を行う必要があるとの認識では、関係者の間で一致しているが、まだドイツ全体では、具体的な行動には移っていない。現在、ドイツ連邦政府雇用省において検討されている対策は以下のような内容である。

すなわちドイツにも日本と同様、ハローワークのような職業紹介所がある。従来は、そこを訪れた労働者に次の職を紹介するだけだったが、これからは、各個人に合った一生のキャリアプランを作成し、その人が、いつ、どこに行って、どのような再教育・再訓練を受ければ良いか、という再教育・再訓練に関する生涯プログラムを作成し、指導する、という内容である。

ただ、これまで職業紹介所は、そうした業務を行ってきていないため、ドイツの大学や研究所などの専門家が、企業を訪問し、企業で将来必要とされるであろう人材について調査し、その調査結果を、雇用省を通じて職業紹介所に流す、とされている様子。

一方、VW社では、「未来を掴むプロジェクト」がスタートしたばかりとのこと。デジタル化を進めれば、同社の2万5000人の雇用に何らかの影響があるので、同社の旧来技術の下で働く従業員に対し、新しい技術に関する再教育・再訓練をすることで、同社全体のデジタル化を進めて競争力を高め、売り上げや雇用を増やし、結果的に、VW社の雇用を更に9000人増やそうという計画である。具体的には、従業員に対し、1〜2週間の研修を受けさせた後、他の部署へ出す。その新しい部署で働くことが出来ればそのままとし、もし働けなくても元の部署に戻す。

だが、こうした取り組みが出来るのはVW社のような大企業だからであり、中小企業では、解雇する場合がある、とのこと。

10 さいごに

以上、3回に渡ってドイツの現地調査の概要をとりまとめたが、今後、調査の詳細について、順次公表していく予定である。

私は、大学制度が全く異なるドイツのやり方をそのまま導入するのではなく、かつて日本で原子力開発や航空宇宙開発が始まろうとしていた黎明期、大学の工学部に原子力工学科や航空宇宙工学科が設置され、若者はそこで基礎学力を習得した後、企業などに就職してOJTで実務能力を身につけていった。

それと同様、これから、ビッグデータを扱う新しい時代に入ろうとしている今、大学にデータサイエンティストを養成する学科が設置され、そこの卒業生が企業などに就職し、実践力を身につけていく、という形が、日本に合った人材育成のスタイルではないか、と感じている。

2017年6月30日掲載

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