IoT, AI等デジタル化の経済学

第15回「IoTによる中堅・中小企業の競争力強化に関する研究会(NO.2)」

岩本 晃一
上席研究員

本連載の第11回目の最後に、筆者は、"第1回目の研究会を終えた後の感想は、「やはり、中小企業へのIoT導入は難しい」の一言に尽きる。日本もドイツも未だに中小企業にIoTが本格的に導入されていない理由がわかった。単に、IoTに詳しいコンサルタントが中小企業を訪問すれば解決するようなことではない。"と書いた。

今回は、この点について、具体的に書いてみたい。全国でシャッター通りとなっている商店街との類似性を比較しながら、論点を整理する。

1 自分の会社をどうしたいのかわからない

中小企業は、「売り上げを増やしたい、付加価値を上げたい、コスト削減したい、品質を高めたい、シェアを増やしたい」などなどのニーズを持っている。だが、この動機だけでは、IoTを導入することは出来ない。何度も繰り返すようだが、IoTは単なるツール(道具)でしかない。そのため、中小企業の社長さんが、「具体的に何をどうしたいのか」をしっかりと提示してくれないと、IoTシステム供給側としては如何ともしようがない。

日本のIoTシステム供給企業は優秀なので、一旦、その目標が示されたのなら、持っている技術力を発揮して実現してしまう。中小企業向けシステムくらいなら、どうとでもなるのだ。

だが、「具体的に何をどうしたいのか」を示すことが最も高いハードルなのだ。20年、30年、同じやり方で仕事をしていれば、一体、どこが自分の会社のネックなのか、わからなくなっている。百歩譲って、自分の会社の弱点を知っていたとしよう。だが、20年、30年、何とかなってきた。だからその弱点を、新たに投資して改善しようという動機が薄くなる。

商店街を例に挙げれば、店主も、中小企業の社長さんと同様に、「売り上げを増やしたい、付加価値を上げたい、コスト削減したい、品質を高めたい、シェアを増やしたい」などなどのニーズを持っている。だが、そのために、自分の商店を、「具体的に何をどうしたいのか」がわからない。どうすれば、ユニクロのように若者が殺到する商店に変貌できるのか、わからない。

古い商店を取り壊して、ピカピカの現代的でおしゃれな商店を建てることができれば、確かに多くの若者がやって来るだろう。だが、そんな資金力はない。あくまで、いまの古い商店を前提に、どう改良すればいいか。それを考えないといけないが、そのアイデアがないのだ。

中小企業にしても、社屋や工場を全て取り壊し、最新鋭の工場に立て直すことができれば、確かに競争力が上がる。だが、とてもそのような資金力はない。従業員は、ピカピカの最新鋭の設備を使いこなすのがなかなか難しい。あくまで、今の企業の保有資産を前提に考えないといけないのである。

日本の中小企業の多くは、系列の傘下にいて、長い期間、受け身で仕事をしてきた。言われたことを忠実にやってきたのである。そのため、自分の会社を変革するために、どうしたいか、という自主的に考えるという習慣がほとんどなかった。いきなり、自分で考えて答えを言え、と言っても、なかなか出来ない。恐らく、IoT導入にしても、じっと待っていれば、親企業からの指示で、導入させられることになるのではないか、と考えている中小企業が多いように思える。ここでもまた「受け身」の姿勢が現れているように思える。

2 社内の事情を勘案しながら社長自身が決める

第三者は、中小企業に対して、いろいろなアイデアを示すことはできるが、そういった多くのアイデアのなかから、どれを選ぶかは、中小企業の社長さんが自分自身で決めないといけない。床屋に行って椅子に座っていれば、散髪屋が勝手に髪を綺麗にしてくれるのとは違う。中小企業の社長さんが、何もしないでじっとしていると、誰も呼ばないのに、お節介なIoTシステム供給企業が勝手にやってきて、自分の会社に最適なシステムを見つけてくれて、自動的に導入してくれるのではない。

その最も大きな要因は、IoT導入は、社内の体制、従業員の教育訓練、多能工の育成など、同時に社内に大きな変革をもたらすことにある。IoTは、単なる1つのツールでしかなく、IoT導入と、社内の体制、従業員の教育訓練、多能工の育成などを一緒に実施して初めて効果を現すのである。その社内事情は、第三者にはわからない。社長さんにしか事情はわからないし、社内の体制、従業員の教育訓練、多能工の育成などは、社長さんでないとリーダーシップを持って従業員を引っ張っていけない。

また当然ながら、そうした社内改革は、資金力をも必要とする。会社の懐具合と相談しながら、IoTを用いて「具体的に何をどうしたいのか」を示すことができるのも、社長さんだけである。

3 労働集約的な生産活動を前提にIoT導入を考える

大企業の生産ラインでは、機械化が進み、人間はほとんどいない。付加価値が高い製品を大量に生産しているため、人件費よりも機械化した方がコストが安いからである。だが、中小企業の生産ラインでは、機械化、自動化が進んでなく、職工がものづくりをしている。すなわち、労働集約による生産活動が行われている。その理由は、大企業と丁度さかさまである。すなわち、機械化投資しても回収できない。人件費の方が安いのである。

こうした事情から、IoT導入に当たっては、生産ラインの機械化、自動化を前提にしない。あくまで労働集約的な職工による生産を前提にしなければならない。そもそも生産が「ライン化」していない。この前提もまた、とても高いハードルである。世界中のどのIoTであっても、機械化、自動化を前提に、IoT導入のビジネスモデルが組み立てられていて、労働集約的な現場は、IoTの前提とはなっていない。機械化、自動化されているからこそ、そこからデータを集めることが出来るのである。

本連載の第11回目の最後に、筆者は、"これまで日、独、米において、IoT を使えばこんなことができるという新しいビジネス形態が提案されてきたが、そういったビジネス形態のジャンルとは全く違った利用形態を最初から考え出さないといけないのではないだろうか"と書いた理由は、ここにある。

4 システムエンジニア同士の共通言語を持たない

中小企業には、通常、システムエンジニアがいない。確かに、ある程度のIT化はなされているが、それはパッケージソフトを買ってきて使っているにすぎない。自社のためにシステムを開発し、システムを運用し、日々、更新するといった業務はほとんど行われていない。

本連載の第10回目の記事に、日本の経営者はIT投資をさほど重要とは考えないため日本企業はなかなかIT投資を行わない、もし行ったとしても、企業の売り上げを増やす方向ではなく、コスト削減や人員削減の方向で投資をするため、企業の業績を上向かせる方向に働かないとされていると書いたが、それは中小企業にも浸透している。

そのため、IoTシステム供給企業が中小企業を訪問しても、システムエンジニア同士が持つ共通言語を持たないために、言葉がなかなか通じないのである。

5 「プラットフォーム」への期待

だが、研究会委員の方々の熱意ある活動により光明が見えつつある。それが本当の光になるかどうかは、まだ議論を続けてみないとわからない。

日本の製造業の中小企業が抱える状況は、上述した内容とほぼ共通している。みんな抱えている事情は同じなのだ。もし本研究で1社でも成功すれば、それが全国の全ての中小企業の課題を共通に解決する「プラットフォーム」になる可能性がある。一旦、「プラットフォーム」が開発できれば、導入する中小企業ごとに細かい部分を調整して、カスタマイズすればよいだけである。

2016年5月20日掲載

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