IoT, AI等デジタル化の経済学

第11回「IoTによる中堅・中小企業の競争力強化に関する研究会(NO.1)」

岩本 晃一
上席研究員

先日、筆者が主宰する第1回目の標記研究会が開かれた。これから、日本の中堅・中小企業にIoTを普及拡大させていくにはどうすればいいか、約1年をかけて研究していくこととなった。今後、この研究の動向を紹介しようと思う。

1 研究に着手した背景

今、新聞には、毎日のように、どこかの企業によるIoT導入に関する記事が載る。だがそれらは例外なく大企業である。私の知る限り、日本の中堅・中小企業において、生産現場に本格的なIoTシステムを全面的に導入したという事例は1社もない。その事情は、ドイツでも同じである。

今年3月にドイツの現地調査を行った際、ドイツには生産現場に本格的なIoTシステムを全面的に導入したミッテルシュタンド(中小企業)は一体何社くらいあるだろうかと関心を持っていたが、ほとんど存在しない、ということがわかった。

また、今のドイツでの最大関心は、1)インダストリー4.0が雇用にどのような影響を及ぼすか、2)インダストリー4.0をミッテルシュタンドに如何にして普及させるか、3)インダストリー4.0を用いた新しいビジネスモデルとはどのようなものか、という3点であるということもわかった。

日本もドイツも、中小企業は全企業数の99.6〜99.7%を占めていて、正に中小企業が国家経済を支える国なのである。そのため、両国において、中小企業へのIoT普及の程度が、その国でIoTが成功したか、失敗したか、という評価になると言っても過言ではない。

一部のドイツ人は、早くから中小企業対策の重要性に気づいていたようだが、全てのドイツ人が、この点に気づいたのは、まだ最近である。2013年4月に発表されたレポート"Industrie4.0 Working Group, Recommendations for implementing the strategic initiative INDUSTRIE4.0, Final report of the Industrie4.0 Working Group, April 2013"のなかには、「雇用問題」「ミッテルシュタンド」「新しいビジネスモデル」といった項目は出てこない。2015年4月に発表されたレポート"Ergebnisbericht der Plattform Industrie 4.0, Umsetzungsstrategie Industrie4.0, BITKOM/ VDMA/ ZVEI, April 2015"の中に、ようやく、「雇用問題」と「新しいビジネスモデル」という項目が見られるが、依然として「ミッテルシュタンド」の項目はない。ドイツ連邦政府により、中小企業向けにデジタル技術を普及させようとする「Mittelstand Digital」プロジェクトがスタートしたのは、2015年に入ってからである。だが、その政策の規模を見れば、ドイツ政府の本気度がわかる。

日本でもドイツでも、中小企業にIoTが導入されていない要因は、「よくわからない」の一言に尽きると言って良い。「よくわからない」には2通りの意味があり、1つ目は、「技術が難しくてよくわからない」であり、もう1つは、「自分の会社にどのようなメリットがあるのかよくわからない」という問題である。

ドイツは、そのハードルを越えるために、テストベッドを中小企業の参加の下で共同開発することにした。ドイツでは、連邦政府が予算を支出するかたちで、「ミッテルシュタンド4.0プロジェクト」が進められている。それは、インダストリー4.0を組み込んだ中小企業向けの生産ラインを作り、周りの中小企業に研究開発に参加してもらって技術ノウハウを蓄積してもらい、また開発に参加しない中小企業にもデモ用生産ラインに来訪してもらって、触って、使って、その良さを実際に体感してもらおうというものである。それを、去年末から本年始にかけて、全国に5カ所作った。最終的には全国三十数カ所に作る予定としている。しかも、国が補助金を出すだけでなく、企業同士が自主的にテストベッドを開発する地域もあり、テストベッド方式が国全体に急速に広がりつつある。

2 研究の内容

日本においても、中小企業へのIoT普及の重要性が国家レベルで議論され始めたのもまだ最近に過ぎない。テストベッドを開発するような予算がない当研究所では、効率的に、テストベッド方式に近い効果を上げられる手法として、ケーススタディを積み重ねる方式を採用することにした。

すなわち、我が国において典型的な業態で業務を行っている中堅・中小企業数社をモデルケースとし、主要なIoTシステム提供企業が、中堅・中小企業の現場を実際に訪問し、どの工程にどのようなシステムを導入すれば、どのような効果があるのか、中堅・中小企業に導入可能なシステムを検討する。モデルケースを積み重ねることで、中堅・中小企業への導入に相応しいIoTシステムを提案するとともに、導入に当たっての課題を抽出し、政策提言を行う。研究期間は約1年程度を想定するが、もし追加的検討が必要な場合は、期間を延長し、モデルケースを増やして検討を継続する。

すなわち、研究会のミッションは、
1) そのモデルケースの企業に適切なIoTシステムはどのようなものか。
2) 導入効果はいくらか。出来れば数字で出す。
3) 投資対リターンはいくらか。
をそれぞれのモデルケースについて、明らかにすることである。

上述したように、日本もドイツも、中小企業の生産現場に本格的なIoTシステムを全面的に導入したという事例は1社もない。そのため、当研究会は、パイオニアとしてさまざまな壁に突き当たるだろう。だが、その壁を乗り越えて進まないと、我が国におけるIoTは、大企業だけを潤して、はい終わり、となってしまい、99.7%の企業の生産性を高めることなく、IoTは失敗したと言われかねない。IoTによる恩恵は、全国津々浦々にまで広がらなければならない。

3 研究会への参加者

当研究会にご参加頂いた委員は以下の通りである。

<モデルケースとなる中小企業>
青木和延 株式会社日東電機製作所取締役社長
正田勝啓 株式会社正田製作所代表取締役会長
金森良充 株式会社ダイイチ・ファブ・テック代表取締役
鈴木清生 株式会社東京電機技術グループ新エネ開発チーム課長

<IoTシステム提供側>
高鹿初子 富士通株式会社ものづくりビジネスセンターものづくり革新ビジネス推進部
藤田英司 三菱電機株式会社 FAシステム事業本部 e-F@ctory戦略プロジェクトグループ専任
野末直道  三菱電機株式会社 FAシステム事業本部 e-F@ctory戦略プロジェクトグループ専任
角本喜紀 日立製作所産業・流通ビジネスユニット企画本部研究開発技術部長

<識者>
澤谷由里子 東京工科大学コンピュータサイエンス学部教授
木本祐司 トーヨーカネツ株式会社特任顧問(前ジェトロ・ベルリン所長)
久保智彰 ロボット革命イニシアティブ協議会事務局長
山路薫 日刊工業新聞社茨城支局長・茨城産業人クラブ事務局長

4 第1回目の研究会を終えた感想

詳細は、これから順次連載していくが、第1回目の研究会を終えた後の感想は、「やはり、中小企業へのIoT導入は難しい」の一言に尽きる。日本もドイツも未だに中小企業にIoTが本格的に導入されていない理由がわかった。単に、IoTに詳しいコンサルタントが中小企業を訪問すれば解決するようなことではない。これまで日、独、米において、IoT を使えばこんなことができるという新しいビジネス形態が提案されてきたが、そういったビジネス形態のジャンルとは全く違った利用形態を最初から考え出さないといけないのではないだろうか、とさえ感じた。

これから研究会メンバーが実際に中小企業の現場を訪問して、議論することとなった。その熱意に感謝したい。

2016年5月9日掲載

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