IoT, AI等デジタル化の経済学

第4回「IoT/インダストリー4.0が雇用・経済に与える影響に関するドイツにおける研究の最新状況 (NO.1)」

岩本 晃一
上席研究員

2016年3月、ドイツ南部の各地を訪問しながら、IoT/インダストリー4.0が雇用・経済に与える影響に関するドイツにおける研究の最新状況について、同分野の専門家にインタビューして回った。今後、数回に分けて、調査結果を報告する。今回はその第1回目であり、全体の総括とりまとめである。

調査先; Stuttgart Fraunhofer IAO, Munchen TUM, Munch Scool of Management, Giessen THM, Munchener CREIS, Acatec

こうしたドイツ現地調査を行った問題意識は以下のとおりであった。

今、我が国では、人間の仕事の47%が機械に取って代わられるというハーバード大学の分析が毎週の如くテレビなどで放映され、人々の不安を煽っている。IT技術が進化すれば確かに消えていく仕事はあるかもしれないが、新しく生まれる仕事もあり、それらをバランスをとって論じなければ片手落ちである。将来の雇用の姿について、正確なビジョンを提示する必要がある。

また、現在、日本政府は、成長戦略の主要な柱として、「IoTによる生産性革命」を挙げているが、IoTにより生産性、付加価値、売上高などがどのくらい増加し、経済成長率がどのくらい上昇するのか具体的な数字がない。

この分野について、ドイツは日本より3〜4年研究が先行している。なぜなら、IGメタル(金属労働組合)や、それを支持基盤とする社会民主党が、雇用問題に真剣に取り組むよう主張してきたこともあり、Arbeiten4.0プロジェクトが実施されてきた。雇用問題は、ドイツにおいてインダストリー4.0の主要テーマとなっており、研究者の層も厚い。そのため、ドイツの最新の研究動向について調査することが目的であった。また、現在、日本の労働組合は、IoTに関して具体的な声明を発表していないが、日本の経営者は、ドイツのIGメタル(金属労組)の動向について、深く注視している。ドイツのIGメタル(金属労組)はどのような言動を行っているのか、それを調べることも目的の1つであった。

日本もドイツもIoT/インダストリー4.0が本格的に導入された事例はほとんど皆無である。そのため、将来の雇用・経済に与えるインパクトに関する分析を行うに当たり、ドイツでは、いかなる前提を置いているのだろうか。そして、どのような分析手法を用いているのだろうか。その分析結果はどのようなものか。以上が具体的な質問内容であった。

ドイツ側の回答内容は、人によっては多少の幅はあるものの、説明内容はほぼ一致していた。そのため、以下に述べる内容が、現在のドイツにおける議論の内容であると理解してよいと思われる。

インタビューに対する返答内容をとりまとめてみると、以下の通りである。

  • ハーバード大学が47%の人間の仕事が失われるなどと発表しているが、それらは、人間の仕事は何でも自動化できると妄想している者の根拠のない数字である。インダストリー4.0に責任を有するドイツ人は、そうしたいいかげんな根拠のない数字は一切コミットしない。
  • ドイツでは当初、インダストリー4.0が工場を全て自動化できるような発表をしたが、それは間違いだった。
  • これまでの研究によれば、歴史的には上層と低層の仕事はむしろ増え、中間層の仕事が減少してきた。また、中間層の仕事のうち、減少してきたのは、「ルーチン的な事務」であり、「創造的で人と人とのコミュニケーションが必要な仕事」は増えてきた。IT化が更に進んでも、この傾向は今後とも続くと思われる。
  • 単純作業は、その業務内容が変わる。そのため、業務変化に対応できる者もいれば、対応できない者も出てくる。更に、これまでの業務に対応できなかった者のうち、新しい業務に対応出来る者が出てくる。
  • だが、数字を出すことよりも、IoT/インダストリー4.0導入による将来の新しい業務内容を想定し、今の雇用者が新しい業務の下で働けるよう、職業訓練所の内容を充実させることが最も重要。ドイツは、いま、この点に最も注力している。
  • ドイツは日本よりも出生率が低く、移民を毎年10万人入れても生産年齢人口が減少する。 IoT/インダストリー4.0は少なくとも生産年齢人口の減少分を自動化によって補うことを基本としている。
  • 新たに生まれる仕事は、IoT/インダストリー4.0を用いた新しいビジネスモデルに依るが、現在、デルファイ調査やインタビュー調査により新しいビジネスモデルを予想しようと努力しているがとても難しく、明確になっていない。 そのため、IoT/インダストリー4.0を用いた新しいビジネスモデルは、「まるで水晶玉をのぞき込むようだ」といわれている。
  • グーグル・ドイツ社長に「20年後の貴社の雇用形態はどうなっているか」とインタビューしたところ、「20年前、この世に存在していなかったグーグルが、どうして20年後を予想できるのか」と返された。この言葉がこの分野の研究の難しさを現している。
  • IoT/インダストリー4.0による生産性向上や経済成長への寄与など、経済的な影響も新しいビジネスモデルを想定することが前提であるが、同様に現時点で、明確になっていない。アンケート調査票に書かれた数字を単純に集計し、発表している程度。
  • IGメタル(金属労働組合)は、最近、女性が代表となった。彼女は、ドイツの産業はインダストリー4.0を推進しなければ競争力が失われ、雇用にとって悪影響が出ると考え、積極的にインダストリー4.0に関するさまざまな検討会に参加し、IGメタルにとって好ましい制度設計にしようと努めている。
図表1:スキルの持つ比率(横軸)と雇用数の増減(縦軸)の関係
図表1:スキルの持つ比率(横軸)と雇用数の増減(縦軸)の関係
出典)アーノルド・ピコ(ミュンヘン経営学校教授)作成のプレゼン資料から
図表2:上層、中層、下層ごとに分けた仕事の各国別の雇用者数の増減の状況
図表2:上層、中層、下層ごとに分けた仕事の各国別の雇用者数の増減の状況
出典)アーノルド・ピコ(ミュンヘン経営学校教授)作成のプレゼン資料から
図表3:上層、中層、下層ごとに分けた仕事の雇用者数の増減の状況
図表3:上層、中層、下層ごとに分けた仕事の雇用者数の増減の状況
2016年4月4日更新

(追記)

2016年4月 4日付、第4回連載「IoT/インダストリー4.0が雇用・経済に与える影響に関するドイツにおける研究の最新状況 (NO.1)」のなかの図表1〜3において、スキル度が低レベルの就業者が増えていることを示した。その後、何人かの方から、具体的な職業の内訳について質問を受けたため、ドイツに問い合わせていたところ、以下のような回答を得た。

すなわち、時代とともにサービス化が進み、消費者のきめ細かい配送ニーズに応え、安全を守り、高齢化に対応するなどの仕事は増えていて、容易には機械に代替できないということ。

Please note that the data of that graph covers the United States only. The low paying jobs typically include occupations and activities such as simple sales and logistics, security and protection, construction workers, simple services in health care, and the like. Such jobs involve changing situations and demand a certain manual and/or personal dexterity and experience (including tacit knowledge) so that these activities cannot easily be transferred to technical systems. David Autor offers valuable explanations of these curves in his paper from 2014.

As you may know, similar studies on European countries have been made and they show similar tendencies.

I enclose the paper by Goos et al. (2014) that deals with the polarization issue using data from European countries. As you can see on Table 1, low paying jobs in this investigation include the following occupational groups:
Laborers in mining, construction, manufacturing, and transport
Personal and protective service workers
Models, salespersons, and demonstrators
Sales and service elementary occupations

On Table 2 you find the comparison of several European countries regarding the development of low, middle and high paying jobs during the period mentioned.

Table 1: Levels and Changes in the Share of Hours Worked, 1993-2010
Table 1: Levels and Changes in the Share of Hours Worked, 1993-2010
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出典)Explaining Job Polarization: Routine-Biased Technological Change and Offering, Maaten Goos, Alan Manning, and Anna Salomons, American Economic Review 2014, 104(8), 2509-2526
Table 2 Initial Shares of Hours Worked and Percentage Changes over 1993-2010 (by country)
Table 2 Initial Shares of Hours Worked and Percentage Changes over 1993-2010 (by country)
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出典)Explaining Job Polarization: Routine-Biased Technological Change and Offering, Maaten Goos, Alan Manning, and Anna Salomons, American Economic Review 2014, 104(8), 2509-2526
2016年5月2日更新

2016年4月4日掲載

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