IoT, AI等デジタル化の経済学

第3回「中小企業へのIoT導入はつくづく難しい」

岩本 晃一
上席研究員

日本の中小企業へのIoT導入はつくづく難しいなあ、と最近、感じている。

まず、ほとんどの中小企業は、IoTなどという得体の知れないものに近づこうとしない。いまのままでも何も困っていないのに、得体の知れないものに手を出したばかりに会社が大変なことになったら、困るからだ。

まあ、そうはいっても、世の中でIoTがよく噂されているいるので、講演くらい聞いてみようか、メーカーに来てもらって先方の提案くらい聞いてみてもいいか、いやなら断ればいいだけだから、とまで考えるような新しいもの好きで好奇心を持った社長がいる中小企業は、ざっと数百社に1社程度だろう。

だが、ここからが大変である。

よく言われることだが、IoTとは、企業が抱える課題をIT技術で解決しようとするものだ。IoTはあくまで手段であって、IoTを導入すること自体が目的ではない。IoTを提供しているメーカーは、これまで自社が納入した事例を先方に説明することはできても、それが相手の求める解決策とは一致しないのが通常だ。

ところが、中小企業は、自分の抱える課題が一体何なのか、それがわからないのだ。いくつか事例を挙げよう。

A社は、受注を紙に書いて壁一面に貼り付けている。生産計画は、工場のベテラン作業員が、その壁を、ぐっと眺めて決める。急な受注があったり、納期が延期されたりして、生産ラインを変更する際も、ベテラン作業員が、壁をぐっと眺めて変更する。この企業にとっては、それが長年行われてきたことであり、それが解決すべき課題だという認識はない。すると当然ながら、受注管理をIT化しようという発想も生まれない。

B社は、購入した部品や原材料を、倉庫に整理整頓して保管せず、工場内の生産ラインの空きスペースに乱雑に積み上げている。作業員は、その積み上げた山のなかから、自分が使う部品や原材料を探し出して加工する。恐らく、二重、三重の発注があり、余分な在庫もある筈だ。だが、その工場では、その方法が長年行われてきており、誰も疑っていない。それがIT化により解決する課題であるという認識を誰も持たない。そうすると、その企業から、IoTの発注は生まれない。

C社は、生産した部品を、人間がノギスで測って紙に記入している。その作業を自動化し、データをIT機器に記憶させれば、もっと効率化されると思うのだが、その企業では、その方法が長年行われてきていて、誰も疑問に思わない。したがって、その企業からIoTの発注は生まれない。

D社は、鉄を加工する鉄工所である。工場は数十年前に作られ、当時とほほ同じ作業が今も継続している。鉄の加工作業は、ほぼ全て人間が行い、鉄を持ち上げたり、鉄を移動させるといった作業のほぼ全ても、多くの男たちが力を合わせて行う。工作機械に鉄を設置するのも大勢の男達がよいしょと持ち上げ、加工された鉄を工作機械から移動させる際にも大勢の男達がよいしょと持ち上げる。次の工程に移動する際にも大勢の男達が台車に乗せて押す。長年経つと工場のなかに色々なものが溢れ、最近、D社は、手狭になった工場から新しく建設する広い新工場に移管することにした。D社の現場で働くエンジニアたちは、新工場では、重量のある鉄をもはや人間で持ち上げるのではなく、ロボットで持ち上げ、台車で移動させるのではなく流れ作業にしたいと希望している。エンジニアたちは、最近、現場で働く有能な作業員を見つけるのは大変で、もし新工場でも旧工場と同じ作業方法を継続するなら、人が見つからないのではないかと懸念している。新工場に自動化ラインを導入できれば、それぞれの機械にセンサーを取り付けてデータを収集して「見える化」が可能となり、また各機械をネットで結ぶことによりIT技術により色々な制御が可能になるので、そうした自動化・IoT化された最新式の工場にしたいと望んでいる。だが、本社の管理系ラインの人々は、D社の競争力の源泉は、熟練作業員の経験と勘にあると信じており、新工場に、ロボットや流れ作業といった自動化・オートメーション化を導入すること、ましてや効果がよくわからないIoTを導入することに極めて否定的である。D社は、アベノミクスによる円安効果により多くの内部留保が生まれており、資金的に困っている訳ではない。そうした内部留保が生まれたからこそ新工場建設に踏み切ったのである。

このように、中小企業自身が、この課題をIoTで解決したい、というところまでに至らないと、IoT導入はなされない。

私は、こうしたいくつかの事例を見て、商店街で見た光景と同じだと思った。最近、どの地方都市に出張しても、中心市街地や駅前商店街などと言われる商店街は、シャッター通りになっている。なぜこうなるのか、それは、客のニーズが時代とともに変化しているにもかかわらず、商店が20年前と変わらないからだ。商店主は、自分が解決すべき課題がわからないのだ。20年間、同じ事を続けていたら、一体、自分の店のどこが問題なのか、何をどうすれば再び客が来てくれるようになるのか、わからない。そうこうしているうちに、売り上げが落ちてシャッターを閉めることになってしまう。

小売業分野を見ると、客のニーズに応えた新製品を定期的に打ち出し、客を引きつける魅力ある店舗を開発している商店は、売り上げが伸びている。だが、20年前と同じことを今も行っている商店は、客足が遠のいている。すなわち、勝ち組と負け組の差が大きく拡大しているのだ。

恐らく、これから工業分野でも同じ現象が起きるだろうと予測している。新しい技術を積極的に取り入れて変わり続ける工場は、益々競争力が増していくだろう。だが、20年前と同じことをやっている工場は、やがて競争力を失っていくに違いない。

2016年4月4日掲載

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