中国経済新論:中国の経済改革

中国における経済政策を巡る論争
― 優先すべきは景気対策か、それとも構造改革か ―

関志雄
経済産業研究所

中国では、成長が鈍化する中で、景気対策が必要であるという声が上がっている。その一方で、景気対策よりも構造改革を優先すべきだという意見も多く、両陣営の間に論争が起きている。「景気対策優先派」は、経済が一旦減速すると、経済体制改革や構造調整、金融リスクの防止と解消などが困難となり、経済と金融の安定だけでなく、社会の安定も確保できなくなることを懸念し、早急に拡張的財政・金融政策を実施すべきだと主張している。これに対して、「構造改革優先派」は、景気対策の実施により投資効率が低下し、物価の高騰と資産バブル膨張に伴い貧富格差が拡大するなど、その弊害が大きく、また構造問題の解決を先延ばしにすれば、潜在成長率が一層低下し、その代償が極めて大きいことを警告している。

景気対策優先論

景気対策優先派の代表格は、中国社会科学院の学術委員を務める余永定氏である。余氏は、景気減速が進む中、経済の安定を保つことが、中国経済において最重要課題であり、拡張的マクロ経済政策を確実に実行しなければならないと主張している(周艾琳「余永定氏の単独インタビュー:中国には拡張的財政・金融政策の同時実施が必要で、中央銀行(の政策)は為替レートと住宅価格に左右されるべきではない」『第一財経』、2019年1月1日)。その要旨は次の通りである。

まず、2018年の経済成長率が当初の期待を下回った原因は、主に2016年以来の行きすぎた緊縮的マクロ経済政策にあった。中国は2019年に拡張的財政政策を行うと同時に、適度な金融緩和策を打ち出せば、2019年に景気の減速が避けられるはずである。

過去40年以上の経験が示しているように、一定の経済成長率を保たない限り、経済問題、金融問題も悪化してしまい、経済体制改革や構造調整などの長期的政策も進まない。現在中国が直面している最大のリスクは、低成長に加え、低インフレである。低いインフレ率は、消費者にとって有利だが、生産者にとってむしろ不利になる。特に、マイナスのインフレ率を意味するデフレは、実質債務を膨らませ、債務負担の増加とデフレの悪循環を引き起こす恐れがある。

金融政策について、中央銀行は、成長率や物価目標を達成するために、より拡張的スタンスを取るべきである。金融緩和により、住宅バブルが膨張すると懸念する声があるが、マネーサプライと住宅価格の間には、はっきりした因果関係が確認されていない。住宅価格を抑えるためには、各地の具体的状況を考慮し、金融政策以外の手段を使うべきである。また、資本規制の下で、金融緩和が行われても、大規模の資本流出、ひいては人民元の急落が避けられる。その上、適度な元安は、インフレ率を高めながら、輸出を促進する効果が期待できる。

財政政策について、2017年末、中国政府の債務はGDPの36.2%にとどまっている。他国と比べると、中国は財政情况が健全であり、政府による拡張的財政政策の実施に十分な余地がある。貿易黒字が減少または赤字に転落し、民間投資が停滞する(不動産投資が大幅に減速する)可能性が高まる中、経済成長の減速に歯止めをかける確実な方法は、財政支出によるインフラ投資の拡大である。中国は財政赤字をGDPの3%以内に抑えるという従来の目標に拘ってはならない。日本は、政府債務の対GDP比が約250%に上がっているが、国債の実質金利がマイナスであるため、財政危機が起きていない。中国においても、インフレ率を高めて、国債の実質金利を抑えれば、国債の発行によって財政赤字を賄い続けることは可能である。

リーマンショックを受けた4兆元に上る景気対策の経験に鑑み、インフラ投資を中心とする財政拡大は、投資効率の低下につながるのではないかという懸念の声があるが、この問題は、投資プロジェクトの設計をより合理的に、地方政府の役割もより的確に定めれば、克服できるはずである。中国のインフラ投資のニーズは非常に旺盛で、都市建設の投資需要だけでも巨額に上る。政府は採算性が悪くても、一般企業が投資したがらないこの分野で重要な役割を果たすべきである。

確かに、経済体制改革と構造調整は経済の持続的発展の鍵であり、各界が経済成長の速度より質を重要視するという意見は正しい。しかし、そのような改革と調整は短期間で成果を挙げることができず、2019年の経済減速に歯止めをかけるには役に立たないのだ、という。

構造改革優先論

このような景気対策優先論に対して、構造改革優先派は次のように反論している(「社説:質の高い発展という改革の理念を堅持せよ」『21世紀経済報道』、2019年1月9日)。

政府が無理して高成長を目指すと、経済はマクロ調整を頻繁に行わなければならない罠に陥ってしまう。景気が冷え込むと、刺激策が打たれる。刺激策が打たれると、景気が過熱してしまい、これに対して抑制策が打たれ、景気が再び冷え込む。このような循環が繰り返されながら、経済成長がますます政府の関与に頼ることになり、景気循環の周期が短くなり、市場機能が歪められる。その結果、債務が膨らみ投資効率が低下してしまう。

もし、政府が拡張的財政政策と金融政策を通じて、大規模なインフラ投資を行うと、次のような深刻な事態を招いてしまいかねない。

まず、投資の拡大を狙って金融緩和を実施すると、資源はある程度、鉄鋼、セメント、石炭など効率の低い部門に流れていき、ほかの部門のコストが上昇してしまう。また、金融緩和は資産バブルに拍車をかけ、市場の資源配分を歪めることを通じて、経済成長の質と効率を下げてしまう。

次に、金融緩和にばかり頼ると、長期的には格差の拡大につながる。低金利政策は通常、政府、資産所有者、国有企業、不動産投資者などの簡単に資金調達できる側にとって有利だが、一般庶民にとって、それに伴う物価や住宅価格の上昇など、重い負担増につながる。それにより、中低所得者の消費が抑えられ、生産過剰が生じてしまう。

景気対策よりも、供給側構造改革を推し進めることを通じて、潜在成長率を高めることこそ、経済政策が目指すべき方向である。中国がすでに人口ボーナスから人口オーナスへの転換点を迎えたことを考えれば、成長を持続させるために、生産性を高めるべく、イノベーション駆動による成長を実現することが急務となっている、という。

中国共産党の機関紙『人民日報』も、2018年12月19日~21日に開催された「中央経済工作会議」における決定に関する論説において、構造改革優先論を次のように展開している(人民日報評論員「供給側構造改革という軸を揺るぎなく堅持する-中央経済工作会議の精神を貫いて実践する(その4)」、2018年12月26日)。すなわち、経済情勢の変化に応じて、政策の面では二通りの選択肢がある。一つは、供給側構造改革をさらに進めること、もう一つは景気刺激策を強化することである。足元では、総需要の安定が求められているが、中国経済の最大の課題は供給側の構造にある。供給側が需要側の構造の変化に対応できないと、経済の好循環の実現は難しくなる。そのため、供給側構造改革は中途半端に終わらないように、最後までやり遂げなければならない。供給側構造改革、発展方式の転換、構造調整は、簡単に実現できるものではないが、それを先延ばすことに伴う代償は、極めて大きい。供給側構造改革を軸にした改革路線を揺るぎなく実行してこそ、中国経済は明るい未来が迎えられる、という。

問われる景気対策の有効性

このように、現在の中国の経済政策の運営において、トレードオフ関係にある「景気対策」と「構造改革」の優先順位を巡って、世論が分かれている。しかし、成長率を中長期にわたって維持していくために構造改革を一層進める必要性があるという点においては、むしろコンセンサスができている。したがって、景気対策を優先すべきか、それとも構造改革を優先すべきかを考える際に、景気対策がどのくらい生産(GDP)の拡大に寄与できるかがカギとなる。

一般的に、マクロ経済政策の生産拡大効果は、景気が悪いほど大きく、完全雇用に近づくと、小さくなる(図1)。中国における都市部の求人倍率は、リーマンショックを受けた2009年第1四半期の0.85倍とは対照的に、足元では1.27倍(2018年第4四半期実績)と史上最高水準に達している(図2)。このことは、労働力不足などに制約され、中国の潜在成長率が従来と比べて大幅に低下したため、中国経済が低成長にもかかわらず、概ね完全雇用の状態にあることを示唆している。こうした中で、拡張的マクロ経済政策が実施されても、主に物価の上昇(インフレ)がもたらされるだけで、生産の拡大はそれほど期待できない。その上、企業が抱えている債務が高水準に達しており、債務圧縮を通じたバランスシート調整を迫られる中で、金融緩和が行われても、企業の新規投資はそれほど増えないだろう。このような状況を踏まえると、政府は構造改革、ひいては中国経済の中長期の成長性を犠牲にしてまで景気対策を強行すべきではないと考える。

図1 景気状況によって異なる拡張的マクロ経済政策の有効性
図1 景気状況によって異なる拡張的マクロ経済政策の有効性
(出所)筆者作成
図2 中国における経済成長率と都市部の求人倍率の推移
図2 中国における経済成長率と都市部の求人倍率の推移
(注)中国の都市部の求人倍率は、約100都市の公共就業サービス機構に登録されている求人数/求職者数によって計算される。
(出所)中国国家統計局、人力資源・社会保障部の統計より筆者作成
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2019年2月18日掲載