Special Report

新型コロナウイルスと国際通商ルール

川瀬 剛志
上智大学法学部教授 / 元RIETIファカルティフェロー

新型コロナウイルス(COVID-19)の世界的パンデミックの発生により、すでに12万人(4月14日現在)が亡くなった。この事態において、とりわけ人の自由移動は各国の入国制限によって大きく制限を受けたが、モノやサービスの越境移動、つまり貿易も大きく減少しており、今年2020年には最大で3分の1弱、リーマンショック時を上回る水準の貿易額の落ち込みが見込まれる。(WTO 2020.4.8)。この貿易減少は「世界の工場」中国における生産停止に伴うグローバル・サプライチェーンの分断、あるいは感染者の激増や都市封鎖(lockdown)による経済活動の停滞に起因するものばかりではなく、公衆衛生上の必然性あるいはある種の保護主義的動機に基づく各国の規制や介入によって引き起こされる場合もある。それゆえ、G20貿易・投資大臣会合は3月30日のテレビ会議において閣僚声明を採択し、各国の危機対応措置は「必要と認められる場合には、的を絞り、目的に照らし相応かつ透明性があり、一時的なものでなければならず、貿易に対する不必要な障壁又はグローバルサプライチェーンへの混乱を生じさせず、また、世界貿易機関(WTO)のルールと整合的」でなければならないことに合意した。

しかしその一方で、実はこの事態を救うのもまたグローバルな人やモノの自由移動である。一国でこの危機に対応するのに十分な医療・衛生物資を生産・調達できる国はなく、国際社会においてこうした物資への自由なアクセスを確保できることが、グローバルに拡大するパンデミックへの対応には不可欠である。また、特に医師、看護師をはじめとする医療人材の国際移動は、入国規制厳格化の一般的状況とはまったく逆に、むしろ今こそこれを自由にすることにより、これらの人的資源や技術が不足する地域への医療サービスが供給され、事態の収束に貢献することができる。

WTOはこのような通商政策手段、WTO協定、そしてパンデミックの間の密接な関連性に敏感に反応し、いち早く特設サイト“COVID-19 and World Trade”を立ち上げた。この特設サイトでは、医療・衛生物資の国際貿易に対する影響をサーベイするとともに、各加盟国の新型コロナウイルスに関連する通商制限措置をリスト化し、透明性を確保している。通商措置が時に実効性のある国際協調によるパンデミック対策を妨げ、あるいはパンデミック対応を偽装した保護主義が横行することを防ぐためだ。このレポートではこうした通商措置と現行のWTO協定の関係を簡単に俯瞰し、この事態に国際通商ルールが何ができるのか、どのように運用されるべきか、そしてどのような限界があるのかを論じる。

パンデミック拡大防止策としての輸入制限

今回のパンデミックは何をおいても人の自由移動がウイルス拡散の直接的原因になっていることに疑いはない。よって、わが国に限らず、多くの国々が感染拡大地域からの入国禁止を実施している。このことは特にサービス貿易の第4モード(GATS1条2項(d))、すなわちサービス輸出国から輸入国に自然人が移動の上でサービス提供を行う供給形態(ex.単純労働から弁護士、医師、教育等の高度な専門サービスまで)での自由化を約束している場合、これらの人材の入国を禁止することにより、サービス市場アクセスの自由化義務(GATS16条)に違反することになる。

他方、今回のような事態は明らかに公衆衛生上の必要な措置であることから、人・動植物の生命・健康保護に関する例外(GATS14条(b))に該当することは疑いない。また、それを超えて医療崩壊の末に多くの死者が出る事態は「深刻な社会的、経済的、政治的帰結(severe social, economic and, ultimately, political consequences)」をもたらす「基本的な利益」の脅威であって(EU–Energy Package (Panel), DS476, paras.7.1145–7.1202)、入国制限は「公の秩序」の保護に必要な措置にも該当するだろう(GATS14条(a)及び同注)。

また、今回の新型コロナウイルスに限らず、SARS、MERSも野生動物が感染源であることが疑われている。加えて、物品の表面に付着したウイルスの生存期間については諸説あるようだが、仮に長い生存期間の場合、物品貿易を媒介して拡散することも起こり得る。従って、生きた動物をはじめ物品貿易に対する衛生検疫措置の強化によってこれを防ぐことは、こうしたパンデミックの予防、鎮静化に重要な政策手段となる。上記のWTO特設サイトでも、例えばロシアは中国産の生物(観賞用の昆虫や魚類等)を、またモーリシャスは中国以外にもイランや韓国などパンデミック発生地域全般から家畜や動物を、それぞれ輸入禁止する措置が通報されている。

WTOの場合、この種の措置については衛生植物検疫措置(SPS)協定が適用され、一方で加盟国の公衆衛生上の関心や規制裁量を尊重しつつ、他方でこうした措置が保護主義的に濫用されることを防止している。これまでも感染症予防策に関しては、家畜伝染病だが、例えば豚コレラ(Russia–Pigs, DS475)や鳥インフルエンザ(India–Agricultural Products, DS430)について、SPS協定整合性が争われた事案がある。SPS協定はSPS措置が科学的証拠・原則に基づくものであり(同2条2項)、特に個別加盟国が国際基準から乖離した独自の高い保護水準を定める場合は、措置は危険性評価に基づくことを求めている(5条1項〜3項)。

新型コロナウイルスのような未知の病原体については、その拡散経路や危険性について科学的証拠が十分でないが、その場合でも予防的な暫定措置を取ることは妨げられない(同5条7項)。ただし、危険性評価の実施に足る科学的証拠は不十分でも、少なくとも具体的な危険が存在する可能性を示す証拠、およびその危険に関する情報と暫定的措置の間に合理的・客観的な関係は必要となる(US–Hormone Suspension (Appellate Body), DS320, paras.530, 678)。例えば、新型コロナウイルスの感染経路がよく分からないのでとりあえず中国から家畜類の輸入を全て禁止することは許されないが、特定の動物から人へ感染している可能性が明白に疑われるが、その感染経路や感染リスクの高低を示す科学的な証拠は十分でない、といった場合に、暫定的に当該動物を輸入禁止できる。ただし、科学的知見のアップデートに伴い、暫定措置を見直すことが条件となる。

不足物資の輸出制限

パンデミック対応には医療・衛生物資の十分な供給が不可欠だが、今回の危機に当たっては、これらを囲い込む動きが主要国に見られた。例えば、欧州ではフランス、ドイツ、チェコが、各国単位でマスクや防護服等の輸出規制を実施した。EU運営条約28条が域内のモノの自由移動を保障していることから、やがてEUおよびEFTA圏内向け輸出については制限が解除されたが(SWI swissinfo.ch 2020.3.30)、依然としてEUとしての医療・衛生物資の域外輸出規制は継続している。米国でも、トランプ大統領が国防生産法に従い高性能マスク(N95)等の輸出規制を指示したが(ジェトロ2020.4.7)、隣国カナダ等の反発により、後に緩和している(Bloomberg 2020.4.7)。この間、ベルリン市警察発注の中国産マスクがバンコク空港で強奪の上米国に移送され、ベルリン市当局が米国の国家的関与を指摘し批判するなど(朝日2020.4.5朝刊)、まるでドラマのような事件が起きた。インドもまた、トランプ大統領が新型コロナウイルス治療薬として注目するヒドロキシクロロキンの輸出禁止を発表したが(化學工業日報2020.3.30; ブルームバーグ2020.4.6)、米国の要請によって後に解除している(ニューズウィーク日本版2020.4.8)。他にもコロンビア、タイ、北マケドニアなどが同様の措置をWTOに通報している。

このような輸出規制については、医療・衛生物資のサプライチェーンの断絶や、低所得国の公衆衛生への悪影響の観点から問題視されており(Bown (2020b); Global Trade Alert (2020); Hillman (2020))、この危機に際して、カナダ、ニュージーランド、ミャンマー他計6カ国がこうした制限を自粛し、開放的なサプライチェーンを維持する旨の閣僚声明に合意している。

しかしWTO協定は必ずしもこうした輸出制限を禁止しているわけではない。一般に輸出制限はGATT11条1項によって禁止されているが、同2項(a)(「輸出の禁止又は制限で、食糧その他輸出締約国にとつて不可欠の産品の危機的な不足を防止し、又は緩和するために一時的に課するもの」)および同20条(j)(「一般的に又は地方的に供給が不足している産品の獲得又は分配のために不可欠の措置」)は、パンデミック発生の最中に不足する医療・衛生物資の輸出制限を正当化できる根拠になる。

今回のマスク等の防護用品や人工呼吸器等の一部医療機器などの不足はこれに該当する場合が少なくないものと思われるが、もちろんこれらの例外該当性は野放図に認められるわけではない。ひとたび貿易相手国からの訴えがWTOにあれば、GATT11条2項(a)ならば、措置が一時的不足を補う性質のものか、不足が危機的な事態となるものか等を具体的に問われることになる(China–Raw Materials (Appellate Body), DS394, 395, 398, paras.322–328)。また、同20条(j)の場合も、不足は単なる恐れではなく顕在化しているものでなければならず(EU–Energy Package (Panel), DS476, paras.7.1345–7.1353)、問題の物資が需要を充足するか否かを海外も含む関連市場の状況や国内外の買い手の購買力等を勘案して判断される(India - Solar Cells (Appellate Boby), DS456, para.5.71)。

しかし現状は単に物資の不足で説明できる事態ではなく、人命に関わるより緊急性の高い事態である。そうであれば、GATT20条(b)(人・動植物の健康・生命保護)の援用がより適切である。また海外では都市封鎖や罹患者の遺体処理に軍が動員されており、わが国でも災害派遣命令によって東京都指定の軽症患者滞在施設で自衛隊が支援を行っている。こうした事実に鑑みれば、マスク等の輸出制限はGATT21条(b)(ii)(軍事施設への物資供給のための取引に関する例外)の射程にも十分入るであろう。これらの例外条項は上記の不足物資例外よりもいっそう重要な加盟国の利益を保護するものである。よって、その解釈・適用に当たっては援用する加盟国の政策裁量が尊重され、輸出制限措置の正当化がより認められやすい傾向にある。

他方、都市封鎖の下の欧米はもとより、わが国でも3月末および4月初旬の緊急事態宣言が迫る時期に食糧の買い占め・買いだめが報道されていたことは記憶に新しいが、ロシア・ウクライナは小麦、ベトナム・カンボジアはコメといった基礎食糧の輸出を制限している。かつて同様の国々が2000年代に導入した輸出制限が食糧価格の高騰や食糧安定供給の阻害、ひいては一部の国々における政情不安定を招いた苦い経験から、こうした対応は非難される(Hendrix (2020))。個別の輸出国の事情にもよるが、現時点では顕在化したグローバルな危機的食糧不足は認められず(WTO 2020.4.9)、これらの措置は上記のような例外規定の射程内にあるものとは思われない。このような価格高騰を狙った裁定取引的な行為を許してしまえば、WTO加盟国は自由貿易による食糧の安定供給に依存できず、食糧安全保障を口実に保護主義に走るだろう。WTOもWHO、FAOと共にこうした動向に警鐘を発している(WTO 2020.3.31)。

医療・衛生物資へのアクセス改善

他方、需要サイドからすれば、こうした状況下では医療・衛生物資の国内供給が不足すれば、滞りなく低コストでこれらを輸入によって調達できることが望ましい。しかし米国は2018年3月以降の米中摩擦において度重なる中国製品への関税引き上げを行っており、50億ドル相当、米国の全世界からの医療用品輸入の実に26%相当がその対象になっている。皮肉にも、このことが現下のパンデミックに臨んで米国のこれらの物資の調達を妨げる結果になっている(Bown (2020c))。実際に中国は防護用品の三大輸出国の一翼を占め、特に全世界のマスク輸出シェアの25%を誇り(WTO (2020))、逆に米国は圧倒的にマスクの輸入国である(田中 (2020))。さすがの米国も、この状況下で、マスク、手袋、手術用ガウン等を追加関税の対象から除外するに至った(時事 2020.3.7)。

米国の状況は例外的であるにせよ、世界的に見て、実は医療・衛生物資の関税率はさほど低くない。医薬品、医療機器の関税率はおおむね低いが、医療用消耗品(例:レントゲン用フィルム、消毒用アルコール等)のWTO加盟国平均で6%を超え、マスクや防護服等の防護用品に至っては実にやはり平均11%もの高関税が課されている(WTO (2020))。また、新型コロナウイルスの感染予防には、マスクの着用よりもこまめな手洗いがはるかに有効であることはつとに知られている。しかし、石鹸の関税率はWTO加盟国平均で17%に上り(WTO (2020))、特に衛生状態が良好でないアフリカ、中南米、中東の途上国のほとんどが石鹸に高関税を課している(Global Trade Alert (2020))。これらの国々は石鹸および手洗い水の家庭普及率が低い地域(AFP 2020.4.6)と符号する。

こうした実情を踏まえると、目下のパンデミック終息・拡大防止のために、不足するマスクをはじめ、医療・衛生物資の速やかな関税撤廃が望ましい(田中 (2020); Global Trade Alert (2020); Hillman (2020))。譲許修正による永続的な撤廃は直ちには困難だが、各国が一時的に関税率を実行ベースでゼロ化できるであろう。実際EUは、新型コロナウイルスの危機に直面する、あるいはその治療等に当たる人々に無償提供される産品の輸入については、2020年1月にさかのぼって以後半年間関税および域内付加価値税を免除することを決定した(Commission Decision (EU) 2020/491 (Apr. 3, 2020))。同趣旨の制度は我が国関税定率法15条1項3号にも規定されており、今回の新型コロナウイルスのパンデミックにも対応できるようになっている。また、政治宣言ではあるが、前述のカナダ等6カ国の閣僚声明も同様に医療品を中心に不可欠物資への通商制限撤廃を謳っており、実際カナダは公衆衛生機関、病院、介護施設、一次的対応に当たる警察・消防等のために輸入される物資については、当面関税を免除する(Customs Notice 20-08 (Mar. 16, 2020))。

さらに、中期的には今回の経験を踏まえて、ITA(情報通信協定)の医療・衛生物資版のような産品セクター別のゼロ関税協定に合意することが必要になろう。医薬品については、ウルグアイラウンド時にわが国の他、米国、EC、カナダ、豪州が関税撤廃に合意している(L/7430 (Mar. 25, 1994))。これを基礎として、参加加盟国・対象品目を拡大していくことも一案であろう。

また、医療・衛生物資は特に安全性確保の目的で多くの規格・基準に服するが、これが非関税障壁とならないことを貿易の技術的障害に関する(TBT)協定が確保する。国際基準適合的な産品に対する規格・基準適合性試験の免除、原産国と輸入国での適合性試験の重複の回避、相互承認制度の活用など、パンデミック対応に必要な医療・衛生物資のグローバルかつ円滑な流通が確保されるために、TBT協定が果たす役割は少なくない(Lim (2020))。

この点は医療サービスについても同様に考えられる。医師・看護師等の医療従事者が不足している地域については、迅速なビザ発給による医療従事者の自由な入国を促すことが望ましい(Hillman (2020))。この場合、サービス輸入国の医療サービスに関するGATS第4モードの約束にかかわらず、こうした対応が必要になる。

他方、こうした医療・衛生物資へのアクセスは供給増によっても改善する。例えば、経済産業省はこの2月〜3月にマスクやアルコール増産のための生産設備導入支援事業費補助金を公募した。他方、現在の補助金・相殺措置(SCM)協定は、こうした公衆衛生上の有事を想定した例外規定を設けておらず、市場シェアや価格への影響など経済的要因のみに基づいて補助金の及ぼす害が判断されることに変わりはない。新型コロナウイルス対応のために医療・衛生物資生産に対する補助金について、SCM協定の適用停止・除外が望まれる(Global Trade Alert (2020); Hillman (2020))。

最後に、今後新型コロナウイルス感染症薬が開発されるが、かかる医薬品へのアクセスと特許保護の関係が問題となる。この点、TRIPS協定31条は特許の強制実施権を加盟国に認めており、自国で登録・保護される他のWTO 加盟国民である権利者の特許を、当該特許権者の許諾なしに公益目的で強制的に第三者に実施を許可することができる。例えば、わが国製薬会社が開発した新型コロナウイルス感染症薬の特許をインドで登録した場合、当該特許はTRIPS協定に従って保護される一方、インドは当該日本企業の許諾なしに国内ジェネリック製薬会社に実施を許可し、感染症薬を製造させることができる。今回の危機に直面して、この強制実施権の援用も含め、特許権を制約した上で妥当な価格で感染症薬が入手できるように主要国が合意することが推奨されるが(Hillman (2020))、すでに豪州、カナダ、フランス、イスラエルなどはこの強制実施権を強化する方向にある(IAM 2020.4.7)。

特に改正TRIPS協定31条の2(2005年12月一般理事会採択、2017年1月発効)は、第三国での製造のための強制実施を認める。つまり、上記のケースに即して言えば、ジンバブエが自国に適切な製薬工場がないことから、インドのジェネリック薬企業に日本企業の特許の強制実施権を付与し、生産された感染症薬をジンバブエが輸入するような場合である。特に今後アフリカにパンデミックが広がる場合、この制度が援用される事例が増加する可能性がある。

「コロナ不況」対応策

パンデミックおよびそれに伴う各国の都市封鎖やわが国の緊急事態宣言は経済活動の低下を招くことは必定であり、その結果「コロナ不況」の到来が囁かれる。観光、外食、小売、エンターテインメントといった産業では、すでに足元の事情で倒産や失業が発生しているが、IMFは2020年の世界全体の経済成長をマイナス3%まで落ち込み、この先リーマンショックを上回る世界大恐慌以来最悪の景気後退に陥ると予測している(IMF 2020.4.14)。

リーマンショックの際は、金融機関はもとより、自動車産業を中心に事業会社にも全世界的に巨額の公的支援が投入され、また、エコカー減税・補助金やエコポイントのような消費刺激策が導入された。これらには、それぞれの産業セクターにおける国際競争を歪曲する補助金として、SCM協定やGATT3条の内国民待遇原則に適合しないものが少なくなかった(川瀬 (2011))。今回の危機に当たっても、すでに米国はボーイング社の支援に乗り出す姿勢を見せているが、SCM協定適合性の問題が生じうる(日経2020.4.4朝刊; Bloomberg 2020.3.18)。日米の自動車大手も新車需要の落ち込みを受けて生産停止・調整に入っており(日刊自動車新聞電子版2020.3.25; 朝日新聞電子版 2020.3.19)、これも長期化すればやがて公的支援を必要とする事態になり、リーマンショック時の再来となるだろう。また、わが国でも「和牛券」のような半ば冗談としか思えない構想が浮かんでは消えたが、消費振興による国内生産者支援は、制度設計次第では国産品優遇としてGATT3条4項に抵触する可能性がある。

リーマンショックに際しては、こうした公的支援策のみならず、GATT11 条1項適合性の疑わしい根拠の不確かな輸入制限や通商制限的効果のある各種規制・税制を含め、幅広い保護主義的措置が導入された。今回の危機においてもまた、縮小した内需の囲い込みによる国内産業保護を狙った同様の措置の増加にも警戒すべきだろう。

また、今回のパンデミックの発生によって、グローバル・サプライチェーンによる海外生産への依存はその脆弱性を露呈した。「マスク大国」中国は2020年2月に外資民間企業を含む国内企業による医療・衛生物資の生産・販売を管理する権限を発展改革委員会に付与し、このことが米国に対するマスクを中心とした医療・衛生物資の供給に影響した。この経験から、米議会調査局も医療用品の中国依存への対応を今後の米議会の課題として提起している(Sutter (2020))。ライトハイザー米国通商代表も医療用品の生産を過度に海外に依存することのリスクおよび国内生産への回帰に言及している(ロイター 2020.3.31)。さらに「世界の工場」中国の機能不全は、自動車や電子などの産業セクターを中心に、中国依存の危険性を高めることになった。今後サプライチェーンの再編・多様化が課題になるが、その文脈で生産の国内回帰を支援するための輸入制限や補助金が政策手段となるのであれば、やはりWTO協定整合性の問題を生じる可能性がある。

新型コロナウイルスのパンデミック対策におけるWTOの役割

新型コロナウイルスのパンデミック終息と混乱する国際通商関係の正常化に向けて、国際貿易ルールとその運営をつかさどるWTOが果たすべき役割は大きい。リーマンショックに際して、WTOはOECD、UNCTADなどと連携の上、多国間監視の強化によって保護主義の拡大を防ぐ役割を果たした。今回の危機に際しても、まずは医療・衛生物資の自由な市場アクセスを確保すべく、FAO、WHO、そしてWCOと相次いて連携強化を確認している。また、パンデミック対策を偽装する通商制限的措置および「コロナ不況」対策を名目とした保護主義についても、WTOによる多国間監視の強化が期待される。

他方、これまでの議論は「ルール通り」だけではパンデミック対応は困難であることも示しており、現行のWTO協定や各国の約束も改定されなければならない。また、WTO紛争解決手続は判断の正しさや一貫性を重視するあまり迅速な処理を犠牲しており、マスク輸出制限などの喫緊の問題について有効な解決手段となり得ない(Pauwelyn (2020))。ルールにも緊急事態対応のために柔軟性が求められるところ、WTOがその合意形成のフォーラムになることが期待される。

現在進行中の新ルールに関する交渉も、パンデミック発生の結果、プライオリティが変わる。2020年6月に予定されていたカザフスタンにおけるWTO第12回閣僚会議(MC12)は日程再調整も見通せないが、進行中のデジタル貿易ルール有志国会合はこの会合までの実質進展を目標にしている。パンデミックは人の越境移動はおろか、通勤・通学といった人のごく日常的な移動や接触を制限し、多くのコミュニケーションが遠隔的な手法で行われる世界をもたらした。船橋洋一はこれをズームクラシー(Zoomcracy)の時代の到来と評しているが(朝鮮日報2020.4.10)、こうした時代には、データの自由移動とそれに伴うセキュリティの在り方、まさに「信頼性ある自由なデータ流通(DFFT)」の実現が、これまで以上に喫緊の課題になるだろう。

参考文献

2020年4月16日掲載

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