Research Digest (DPワンポイント解説)

取引ネットワークにおけるショックの波及

解説者 藤井 大輔 (研究員)
発行日/NO. Research Digest No.0112
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現代社会は、複雑な生産ネットワークによって支えられている。企業間の仕入や販売などの生産ネットワークの構造はマクロ経済にさまざまな影響を与えており、生産ネットワークにおけるショックの波及効果に関する研究は盛んに行われているが、企業レベルでの実証研究はまだ少ない。そこで、藤井大輔RIETI研究員は、大規模な企業間取引データを使い、取引ネットワークの特性や企業の売上成長率との関係、仕入先・販売先(川上・川下)企業の売上成長率との関係を調べ、ショックの波及の大きさを分析した。当研究からは、生産ネットワークの理論モデルを構築する上での有効な示唆が得られ、企業間のマッチングに資する政策の展開にもつながると考えられる。

研究の背景について

――藤井さんの専門は国際貿易ですが、企業間ネットワークにおけるショックの波及に興味を持たれたのはなぜですか。

貿易理論は、もともとマクロデータを使った国対国のものが主流で、リカード型貿易理論から始まって、1980年代にはポール・クルーグマンらによる新しいモデルが出てきました。その後、アメリカでは過去15年ほど、企業の異質性を貿易モデルに入れた研究がとても盛んに行われてきましたが、全ての企業は独立だという考え方でモデルがつくられ、実証研究も大体その流れに沿って行われてきました。そのため、企業間の明確なインタラクション、特に中間財を通した企業間の生産ネットワークは貿易モデルには入っていなかったので、それを示唆するものにとても興味があったのです。

また、金融危機やリーマンショック、東日本大震災の影響の波及に関する論文に触れて、個別の企業で起きたショックが経済全体に波及することが如実に表れているのを見て、そういうものをしっかりと理論的にモデルに組み込んで実証していくことが非常に重要なのではないかと考えました。国際貿易の分野ではまだ行われていなかったので、それが出発点になりました。ただ、貿易理論に組み込む前に、個別企業におけるショックが経済全体に波及する仕組みをきちんと理解しなければいけないと考えています。

――ショックの波及の仕組みについて、これまでどのようなことが解明されてきたのでしょうか。

2010年にザビエ・ガベックスが、企業規模の分布の偏りがあるような経済では大企業の個別ショックがマクロ変動を説明し得ることを指摘しました。また、ダロン・アセモグルらが2012年に発表した論文では、企業間の取引ネットワークを考えることにより、取引先が多い企業や産業では、売上が大きくなり、その結果、マクロ変動に影響を及ぼし得るというミクロ的基礎付けを与えました。

ただ、アセモグルのモデルでは、確かに他企業とのつながりを全て売上に集約して影響力の指標をつくることができますが、それは結局売上と1対1の関係になってしまっています。つまり各企業がマクロ変動に与える影響を説明するのに明示的なネットワークのモデルを入れることはなく、売上規模だけに着目することになります。

ただ、大企業と小企業の分布による違いに加え、ショックがどう波及していくかという経路にまで興味を広げれば、ネットワーク構造は非常に重要になってきます。マクロ変動では、いろいろなところにつながっている企業の影響力がとても大きいことは大体分かりますが、さらにそういう企業は一体どのような企業とつながっているのか、どういう経路でショックが波及していくのかというメカニズムをきちんとつかんでおくことは、政府が特定企業救済のために公的資金の投入を検討する際などにはとても重要になってくると思います。

研究内容について

――今回の論文では、ショックの波及について、どのような観点から分析されたのでしょうか。

今回の論文では、因果関係にまで言及しないことを前提に、自社の売上成長率と取引先の売上成長率の相関関係に着目しました。齊藤さんが書かれた東日本大震災のショックの波及に関する論文は因果関係にまで踏み込んだ素晴らしいものですが、私はそれとは別の視点で、たくさんの企業やセクターを入れて全体的に俯瞰してみようというところが、もともとの出発点でした。波及の大きさなどが、企業の特性などによって、どのように異なっているのかを網羅的にとらえようと考えました。

――私の研究では、ショックは間接的な取引先まで波及すること、ネットワーク構造上、多くの企業が間接的につながっていることが分かっています。間接的な取引先を考慮することはとても重要だと思いますが、研究で工夫された点や分析手法について教えてください。

個々の企業の売上成長率と取引先の売上成長率の関係を計測するときに、単純な回帰分析で行うと、ネットワーク構造上のバイアスがかかってしまうというのはよく知られた問題です。それを乗り越えるために、私は空間経済学などで使われている空間自己回帰分析モデルを使って分析しました。このモデルは基本的に全てのネットワーク効果を考慮した上での波及の大きさを測定するものなので、間接的な取引先の効果も考慮した分析となっています。

さらに、ショックが自社の仕入先(川上企業)に波及するのか、販売先(川下企業)に波及するのかをしっかり分けて考えました。そして、それらの波及の特徴が、企業の業種などの特性によってどのように異なっているのかを確認したことが本研究の付加価値となっています。例えば、製造業と非製造業のグループに分けてみたり、5つの業種に分けてみたり、サイズごとにも分けてみたりと、いろいろな切り口から波及の特徴がどのように異なるのかを考察しました(図参照)

図: 5つの産業の波及因子
図: 5つの産業の波及因子
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分析結果から

――分析の結果、どういうことが分かりましたか。

基本的には、川下への波及に比べて、川上への波及がどの年次でも大きいこと(波及因子が大きいこと)が分かりました。先ほどお話ししたとおり、この分析は相関関係を見たもので因果関係には踏み込んでいませんが、1つの可能性としては、仕入先に何か起きたときよりも、販売先に何か起きたときの方が、代替するのは難しいという話につながってくると思います。

また、産業別に見ると、製造業と非製造業では全ての年次で製造業の波及因子の方がかなり高いという結果が出ています。同じようなことが、ミシガン大学の教授が書いた論文にも掲載されています。親企業と海外子会社の売り上げの相関関係を見たものですが、そこでもサービス業に比べて製造業はかなり相関関係が高いという結果が出ているのです。製造業は物的な中間財をやりとりしている可能性が大きいので、何かあったときに代替が難しいのだと思います。

さらに、業種を5つのセクターに分けてみても、製造業と製造業のつながりが最も波及因子が高くなっています。逆に、小売りやサービス業はほとんどゼロという結果が出たことから、小売りやサービス業はそこまで仕入先や販売先という取引相手に依存していないことが分かります。

――波及に関して、長期の波及と短期の波及の違い、年度による違いなどは確認されましたか。

今回は年次別データを見たので基本的には全て短期の波及ですが、長期だと吸収されてショックはある程度和らぐと思います。業種によっても長期の波及と短期の波及の違いに差があると思います。

また、私は2006、2011、2012年を分析したのですが、波及の大きさに関する数値には少しばらつきがありますが、いかんせん、この3つのポイントしかないので、景気変動との関係を論じるのは難しいのが実情です。例えば10年分ほどのデータがあればビジネスサイクルとつなげて話ができると思うので、今後の拡張の方向性としては非常に面白いと思います。

――波及という話になると、大規模な自然災害や外生的ショックがあったときにどうすべきかを知りたいという声もあると思うのですが、何か政策的な示唆は得られましたか。

製造業の波及因子が高いことはロバストに出ているので、そのあたりを考慮した政策が重要になってくると思います。特に製造業では、規模が小さくても重要な部品を作っていて多方面に卸しているようなサプライヤーがいると思うので、そういう規模では見られない部分まで、つながりという影響力から見てサポートしていくべきだろうと思います。

――ショックというのは悪いものだけではなくて、イノベーションなどの良いショックであればいかに波及するかを考えなければいけないと思うのですが、今回の分析で正のショックを波及させるためのインプリケーションなどはありましたか。

今回の研究では内生的なネットワーク形成については考慮していないのですが、例えば政府が企業と企業のマッチングデバイスのような働きをするシステムを作ることができるといいと思います。あるところでイノベーションが起きたときに、まだつながっていないけれどもそのイノベーションから大きな利益が得られるような企業がどんどんつながっていけば、波及効果は大いに高まると思います。そのあたりの政策的な部分については、今後も研究のしがいがかなりあると考えています。

今後の研究の展開

――現状の分析の課題に対して、新しい解決策など、どうお考えですか。

1つは、外生的なショックを使って、ネットワークにおける波及の因果関係について分析したいと思っています。今考えているのは、貿易や為替変動などのデータを使って、輸出企業・輸入企業の売上の変動が国内のサプライヤーやカスタマーにどう波及していくかを拡張して研究することです。

もう1つは、ネットワーク形成を明示的に考えたモデルを作って、ネットワーク自体がどのように変化していくかを考慮した分析をしたいと思っています。今回の論文ではネットワークは所与のものとして考えているのですが、中長期的にはネットワーク自体も変化していきますので、これは今後、とても重要なものになってくると考えています。何か起きたときに、どういう企業がどういう企業とつながっていくのか、リンクがどう切れていくのかという話は、非常に重要な政策インプリケーションを含んでいると思っています。

――この研究を今後どのように発展させようとお考えですか。

大きな課題が2つあって、1つは、国内の企業間ネットワークをきちんと考えた貿易理論モデルを作ることです。今までの貿易理論のモデルは、企業の異質性は考えているけれども、企業間ネットワークにまでは踏み込んでいません。最近、産業連関表を入れた国際貿易モデルが盛んに作られていて、そこから付加価値貿易や間接的な貿易について議論されていますが、まさにそれに関連する研究です。

しかし、既存の産業連関表の分析では、基本的にIntensive Margin(1企業当たりの貿易額など貿易の内延)とExtensive Margin(貿易企業数など貿易の外延)の識別が不可能です。企業間ネットワークを考慮した貿易理論モデルを作る意義は、そのネットワーク形成、Extensive Marginと呼ばれる部分まで明示的に扱えることにあります。そもそも企業が市場に参入するかどうかという企業の意思決定まで拡張して分析することが可能になるのです。まずは貿易をするのかどうか、するとすればどの企業とネットワークを組んでいくのかといったことを長期的に考えられる理論的なモデルを構築したいと考えています。

今後は間接貿易の重要性が非常に高まってくると思います。以前、齊藤さんと大野由香子さんと一緒に、間接貿易における卸が果たす役割について論文を書きましたが。例えば、トヨタ自動車の国内の仕入先は小さいところが多く、その仕入先自体は貿易をしていませんが、トヨタ車という製品を通じてその仕入先が生んだ付加価値が貿易されているという意味では、国内企業といえども外国からのショックと無縁ではありません。そういうところも含めて研究していきたいと考えています。

もう1つの研究課題として、ネットワーク形成のダイナミクスを見るのも、非常に面白い研究の方向性かと思っています。海外でもこのような大規模な企業間ネットワークのデータはほとんどないので、今度は時系列、パネルの観点から企業のライフサイクルを追いかけていったときに、どういう企業と取引を始め、その取引先とどのように成長して、どのように市場から退出していくのかというダイナミクスを見ることは、マクロ変動を見る上でも重要ですし、長期的な経済成長にも大きく関わってくると思います。ですので、この2つの方向を掘り下げていきたいと思っています。

――そのような、2つのさらなる研究の方向から得られる政策的な示唆には、どのようなものがありますか。

例えば、今の貿易統計は直接貿易のデータしか観測できていませんが、全企業の中で直接貿易をしている企業数は非常に少なく、数パーセントしかありません。しかし貿易をしている企業につながっている企業まで範囲を広げると、その数は格段に多くなります。本来なら貿易していないととられる企業も、間接的にはその価値がどんどん海外に輸出されている可能性があります。TPPなどの貿易政策の効果を推定する際には、そういった間接貿易企業への影響も考えなければなりません。

既存の定義における非輸出企業も、企業間ネットワークを考慮すれば外国リスクや為替変動と無縁ではありません。またその影響は金融政策にも関わってきます。日本銀行の金融政策は短期的に為替に影響を与え、その結果、貿易企業の業績が変動するという副次的な効果があります。輸出企業中心に構成される日経平均株価は為替と強い相関を示します。この金融政策の貿易企業に対する効果は、その取引先にも及ぶため、非輸出企業の中でもサプライチェーンにおける輸出企業への距離によって違う影響を受けると思われます。東京商工リサーチ(TSR)の取引データはその辺までかなり明示的に追うことができるので、今まで見られなかったチャンネルに関して、特に外国からのショックや金融政策のショックの波及効果について見られるのではないかと思っています。

また、取引ネットワークのダイナミクスの研究からは、政府がどのようにネットワーク構築をサポートしていけばよいかということに示唆を与えることができると考えています。例えば、若い企業は取引先の情報の非対称性から、いろいろな企業とつながってみたり離れてみたりするかもしれません。しかし時間が経つにつれ、企業間のマッチングの質が明らかになり、長期的に安定した取引関係を構築すると予想されます。どういう企業と最初にくっつけばよいのかなど、ある程度の情報を共有できるようなプラットフォームがあれば、最初のマッチングの時点で非常に有効に違いありません。さらに、そういう企業がリンクをつくるときのコストを下げる政策も含めて、何らかの示唆が得られないか見ていきたいと考えています。

解説者紹介

藤井 大輔顔写真

藤井 大輔

2014年シカゴ大学博士(経済学)。2008年ゴールドマンサックス証券 調査部サマーインターン。2012年〜2013年イェール大学客員研究員、2013年国際通貨基金欧州局サマーインターン等を経て、2014年独立行政法人経済産業研究所 研究員(非常勤)。主な著作物:"Essays on International Trade Dynamics," University of Chicago Dissertation, 2014, "International Trade Dynamics with Sunk Costs and Productivity Shocks," 2014, "Export-led Recovery of the Baltics after the Great Recession" with Greetje Everaert, 2013